2002/12/1

高野史緒『アイオーン』(早川書房)

Cover Direction&Design:岩郷重力、Cover Illustration:たまいまきこ
 

 13世紀のヨーロッパ。文明は停滞し、社会は教会の権威の下にあった。しかし、この暗黒は、来るべきルネサンスを待ち受ける夜明け前の暗闇ではない。遠いローマの時代に失われた科学技術の影に隠れた、たそがれの暗闇なのである。
 という、並行世界ものの設定で書かれた連作短編集。フランス南部出身の若い医師が彷徨う、コンスタンチノポリス(コンスタンチノープル)や遠いリビアの地、北辺ログレス(イングランド)に生まれたアーサー王の物語、また旅行者マルコ(・ポーロ)の語る東方世界の不可思議と、世界を描き出すさまざまなエピソードが連ねられている。お話は、最終的に蘇った最終兵器“巨人”との戦いに収斂していく。
 過去に科学技術があって、それが引き起こした戦争で文明が滅び、やがて反科学の下に細々と復興する――この設定は、多くのSF作品が援用した定石だろう。著者は、中世ヨーロッパにフォーカスし、かつリビアやログレスのお話のようにファンタジイ色の強い作品を配して、従来のポスト・ホロコーストもの(文明が崩壊した後の世界)では表れてこない、独特の世界観を表現している。たとえば、教会=権威/反科学、主人公=反権力/科学者といった単純な図式は見られない。気になるのは、ところどころに見える現実世界とのアナロジイ(匿名による中傷行為等)。あまり目立つと、本来この作品を成立させてきた虚構性を危うくするのではないか。

bullet 『ムジカ・マキーナ』評者のコメント
bullet 京都SFフェスティバル初登場の頃(1997) 
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2002/12/8

新城カズマ『星のバベル(上下)』(角川春樹事務所)

装画:田中比呂人、題字:成田公応上人、装丁:伸童舎
 

 評判を聞いて読んでみる。新城カズマは、著作活動のほか、自社でゲームデザインも手がけている。本書を読んでも分かるが、言語学やSFに関する知識も幅広い。
 ミクロネシアの南端とパプアニューギニアにはさまれた多島海に、メソネシア共和国がある。多民族、アメリカの信託統治下を経て、少数民族による武装闘争が燻る中、その和平に尽力した1人の日本人言語学者がいた。しかし、ようやく見えた和平合意の直前、9.11に呼応するように、不可解なテロ行為が勃発する。
 主人公は、絶滅寸前の言語を復活/保存すること=民族の自立という関係で、解放戦線のリーダーと知り合う。テロはその経緯と全く矛盾して見えた。しかも、テロの首謀者であるはずのリーダーは、不気味に変容した遺体で発見される。死体とともに残されたディスクに、秘められた遺伝子メッセージとは何か。そして、現れた刺青の少女の正体は…。
 南海の紛争/全く新しい言語/遺伝子に封入された異星の情報。これは人工の情報なのか、自然現象なのか。言語SFといえば、評者の世代では、すぐにディレーニイの『バベル17』を連想するけれど、本書の舞台はあくまでも地球の南太平洋で、人間関係や政治までが絡み合う。最後は、宇宙的な生命のありようにまで言及される。ただ、残念ながら、この結論が納得できるほどの書き込みとはいえない。
 とはいえ、この壮大な設定をあいまいに終わらせず、一つの結論を出してしまった“蛮勇”(悪い意味ではありません)には、やはり敬意を表すべきだろう。

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佐藤亜紀『天使』(文藝春秋)

装丁:斎藤深雪
 

 “サイキック・ウォーズ”という惹句が書かれており、実際超能力者たちの物語なのであるが、佐藤亜紀の描く彼らの姿には、どこか前世紀の頽廃を感じさせるものがある。ファンタジイの魔法使いでも、現代ドラマのマジシャンでもない。何に近いかといえば、ヴァンパイア(吸血鬼は、たいてい超人的な能力を持つ)ものと感触が似ている。
 第1次大戦の前、ヴァイオリン弾きの養父の元で、半ば捨てられるようにして育った少年は、オーストリア帝国の顧問官に特異な能力を見出される。五感に頼らず相手の思考を読む、動きを封じ殺すことさえできる――彼の役割は諜報活動だった。密かに張り巡らされた超能力者のネットワークを使い、不穏なロシアやボスニアに潜入する。ただ、彼の能力は、他の大半の仲間を凌駕していた。そのため、さまざまな駆け引きと陰謀の渦に、否が応でも引きずり込まれていく。
 佐藤亜紀の作品の多くは、どこか超然とした皮肉に満ちている。しかし、裏返して見れば、その主人公たちはみな孤独だ。本書では、主人公の孤独さが、突き放した客観的描写ではなく、共感を込めて描かれている。 敗戦の迫るウィーン、オーストリアの貴族社会の雰囲気と、超能力のコラボレーションにも新鮮味がある。

bullet 『モンティニーの狼男爵』評者のコメント
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2002/12/15

