昨年11月に出た《SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー》3部作の掉尾を飾る一冊。「ポストヒューマンSF傑作選」という副題が付いていて、「テクノロジーによって変容した人類の姿」を描いた作品を収録している。こう書くと、生物的に異形化した未来人(古典的なイメージとして、全身機械化したサイボーグや、頭脳だけが肥大化した人類など)を浮かべるが、もちろんここには電脳的な変容やナノテクによる意識的な変貌が含まれるのである。
ジェフリー・A.ランディス「死がふたりをわかつまで」(1991):別々の死を迎えた男女が邂逅する未来
ロバート・チャールズ・ウィルスン「技術の結晶」(1986):人体改変に魅せられた主人公の顛末
マイクル・G.コーニイ「グリーンのクリーム」(1971):遠隔端末による移動の時代、観光地で起こる事件
イアン・マクドナルド「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」(1984):火星を疾走する最後の機関車
チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」(2003):遺伝子操作で集合体となった人類と、排除派の人々
メアリ・スーン・リー「引き潮」(1995):不治の病に罹った娘を持つ母親が下した決断
ロバート・J.ソウヤー「脱ぎ捨てられた男」(2004):心をロボットに複写した男は法的には抜け殻だった
キャスリン・アン・グーナン「ひまわり」(1995):テロの後遺症で妻と子を亡くした主人公が探す真実とは
グレッグ・イーガン「スティーヴ・フィーヴァー」(2007)*:ナノマシンによる熱狂に駆り立てられる少年
デイヴィッド・マルセク「ウェディング・アルバム」(1999):ある夫婦の心のスナップショットが被る災難
デイヴィッド・ブリン「有意水準の石」(1998):あらゆるシミュレーション知性に人格を認めるとしたら
ブライアン・W.オールディス「見せかけの生命」(1976):博物館惑星で出会った人工知性の振る舞い
*本邦初訳
アンソロジイのスタートは、遥か遠未来まで惹かれあう遺伝子を描いた短いお話、引き続き、人口過密をある種の仮想現実で凌ぐ人類、遠隔意識の中の火星(『火星夜想曲』の原型)、グロテスクな集合精神と滅びつつある旧弊な人間、精神の病を再利用する近未来の文化、意識をコピーした人は抜け殻かそれとも人間か(この発想は旧来のSFと逆である)、ナノテクによる変容を受けた親子の悲劇、強制的な意識変容の意味(イーガンの十八番となるテーマ)、記念写真に過ぎないコピーに人格はあるか、シミュレーションは神の業と同等か(やや皮肉な問いかけ)、そして最後に、人工知性による愛は見せかけなのか、という疑問によって物語は終わる。このように、本書は問題意識の連続で成り立っている。ポストヒューマンに至る過程で、人類は外見以上に精神の奥底が変わってしまう=それは、肉体の変貌と同時に作用する。イーガンに指摘されるまでもなく、過去から多くのSFが語ってきたこのテーマを俯瞰する意味で、本書には重要な価値があるだろう。
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