若島正編『ベスト・ストーリーズI』(早川書房) Best Stories I:Br'er Rabbit Ball and Other Stories
装幀:早川書房デザイン室
若島正編集による新しい『ニューヨーカー短篇集』である。「ニューヨーカー」はアメリカを代表する週刊誌で、「都会人のための都会小説」を載せるまさに都会的、アメリカ中産階級を象徴する雑誌だった。今となっては、ニューヨーカーと聞いて小説を思い浮かべる人も少ないだろう(帯に小さく記載があるのみ。本書の表紙にも謳われていない)。
第1巻は「ニューヨーカー」創刊から1950年代までの約30年間から18編が選ばれている。表題作は、大リーグで採用された“飛ぶボール”について、皮肉っぽく書かれたエッセイだ。ベタな批判ではなく、独特の可笑しさが込められている。それは他の小説やエッセイにおいても同じで、不眠の理由、世界を征服出来る発見、浮気の言い訳、笑いの研究、逆転した出自の差、主婦の葛藤、手紙の主、ホームズ物への言及、飲酒癖のある父親と子、内省的な夫の過去、帰省した娘と継母、ヘミングウェイの数日間の(舐めるような)日常、埋葬された黒人、パーティで出会った老人、解雇された男の犯した盗み、キャリアのある女が見染めた取得のない男、田舎の別荘に住む美しい姉妹たちなどなど、一面的ではない人々の機微が描かれる。
大半は、1930~50年頃の中産階級が主人公だ。ただ、ミドルといっても都心にメイド付きの家を持てる階層なので、我々がイメージする日本的な中産階級ではない。それぞれ仕事を持ち、遊んで暮らせるほどの資産はないが、アメリカの繁栄を支えていた人々だ。その、明暗が描かれている。
今から47年前、1969年に常盤新平編『ニューヨーカー短篇集』が全3巻で出た。評者が持っていたのは、かなりあとの1983年版だが、9刷になっていた。ロングセラーだったことが分かる。本書はその存在を前提に編まれたものだ。当時の収録作は39~35編(作家)にもなり、本書の倍近くの分量だった。
とはいえ、もう「ニューヨーカー」も創刊90年となる。常盤新平版からも半世紀が経っており、都会小説の中身も大きく変貌しているだろう。今回は、歴史的変遷、傾向が分かり(かつ未訳の)代表作品が俯瞰できるよう工夫されている。また、作品に最適という観点で編者が選んだ翻訳陣が豪華で、片岡義男を始めとして、岸本佐知子、木原善彦、佐々木徹、柴田元幸、谷崎由依、中村和恵、藤井光、古屋美登里、桃屋美佳、森慎一郎らが担当している。
「ニューヨーカー」には、SFやファンタジイ系の作品はあまり載っていない。他の高級スリック雑誌「エスクァイア」や、「プレイボーイ」の方が多かったように思う。それでも、本書収録のE・B・ホワイト、シャーリイ・ジャクソンらにその雰囲気は感じとれるし、特に50年代SFとシンクロする同時代性も伺える。デビュー前のティプトリーが本名で寄稿したのも本誌である。 |