平谷美樹『ノルンの永い夢』(早川書房)

Cover Direction&Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。、Cover Illustration:ヨコタカツミ
 

 時間をテーマにした長編。岩手在住の新人SF作家が、新人賞を受賞したことをきっかけにして、ありえたはずのない“歴史=記憶”を蘇らせていく。 やがて、彼の周囲に、得体の知れない諜報員たちが出没しはじめる。彼らの目的は何か、そして、そもそも自分は何者なのか。
 ある説によると、時間は“流れる”ものではないという。事実、物理学では時間に方向性などない。要するに因果関係(原因と結果の関係)さえ正しく成立するのならば、時間の流れはどうあってもよい。本書の中では、「多胞体理論」で説明される時間の塊が無数の因果を生成し、それが主人公の時間線の上で交錯する。ヒトラーの帝国が世界を征服する時間、ヒトラーがゲーリングに暗殺された時間、ドイツ第3帝国のさまざまな夢想が実現した時間…。
 プロローグ/エピローグの雰囲気は、そのまま小松左京『果しなき流れの果に』(並行宇宙と、数億年を越える時間が舞台)を感じさせる。しかし、数百年後を舞台の中心とした1966年の小松左京とは違って、本書はドイツ第3帝国の架空都市、ノルンシュタットやゲルマニアを物語の中枢に据え、1人の天才少年と、友人だった男女2人の不思議な生き様を主題としている。あえていえば、この主題に十分絞り込まれていない点が難点かもしれない。

bullet 『呪海』評者のレビュー
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2002/12/22

機本伸司『神様のパズル』(角川春樹事務所)

装幀:伸童舎、装画:D・K
 

 第3回小松左京賞受賞作。
 宇宙はどうやって生まれたのか。宇宙を(人工的に)創り出すことができるのか。
 宇宙論の究極の目的でありながら、実証する手段のない謎。大学の研究室の中、学生たちのディベートを介して物語は進んでいく。このスタイルは小松左京の『継ぐのは誰か』と似ている。ただし、本書の主人公は16歳の(飛び級してきた)天才少女と、何のとりえもない平凡な学生という対照的な組み合わせである。また、郊外に建設された国家プロジェクト施設、SPring-8を思わせる巨大粒子加速器“むげん”と、その狭間に残る小さな農家が重要な舞台となる。
 作者は、神戸市の東にある甲南大学理学部(現在は理工学部)の出身。年代的に評者と同世代(SFの新人としては高齢)で、同時期に通っていた神戸大学とも近 く親しみを感じる。入学後は文系的な学科に惹かれ、卒業後も出版社やPR映画会社という文系の職業を転々としたという。SFの専門的な読者ではなかった。そのためか、参考図書に『世界のSF文学・総解説』(自由国民社)が入っていたりする。しかし、本書は紛れもないSFコア“宇宙創生の謎”をテーマにしており、しかも、その謎の解明を試みている。ここまで書いたSFは、『銀河ヒッチハイク・ガイド』ぐらいしか思いつかない(まあ、スタンスは全く違いますが)。お話は、宇宙創生の“実験”でクライマックスを迎える。結末は、ちょっと引っ張りすぎか。

bullet 小松左京事務所の公式サイト(小松左京賞のリストあり)
bullet SPring-8の公式サイト
著者も参考のために見学している。
bullet 『銀河ヒッチハイク・ガイド』評者のレビュー
 

2002/12/31

恩田陸『ねじの回転』(集英社)

装丁:松田行正
 

 恩田陸の時間SF(歴史SFではないと思う)。
 時間旅行が可能になった世界で、重大な歴史改変(ヒトラー暗殺が示唆される)が国連主導の下に行われる。それによって、世界はより良い方向に変貌するはずだったが、逆に致命的な疫病の蔓延で壊滅の危機を迎える。歴史は再びやり直されなければならない。輻輳した時間の流れを修復するために、プロジェクトチームが編成され、時間の節目とみなされた時代へと派遣される。日本では、それは1936年2月26日、陸軍皇道派青年将校によるクーデター「2.26事件」であった。
 “正しい時間”を参照しながら時の流れを修復し、流れから外れそうになると“不一致”を宣告して、作業をやり直す。“正しい時間”というものが何なのか、時間変容が人々にどのような影響を及ぼすのか等は不明確である(本書の中でも疑問点がいくつも列挙される)。時間SFなりの整合性は、本書の場合、重要ではない。まあしかし、恩田陸の諸作と同様、設定の矛盾を衝いても、あまり意味はないだろう。その一方で、何度も2.26事件を再演させられている青年将校(プロジェクトの現地協力者)の心理描写に、大きく枚数が割かれている。彼らには、事件の結末は教えられているが、それを改変することは認められていないのである。
 事件は改変されず、時間旅行の矛盾も修正されない。お話の結末もまた混沌としている。

bullet 2.26事件の経緯と現場
bullet 『蒲生邸事件』評者のレビュー
bullet その他の時間SF
 

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