99/12/4

牧野修『忌まわしい匣』(集英社)
 今年最後の牧野修、ということでめでたく1900年代は暮れようとしている。
 本書は著者初の短編集。1994年からの作品13篇+書下ろしの挿話3編を収めるが、大半は最近発表された『異形コレクション』収録作と、SFマガジン掲載作である。著者の場合、『屍の王』(98年12月)、『偏執の芳香』『スイート・リトル・ベイビー』『リアルヘヴンへようこそ』などなどは、すべて今年の本欄で紹介されたもの。牧野“ホラー”は、ここ2年程度に凝集されているわけである。
 過去から遡ってくる女、マザーコンプレックスの呪縛、最底辺の男女が変容する様子――日常からスタートした作品は、最後までにかならず非現実へと陥ち込む。牧野修の作品では、狂信者も、その行動は普通人の目からは描かれない。狂気の側に立って、その思考が物語とシンクロして書かれるのである。執拗で高密度な繰り返しが多いので、ちょっと読むのに疲れるかもしれない。
 もともとは「ネオ・ヌル」や「奇想天外」などのSF系の出であるけれど、例えば「<非―知>工場」などで、“科学的実証では認識不可能なものがオカルト”と定義してみせるなど、著者のスタンスがよく分かる作品集だ。
装幀・装画:建石修志

99/12/11

カバーイラスト:ひろき真冬,カバーデザイン:大津匠 東野司『電脳祈祷師 邪雷幻悩』(学習研究社)
 8月に出た本。喜多哲士推薦の伝奇小説なので取り上げる。シリーズの第2作ながら、独立して読める。「歴史群像新書」で出ているために、安倍晴明ものかと思ってしまうが、基本的に現代の日本を舞台にした正統派の“SF伝奇アクション小説”である。敵は電気を媒介にする怪魔であるため、サイバーものでもある。
 主人公は、呪術(電子エネルギー?)を操る超能力者。超古代の人類と戦った邪雷が現代に蘇り、それを迎え撃つために戦う。しかし、敵は、全く新しいOSを広めるという戦術で、人類の電脳文明に楔を打ち込んだ。そして、かつて姉妹のように育った友もまた、敵として立ち塞がる…。
 人間関係が複雑。重要そうな登場人物が、結構あっさりと死んだりするなど、物語は二転三転する。読者を飽きさせずに読ませる一方、事件は未解決のままであり、やや欲求不満が残る。とはいえ、これだけ書けた伝奇アクションは、近年出色の出来といってもよかろう。

99/12/18

辻真先『昭和は遠くなりにけり』(朝日ソノラマ)
 年初の1月に出た本。辻真先が書いたSFという意味でも珍しい作品であるが、残念なことに、あまり注目されなかった(この題名も原因かもしれません)。評者は時間SF、特に広瀬正『マイナス・ゼロ』あたりを、日本人固有の昭和初期ノスタルジイSFとして評価している。その傍流には、たとえば宮部みゆきの『蒲生邸事件』(毎日新聞社)などがあるし、北村薫『スキップ』(新潮社)や、佐藤正午『Y』(角川春樹事務所)も、実のところ、感性はよく似ている。
 昭和29年、洞爺丸台風(青函連絡船洞爺丸が沈没)の数少ない生存者に、一人の青年がいた。彼は記憶を喪失しており、どこからきたのか、自分が何者なのかも全く覚えていなかった。やがて、草創期のテレビ業界で働くうちに、青年は新人女優に惹かれるようになる…。
 昭和29年、9年、20年、30年と、主人公はタイムスリップを繰り返し、昭和の歴史を変転としながら、やがて自身の正体を知る。この展開はSFでおなじみのものである。さて、そうして見たときの本書の価値は、やはり作者と主人公の時代との共時性であり、共感なのだろう。SFの場合、なかなか個人的な感性と物語のテーマとは結びつかない。しかし、時間ものの中ならば、例外的に、そのようなつながりを見つけることができるのである。
装幀:安彦勝博

99/12/25

カバーイラスト:往頼範義,カバーデザイン:ハヤカワデザイン ダン・シモンズ『エンディミオンの覚醒』(早川書房)
 ハイペリオン3部作の完結篇(後半)。3部目の後半を成すこの本だけで、2000枚を超える大作。
 カトリック教会パクスの支配下にある人々に、“教え”を与える少女アイネイアーと主人公は、5年にも及ぶ別離を経て、ダライ・ラマの惑星「天山」で再会する。迫りくるコアの執拗な殺し屋たち、そして、十字軍による仲間の虐殺。しかし、困難を乗り越え、彼女の選択した手段とは…。
 ハイペリオン世界の、謎の大半(全部ではないが)は明らかにされる。とはいえ、前半の切れ味と比べれば、本書はやや冗長な部分が目に付く。もともと、『ハイペリオン』自体が、このようなシリーズを構成しうる作品ではなかった。オムニバス風に繰り出されるアイデアで、読者を幻惑させる構成だった。それに対して、第1部で仄めかされたアイデアに、いちいち理由付けをしていく過程が、2部以降の作品なのである。シモンズ自身のほかの長編でも、饒舌に過ぎたものは、やはり読み手の印象を薄める傾向がある。本第3部も、短いエピソードを束ねた前半は緊迫感が持続されるが、後半はダレ場がすぎるようだ。
 あえて採点するなら、


 5点…(第1部)ハイペリオン
 3点…(第2部)ハイペリオンの没落
 4点…(第3部前半)エンディミオン
 3点…(第3部後半)エンディミオンの覚醒


 といったところか。もっとも、最低線であっても、読者を厭きさせない趣向は残している。読んで損はないだろう。

 さて、1999年の読書日記更新も今日までです。ご愛読ありがとうございました。
 本年は、ホラー系の作品が増えておりますが、基本的にSFから見たホラーという読み方になっております。そのあたりのスタンスは当面変わらないでしょう。また2000年も宜しくお願いいたします。

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