2002/11/3

瀬名秀明『あしたのロボット』(文藝春秋)

装画:松井龍哉、装幀:斉藤深雪
 

 昨年(2001年)の7月に出た『ロボット21世紀』(文春新書)と連動して書かれた、一連の短編を集成したものである。作品は、短い挿話を挟んで、オムニバス風に組み立てられている。各タイトルはSFの古典を思わせる。内容はSFの重要なテーマであった“ロボット”と、それに関わる人々との接点を描いている。 ただし、著者はロボット自体をテーマにしたわけではない。本書の主人公は、“インターフェース”なのである。

 たとえば、
 「ハル」では、人間の挙動をまねるロボットの中に、生命の“魂”を感じ取る人々。
 「夏のロボット」では、子供の頃の夏休みに出会ったロボットに“知性”を見出す少女。
 「見護るものたち」では、地雷探査ロボットに賭ける主人公と、現地人の少女との交点。
 「亜希への扉」では、ロボット・コンサルティングの主人公と、小学生の少女との触れ合い。
 「アトムの子」では、年老いたロボット工学者が育む真の“アトム”の姿。

 本書の世界は、近未来の、架空の歴史の上に成り立っている。爆発的なブームを経てロボットが社会に浸透し、それを媒介(パラメータ)にして、さまざまな出会いが生まれる。最後に、ブームの基点である“アトム”へ物語は収斂していく。手塚治虫のアトムは、研究者がロボットを開発する動機 ともなった。なぜ、アトムが研究者の共通項だったのか、なぜアトムは単なる機械ではないのか、ロボットとは(ペットのような)生き物なのか。いくらロボットが人に近く見えても、ロボット=人ではない。我々は外部から観測し、解釈を下すだけである。 最初に書いた“インターフェース”とは、人とロボットとの接点をさす。瀬名秀明は、本書でその意味の一端を示してくれる。 著者の作品の多くは、科学に取材しながらも、それ自身を主題には選ばない。登場人物の“思い”への執着がある。その点では、(かつて)悠久の時が主人公といいながら、人間の行動に終始こだわっていた光瀬龍に近い面があるのかもしれない。

bullet 『八月の博物館』評者のレビュー
bullet 『虹の天象儀』評者のレビュー
 

町井登志夫『諸葛孔明対卑弥呼』(角川春樹事務所)

装画:末弥純、装幀:芦澤泰偉
 

 中国が三国志の時代、日本は“有史前”の卑弥呼の世界であった。諸葛孔明は天才的な軍師であったが、鬼門遁甲を操り強大な敵を破ると恐れられていた。魏の皇帝は、孔明を破る切り札として、東夷の女王を呼び寄せようとする…。
 大軍師孔明が、べらんめえ口調だったり、女王卑弥呼の神秘の正体が描かれたり、あるいは、妖術合戦と思わせながら、その背景を科学的に説明するなど、新機軸が読みどころといえる。お話は、約3分の2まで無数の都市国家から成る倭国の有様 (渡来人国家と、原住民と混交した新興国家邪馬台国)が書かれており、これも新解釈といえる。表題通りのお話ながら、作者のオリジナリティで読ませる。実際の孔明との対決に、 あまり枚数が裂けなかったのはちょっと惜しい。

bullet 『今池電波聖ゴミマリア』評者のレビュー
 

藤崎慎吾『ストーンエイジCOP』(光文社)

カバーデザイン:泉沢光雄、カバーイラスト:浅田寅ヲ
 

 これまでの諸作とは、やや傾向が異なるシリーズもの。
 遺伝子交換による肉体改造がコンビニでも可能になった近未来。警察も民間委託されたコンビニCOPにより、事実上運営されていた。ある日、主人公の管轄するコンビニに、ストリート・チルドレン(ストチル)の一団が押し入ろうとする。しかし、彼らと知り合いになるうちに、奇妙な噂を聞くようになる。街からストチルが連れ去られ、良く似た偽者と入れ替わっている…。
 主人公も、縄文人(石器人)のような風貌で、過去の記憶がないという設定。ガジェット豊富で読みやすいが、敵の正体や事件の真相は、類作の域を出ていない。これまでの作品に比べて、新鮮さに欠けるかもしれない。

bullet 『クリスタルサイレンス』評者のレビュー
bullet 『蛍女』評者のレビュー
 

2002/11/10

    

川端裕人『竜とわれらの時代』(徳間書店)

