2001/1/04

 今年も早川書房から「SFが読みたい! 2001年版」が出る。それに合わせて90年代SFベストが選出される。これは、各選者からの推薦作を集計してベストテンとするもの。コメントはつかないので、評者の推薦作と推薦理由を簡単に紹介する。なお、2000年ベストはコメント付きで掲載される。ご参照ください。

bullet国内篇(年代順)

『アド・バード』椎名誠(集英社:1990年度)
『ハイブリッド・チャイルド』大原まり子(早川書房:1990年度)
『バベルの薫り』野阿梓(早川書房:1991年度)
『ヴィーナス・シティ』柾悟郎(早川書房:1992年度)
『終わりなき索敵』谷甲州(早川書房:1993年度)
『雨の檻』菅浩江(早川書房:1993年度)
『エイダ』山田正紀(早川書房:1994年度)
《十二国記》シリーズ 小野不由美(講談社:1992年〜)
『BRAIN VALLEY』瀬名秀明(角川書店:1998年度)
『レキオス』池上永一(文藝春秋:2000年度)

bullet『アド・バード』は、いわばSFに対するオマージュにより世界構築が行われた作品。SFは実はレトロなのだという一面を初めて見せてくれた。『ハイブリッド…』は大原SFの完成形といえるもの。『バベルの薫り』はジャパネスクSFの極地。『ヴィーナス…』はサイバーパンクの究めつけにしてパロディでもある。宇宙SF=谷甲州を見せつけた『終わりなき索敵』、SFメンタルの真髄『雨の檻』、サイバーパンクを山田流にアレンジした円熟の『エイダ』、90年代を通してブームを形成したカリスマ小野不由美の《十二国記》、そして、新しいSFの息吹き『BRAIN…』と『レキオス』が続く。ベストでは目立たないが、国内の90年代は後半現れた新人の成果が大きい。

(各作品への当時のコメントはトップページから検索してください。複数箇所での言及があるため、ここから直接のリンクは張りません)


bullet海外篇(年代順)

『スロー・バード』イアン・ワトスン(早川書房:1990年度)
『故郷まで10000光年』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(早川書房:1991年度)
『ディファレンス・エンジン』W・ギブスン&B・スターリング(角川書店:1991年度)
『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン(東京創元社:1992年度)
『シェイヨルという名の星』コードウェイナー・スミス(早川書房:1994年度)
《ハイペリオン》4部作 ダン・シモンズ(早川書房:1994〜99年)
『つぎの岩につづく』R・A・ラファティ(早川書房:1996年度)
『タイム・シップ』スティーヴン・バクスター(早川書房:1998年度)
『虚数』スタニスワフ・レム(国書刊行会:1998年度)
『順列都市』グレッグ・イーガン(早川書房:1999年度)

bullet奇想作家ワトスンのオリジナル短編集『スロー・バード』は、80年代を象徴する作品かもしれない。ティプトリーの魅力を一望できる『故郷まで…』、サイバーからスチーム・パンクへ『ディファレンス…』、古いが不変のSFコア『タウ・ゼロ』、SFのある意味での原点C・W・スミス『ショイヨル…』、90年代といえばやっぱり《ハイペリオン》が最右翼、時代を超えた『つぎの岩につづく』、ハード奇想作家バクスター『タイム・シップ』、これまた時代を感じさせないレム『虚数』、オーストラリアから届いた鮮度抜群(にして破天荒な)新しいSF『順列都市』。90年代の翻訳SFの場合、統一的な流れはないようだ。

(各作品への当時のコメントはトップページから検索してください。複数箇所での言及があるため、ここから直接のリンクは張りません)


