2004/6/6

 ギブスン4年ぶりの新作。 『ニューロマンサー』(1984)からの電脳3部作は少し遠い未来、前作『フューチャーマチック』(1999)までは近未来を舞台にしていたが、本書の舞台はまさに現代である。
 主人公は、広告デザインの可否を直感的に判断できる特殊技能者。これが、パターン・レコグニション(認識)の第1の意味。彼女にはネットの中で密かに流行っている、断片的な映像を探る趣味がある。それは、<フッテージ>と呼ばれる。ひとつの風景やポートレートを切り取った動画像で、まったく意味のない偶然とも、連続した作品の一部分とも、さまざまにとり立たされている。正体は何か、作者は誰なのか、いったいどこで作られているのか。イギリス、日本(東京)、ロシアと情報の拠点を転々としながら、真相は絞られていく。
 今回はミステリ。断片である<フッテージ>を認識することが、掲題第2の意味である。さらに結末の謎自体が、本書第3の意味になるだろう。電脳空間といっても、インターネット/メール/グーグル/掲示板/iBOOKと今あるもの。主人公の能力は、9.11に起因する心理障害、(いわゆる)西欧人/日本人(オタク)/ロシア人(マフィア)の異質さなどと、巧みに織り交ぜられている。そういう意味では、きわめて「現代的」な作品だ。9.11がテロをグローバル化したように、情報も1地点にはない。<フッテージ>的にグローバルへと拡散する。うーむ、確かにこのまま映画にはなる。とはいえ、単純に筋をたどると、ふつうのスリラーになりそうだが。
 
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bullet 『フューチャーマチック』評者のレビュー
『ヴァーチャルライト』、『あいどる』と併せて3部作をなす。近未来の“廃墟”が舞台となる。
 

2004/6/13

高野史緒『ラー』(早川書房)

高野史緒『ラー』(早川書房)

Cover Direction&Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。、Cover Illustration:加藤俊章
 

 舞台はピラミッド建設当時、古王国時代(紀元前2600年)のエジプト。ほとんど文献が残されておらず、推測でしか知りえないピラミッド建造の秘密を解き明かそうと、一人の男が未来からタイムマシンで砂漠に降り立つ。そこで彼は、神官から聖なる来訪者としての扱いを受けるが、なぜそう思われるのかはわからない。しかも、ピラミッドは既に存在しており、彼らが行っているのは、単なる仕上げ作業に過ぎないという…。
 本文中にヒエログリフの解明を含めるなど、ある種ミステリ風の展開を見せる。残された数少ない文献に、新たな解釈を施すところが圧巻だろう。ただ、本書は400枚あまりの短めの長編。謎が大きいこともあり、特に人物や古代エジプト世界に関して描写不足を感じる。もしかすると、著者の意図がそこにあるのかもしれないが、舞台にリアリティがなく、妙に抽象的/概念的なのである。すべては主人公の妄想であった、という(ありがちな)解釈もむしろ自然に思えてくる。
 
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bullet 『アイオーン』評者のレビュー
2002年に出た前作。
 

2004/6/20

グレアム・ジョイス『鎮魂歌』(早川書房)

グレアム・ジョイス『鎮魂歌』(早川書房)
Requiem,1995 (浅倉久志訳)

写真提供:PPS通信社、カバーデザイン:守先正+桐畑恭子
 

 グレアム・ジョイスは英国幻想文学賞の常連で、英国のファンの間では人気作家ながら、本邦では長編初紹介となる。
 主人公は事故で妻を失う。教職を続けるものの、生徒からの中傷に耐え切れず職を辞してしまう。やがて、旧友の女性が住む街、エルサレムを目指して旅立つが、そこで彼自身に憑りつく“魔物”の存在に気がつく…。
 ファンタジイ文庫には、もともとさまざまなジャンルの作品が入っている。プラチナ・ファンタジイでは、さらにその間口が広がって、ホラーからミステリ、いわゆるノンジャンルまでを含めるようだ。本書の構造も一筋縄ではいかない。主人公は宗教学を教えるクリスチャン教師。夫婦間の溝が深まる中、宗教にのめり込む妻。ユダヤ人で無心論者の女友達と言語学に秀でたパレスチナ人、謎の宗教にかかわる古文書を託すユダヤの老人――と、エシュバッハ『イエスのビデオ』風の宗教的陰謀を匂わせる。一方、主人公が抱える罪悪感がいったい何に起因するのかも、本書の重要なポイントとなっており、これはミステリ要素だろう。もちろん、かいま見える魔物(ジン)はホラー、パレスチナ人が語る奇妙なエピソードは古川日出男『アラビアの夜の種族』/またはロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』風ファンタジイである(アーウィンと古川日出男の類似性は、過去にも論じられたことがある)。最後の謎解きを、そのままミステリの謎と解釈すると、ちょっと興を削がれるきらいもあるけれど、むしろ重層構造を明快に解き明かした点を評価すべきなのだろう。
 
bullet 著者の公式(blog)サイト
bullet 英国幻想文学賞(英国幻想文学協会)のサイト
日本で言えば星雲賞ファンタジイ版か。
 

2004/6/27

 “茶川賞”を受賞した後に、なぜか失踪した田中啓文を10年後に回想するという趣向の短編集。相変わらず、なぜ「茶川賞」(まあ、だから『蹴りたい田中』なんだろうけれど)なのか、なぜ失踪するのかという洒落自体の戦術的理由が不明(戦略的意図は下記にあるとおり)。この意味についても、駄洒落でもいいからオチが欲しいところである。
 内容としては、これまで各種特集/アンソロジイに書き下ろされた短編の集合で、もともと関連のないものを先の意図で統合している。まるでアンソロジイのように、短編が(意図的に編まれた)1つの作品に仕上げられているのである。おそらく作者の体験と趣味から生まれ(それ故、非常に世代的/地域的にローカルな)細かいギャグが、本書のキーともなっている。

 「地上最大の決戦 終末怪獣エビラビラ登場」(1998)SFマガジン怪獣特集 作者は怪獣ファンだった
 「トリフィドの日」「トリフィド時代」(2003)SF JAPAN翻訳SF特集 作者は翻訳SFファンだった
 「やまだ道 耶麻霊サキの青春」(2002)SF JAPAN山田正紀特集 作者は山田正紀ファンだった
 「赤い家」(2002)アンソロジイ『蚊 コレクション』人間と蚊の刑事が解決する殺人/殺蚊事件
 「地獄八景獣人戯」(2001)アンソロジイ『SFバカ本 天然パラダイス』地獄の水戸黄門
 「怨臭の彼方に」(2000)アンソロジイ『SFバカ本 リモコン変化』著者独自の“人類圏”テーマ作品
 「蹴りたい田中」書き下ろし軍事オカルトSF…で、「蹴りたい背中」のパロディなどではない
 「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」(2001)SFマガジン田中啓文特集(併載の菅浩江特集を意識した作品)

 SFマガジンでは田中啓文特集(2001年4月)以来、戦略的に田中啓文自身をフィクション化する試みが行われてきた。最初の短編集『銀河帝国の弘法も筆の誤り』ではゲストが作者を罵倒、本書でも失踪した作者の半生を辿る中で、寄稿者が作者を罵倒する。しかし、前回も書いたが、田中の超常(超常識)小説と、ふつうの冗談としか読めないゲストの解説文とにはまだ乖離があって、シームレスに田中世界を構成しているといえない点が残念ではある。
 
bullet 著者の公式サイト
bullet 『銀河帝国の弘法も筆の誤り』評者のレビュー
bullet 『忘却の船に流れは光』評者のレビュー
 

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