時間をテーマにした長編。岩手在住の新人SF作家が、新人賞を受賞したことをきっかけにして、ありえたはずのない“歴史=記憶”を蘇らせていく。
やがて、彼の周囲に、得体の知れない諜報員たちが出没しはじめる。彼らの目的は何か、そして、そもそも自分は何者なのか。
ある説によると、時間は“流れる”ものではないという。事実、物理学では時間に方向性などない。要するに因果関係(原因と結果の関係)さえ正しく成立するのならば、時間の流れはどうあってもよい。本書の中では、「多胞体理論」で説明される時間の塊が無数の因果を生成し、それが主人公の時間線の上で交錯する。ヒトラーの帝国が世界を征服する時間、ヒトラーがゲーリングに暗殺された時間、ドイツ第3帝国のさまざまな夢想が実現した時間…。
プロローグ/エピローグの雰囲気は、そのまま小松左京『果しなき流れの果に』(並行宇宙と、数億年を越える時間が舞台)を感じさせる。しかし、数百年後を舞台の中心とした1966年の小松左京とは違って、本書はドイツ第3帝国の架空都市、ノルンシュタットやゲルマニアを物語の中枢に据え、1人の天才少年と、友人だった男女2人の不思議な生き様を主題としている。あえていえば、この主題に十分絞り込まれていない点が難点かもしれない。
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