2000/02/06

森下一仁『思考する物語 SFの原理・歴史・主題』(東京創元社)
 98年に『現代SFの最前線』を出し、いまや現代SF評論では第一人者となった森下一仁の初の長編評論である。とはいえ、著者の評論は基本的にアカデミズム(論文)でも、書誌でもない。例えば、本書では結論「SFの本質はセンス・オブ・ワンダーにある」を先に置き、これを認知科学を借りて検証する(認知科学の概念に当てはめる)というスタイルで書かれている。そこで、「フレーム」や「スクリプト」といった、キーワードが登場するけれど、残念なことに、これがそのまま先の結論を証明するわけではないのである(似ているのであって、等価ではない)。引き続き、SFの歴史(第2部)や現在のSF(第3部)でも、独特の視点で、著者なりのSFの意味が問われる。神秘主義(ディックとオウム)、フェミニズム(男としての戸惑い)やユートピア(社会の変遷に伴う感じ方の変化)、サイバー・パンク(テクノロジーに対する姿勢、ニュー・ウェーヴとの違い)等など、まさに肉声が書かれている点が面白い。
 「SFはセンス・オブ・ワンダーだ」という考え方は、正しいようではあるが、「哲学は世界に対する驚きから生まれた」(世界に対して驚きを感じるのは、人間の特質)というのと大差がない。SF=哲学でない以上(一昔前ならば、である、と主張する人も多かったが)、今のところ、必要十分な説明ではないだろう。
装画:めるへんめーかー,装訂:岩郷重力+WonderWorkz

2000/02/11

カバーイラスト:丹野忍,カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン ヴォンダ・N・マッキンタイア『太陽の王と月の妖獣』(早川書房)
 1997年ネビュラ賞受賞作。
 マッキンタイアの作品は、多くがサンリオ文庫とともに失われてしまった(唯一『夢の蛇』だけがハヤカワ文庫で再刊されたが、これも絶版かもしれない)。それらの中で、本書は異色の宮廷ファンタジイである。
 太陽王ルイ14世治下のヴェルサイユ宮殿、ここには王の取り巻きや貴族たちが、贅を極めた生活を繰り広げている。しかし、それは反面、放蕩と堕落の巣窟でもあった。ある日、彼らの下に伝説の海の生き物を生け捕ったイエズス会修道士と、彼の妹マリー=ジョゼフが登場する。物語は、その生物=知性ある海の民と、マリーとを中心に語られる。
 ファンタジイと書いたが、実のところ、本書で描かれた世界は大半実在のものであり、ここに知性を持つ野獣、下賎なものと見なされた才気あふれる女を配した視点自体は、作者も認めているように歴史改変SFといってもよい。しかし、フランス宮廷の描写は、主観的にはファンタジイそのものであるし、女性や未開民族に対するキリスト教(カトリック)批判が主体なので、あえてSFと思う必要もない。お話は面白く読める。

2000/02/19

小谷真理『おこげノススメ カルト的男性論』(青土社)
 昨年12月に出た本。ちょっと遅れてのレビューですが、森下一仁、マッキンタイアとくれば、やはり取り上げたほうがよいでしょう。本書自体は、各種雑誌に掲載された、作家(バロウズ、ディック、バラード、ピンチョン…)・映画監督(クローネンバーグ、ゴダール、北野武…)・写真家(荒木経惟)・俳優(レスリー・チャン)などなどの評論をまとめたものです。とはいえ、換骨奪胎を身上とする(本人がそういっているわけではない)著者らしく、本書もさまざまな断片を見事に1つの色に塗り替え、非常に面白い見方を提供してくれます。
 たとえば、「ガイネーシス(女性的なるもの)理論」と「おこげ理論」(同性愛者、特に男性同性愛や、やおいカルチャと、女性排除の男社会との関連を述べた理論)を縦糸にして、男性性作家バラードやディックに潜む女性同化要因、身体変容をめぐるマッキンタイアと谷甲州の関係、大原まり子『吸血鬼エフィメラ』をベースとした西洋吸血鬼の輸入と日本的同化作用、などが読み解かれるわけです。これまでの男女/人種という差別の枠組みだけでなく、男自体の中に潜む無意識の構造を暴いたところが、ユニークといえるでしょう。
装幀:菊地信義,photo by Laurie Toby Edison

2000/02/26

カバー:田島照久(thesedays) 若竹七海『遺品』(角川書店)
 これも、昨年12月に出た本。ホラーの注目作。著者は1991年にデビュー、これまで22冊の著作があるが、基本的にミステリが主流のためホラーは少ない。この作品でも、とある伝で金沢のリゾートホテルに秘匿されていた、女優のコレクションを調べる女性が、呪いに囚われていく謎をミステリ風に解き明かしていく。本書自体は、日本的ホラーでは比較的珍しい、家屋敷(この場合はコレクション)にとり憑かれ、過去の事件を再演するといった、呪われた家風のアイデアで書かれている。とはいえ、最後にもう一ひねりがあり、そこは作者オリジナルの展開だろう。
岬兄悟・大原まり子『彗星パニック』(廣済堂出版)
 SFバカボン・シリーズの最新刊(といってる間に、また新刊が出てしまいましたが)。今回は表紙(岬兄悟のCG)の雰囲気が変わって、やや地味め。とはいえ、内容的には従来どおり、ここでしか読めない種類の小説11作が収録されている。中では、ほとんど私小説(作者の実生活が書かれた通りかどうかは不明)としか思えない明智抄、山下定や、実験的作品を寄せた、いとうせいこう、岡崎弘明ら、あるいは算数フェチ小説に本領発揮の東野司(この長編にも算数フェチ小学生が出てくる)が目新しいアイデアといえるか。
 ところで、この表題(収録作の題名でもなく、テーマでもなく…)はどういう意味なのでしょうか。
カバーCG:岬兄悟

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