カバー画:小田隆、装幀:多田和博
 

 詳細な資料調査と、取材に基づいた著作で知られる著者の最新作。これまでも、ロケット、バーチャル金融、ネット社会等、その時々のSFファンの興味の対象とも共通するテーマを描いてきた。本書は、ずばり“恐竜”が主題だ。
 北陸地方の寒村で、かつて化石発掘をきっかけに3人の高校生男女間に友情から結ばれてから数年後、夢を実現しようとアメリカに渡った兄、故郷で農業を再開しようとする弟、キャリアを捨てざるをえなかった女性が、史上最大の恐竜(竜脚類、 昔の呼び方ではプロントサウルスですね)化石をきっかけに、大きく運命を変えていく物語。
 加えて、アメリカの恐竜発掘チーム(恐竜に熱狂する国民性は、特にアメリカに顕著)、それに資金援助をする奇妙な「財団」、原理主義者たちによるテロ事件と、さまざまに趣向が凝らされている。とはいえ、 テロリストや非人間的な巨悪を描くことが主眼ではない。いかにも少年の冒険といった瑞々しさが特徴になる。 この点は、現実のさまざまな障害を描きながら、究極の結末で、それら柵が夢の実現に昇華されてしまう『ロケットの夏』と同様だろう。 ただ、本書の場合、日本側の登場人物以外に、主役級のキャスト(恐竜学の権威、財団の老オーナー、2人のライバル後継者、発掘チームのロシア人とモロッコ人、テロリストなどなど)が多すぎるようだ。彼らの行動がこれで自然なのかどうかは、まだ疑問の余地がある。

bullet 『ロケットの夏』評者のレビュー
bullet 手取層群恐竜化石のHP
福井県立恐竜博物館
 

2002/11/17

    

ロバート・J・ソウヤー『イリーガル・エイリアン』(早川書房)

カバーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
 

 ソウヤーのSFミステリ、というか法廷もの。
 大西洋に着陸した宇宙船から現れたのは、アルファケンタウリのエイリアンだった。ここに人類と異星人とのファースト・コンタクトが成立する。ところが、人類を挙げての式典が繰り広げられるなかで、アメリカの随行員が殺される。さまざまな証拠は、犯人が異星人であることを示唆していた。カリフォルニアの検事局は、世界の反対を押し切って、異星人の起訴に踏み切る。有罪ならば死刑も考えられる中、人権問題に詳しい弁護士が選任されるが…。
 異星人という地球文化の埒外の存在にも、アメリカの法律を当てはめようとする理不尽さ。そしてまた、法律そのものが決して正義を意味しないことを熟知する弁護士。何かを隠し続けている、容疑者のエイリアン。前半は、法律対エイリアン、後半は謎の解明という構成で書かれている。前半の極端な対比(陪審制でエイリアンを裁く)は、設定の旨さでなかなか読ませる。ただし、(ほかの作品でも同様なのだが)ソウヤーの場合、最後は必ずSFの範疇にお話を収めてしまう。それが、皮肉な風刺に満ちたお話を、スケールアップする方向に働いていないのが残念。

bullet 『ターミナル・エクスペリメント』評者のレビュー
bullet 『スタープレックス』評者のレビュー
bullet 『フレームシフト』評者のレビュー
bullet 『フラッシュフォワード』評者のレビュー
bullet 著者の公式HP
 

2002/11/24

    

恩田陸『ロミオとロミオは永遠に』(早川書房)

Cover Direction&Design:岩郷重力、Cover Illustration:おがわさとし
 

 恩田陸のSF長編。
 それほど遠くない未来。汚染が進む地球から日本人以外はすべて脱出し、新地球に移住している。残された日本民族は、地球の汚染除去という終わりのない責務を負わされている。若者たちの夢は、大東京学園に入学すること。そこさえ卒業すれば、少しは楽な未来が約束されている。しかし、かつての東京23区内全土を敷地にもつこの巨大学園では、想像を絶する過酷な授業が待ち構えていた。肉体労働と繰り返されるゲームのような試験、そして脱走者に課せられる残酷な刑罰…。
 例によって、相当に無理のある設定でお話は組み立てられている。こんな未来があるのか、こんな学校が成立するのかという疑問は、しかし恩田陸の小説の場合、あまり意味を持たない。というのも、ここで描かれる事物は、大半が現在の日本に存在する俗悪さをそのまま象徴するものだからである。彼らが目指す脱出先には、なぜか豊かな20世紀の亡霊が見え隠れる。作者が元にしたという映画『大脱走』(1963)は、妙に楽観的なムードで描かれてはいるが、決してハッピーエンドで終わる物語ではない。 同様に本書の結末でも、ハッピーな解決は示されないのである。失われた20世紀の高度成長期を象徴する不条理SF、『プリズナーNo6』(1967)の世界(決して脱出できない世界)なのかも。

bullet 『月の裏側』評者のレビュー
bullet 『ライオンハート』評者のレビュー
bullet プリズナーNo6のファンサイト
bullet 著者のファンサイト
bullet Jコレクションバナー
 

Back to Home Back to Index