2001/1/14

恩田陸『ライオンハート』(新潮社)
 ケイト・ブッシュのアルバムと、さまざまな絵画、何よりロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』からインスパイアされた連作短編集。というより、オムニバス長編か。
 1978年のロンドンで、一人の教授が行方不明となる。彼は、若い女性記者の取材を受けた直後に跡形もなく消え去る。やがて舞台は、1932年のロンドン、1944年ロンドン、1871年シェルブール、1905年パナマ、1603年ロンドン、1969年フロリダ、1855年オクスフォードと、イギリスを中心にめまぐるしく移り変わりながら、時を越えたラヴ・ストーリー、エリザベスとエドワードとの物語を構成していく。
 各作品は、ミステリであったりファンタジイであったりする。そもそも、一つのお話にするにも無理がないではない。しかし、作者の背景には、最初に書いたケイト・ブッシュとネイサンがあるわけで、これが背景を貫く屋台骨となっている。矛盾が矛盾に感じられないのは、まあ恩田流の作風というか、人徳といえるかも。
装幀:新潮社装幀室
装幀:浦浜浩三郎 浦浜圭一郎『DOMESDAY』(角川春樹事務所)
 小松左京賞の佳作受賞作。『エリ・エリ』のテーマと比べ、よりホラーに近い内容であり、今風でもある。
 恵比寿ガーデンプレイス(によく似た)郊外都市に、突然直径400メートル弱のドームが出現する。その中にいた人々は、外とは隔絶され、赤く黄昏た世界に閉じ込められる。いったいドームの目的とは何か、神の摂理か、宇宙人による隔離なのか、混乱の中で死と再生のおぞましい儀式が繰り広げられる。
 ドーム状の物体でありながら、これは「物体O」でも『首都消失』でもない。そこが、本書のユニークな点といえる。物体の正体は最後まで明かされず、中でSF作家が述べるSF的な解釈も、真実であるか否かは明かされない。むしろ、ゾンビと化した再生者との抗争や、正気を失っていく人々の心理に重点がある。『バトル・ロワイヤル』風サバイバル小説でもあるが、より世界の謎に言及している。
 文章や心理描写など、ベテラン並みの旨さを見せながら、やはりこの設定を説明し切れなかった点が喰い足りない。正体を書く必要はなくとも、物語としての必然性を納得させてほしい。

2001/1/21

筒井康隆『恐怖』(文藝春秋)
 とある地方都市、そこには多くの文化人が住み、独自の地域社会が作られている。作家である主人公は、買い物の帰り、知り合いの画家が絞め殺されているのを発見する。これが、文化人連続殺人事件の始まりだった…。
 日ごろから小説を書いたり論評をしたりの文化人たちは、その感性を売り物にするが故に極めて臆病な人種でもある。疑心暗鬼に陥る主人公は、恐怖のあまり、しだいに正気を失っていく。
 とはいえ、本書そのものは凄惨な内容ではないし、救いもある。『わたしのグランパ』につながる、人間味を感じさせる物語だ。
カバー写真:杉山拓也、装画:石崎健太郎
装画:茂利勝彦、装幀:新潮社装幀室 斉藤直子『仮想の騎士』(新潮社)
 2000年(第12回)ファンタジイノベル大賞優秀賞受賞作。フランスの宮廷もの。太陽王ルイ14世とフランス革命に揺れるルイ16世時代の狭間、ルイ15世治世下で起きた、奇妙な恋と冒険の物語。といっても、ポンパドゥール夫人、詐欺師・色事師カサノヴァ、不死を約束する永遠薬(エリクシール)を目論む、錬金術師サン・ジェルマン伯爵――と、登場人物は多様。中でも主人公の騎士デオンは、騎士でありながら女と見まごう美青年。女装すれば絶世の美女、それを利してロシアとの外交工作に奔走する。
 これら奇怪な人々が実在した、というだけでも、18世紀フランスの文化的爛熟ぶり(そしてまた腐敗ぶり)が分かろうというもの。
 大阪弁をしゃべるカサノヴァ(イタリア人)など、人物の個性が明瞭に描き分けられており、細部にユーモアが溢れた作品。遅滞なく読め、どことなく酒見賢一『後宮小説』を思わせるすっきりした味わいがある。

2001/1/27

ブルース・スターリング『タクラマカン』(早川書房)
 スターリングの新作短編集(99年刊)。短編集という意味では『グローバルヘッド』(1992年刊)が97年に翻訳されているので、4年ぶりになる。とはいえ、スターリングは、極めてポストモダンな(“今”を書く)作家であるが故に、時代とともにリアルタイムに読むことがまず肝要である。たとえば、『グローバルヘッド』は断末魔のソビエトがあった時代に、一番面白く読めたはずだ。
 さて、そこで本書はどうか。ネットワークに張り巡らされた反権力組織「招き猫」、シリコンバレーのマッドサイエンティスト「クラゲが飛んだ日」(ルディ・ラッカーと共著)、フーリガンに揺れるドイツ「小さな、小さなジャッカル」、そして電脳時代の無法地帯《チャタヌーガ》を描く3部作へと連なる。スターリングの場合、電脳空間を描くことには興味がなく、その中で蠢く人間模様を重視するので、サイバーパンク風ガジェットが古びた今日でも、さほどありふれた印象は残らない。同様に人に興味を移したウィリアム・ギブソンとの違いは、多様な小道具と皮肉なユーモアの存在だろう。スターリングがよりSFファンの感覚に近いこともよく分かる。表題作「タクラマカン」に登場する、奇怪な地下の光景は、まさにSF的悪夢そのもの。
 本書の原題 A Good Old-fashioned Future は、21世紀を迎えた今に相応しい題名だ。というか、“今この時”にこそ楽しめるものといえる。
カバー:田中光

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