2011/1/1

Amazon『リス子のSF、ときどき介護日記』(以文社)

小谷真理『リス子のSF、ときどき介護日記』(以文社)


造本・装幀:倉茂透、装画・挿絵:YOUCHAN

 著者は評論家だが、第15回日本SF大賞受賞者(『女性状無意識』)であり、日本ペンクラブでは女性作家委員会の委員長を務めるなどその道の大家である。また、ローラリアス(1977年創設。もともとは、ロバート・E・ハワードに代表されるヒロイックファンタジイのファンクラブ)時代からのコスプレイヤー、写真家ローリー・トビー・エディスンのモデルになったこともあるなど、SF界ではもっともジェンダー問題に関わってきた。そんな小谷真理の介護日記である。

 介護する相手は夫の両親。といっても元英文学者の夫婦であり、特に姑とはもともとそりが合わなかった。脳卒中で倒れ、体が不自由になった姑と、認知症の傾向を見せる舅のケアにはさまざまな気遣いが要求される。しかも、この時期、横浜では日本初の世界SF大会Nippon2007が開催されようとしていた。著述や講演の仕事、大会のコーディネート、介護とリフォーム、果たしてそのすべてを全うすることは可能なのか。

 評者と著者とはほぼ同世代であり、まさに今が介護期である。共感を持って読めるところも多い。しかし、本書の場合、いくつかの前提条件がある。まず、本書は会員制blogサイト(SNS)mixiで書かれたものの抜粋であること(2006年7月から09年8月)。独立した著述業者である一方、大学教授巽孝之の妻であり、夫の両親を介護する立場となったこと。書庫や両親宅のリフォームなど、ふつう介護の途上ではしないだろうと思われる沢山の苦行を、あえて背負込んでいることなどである(金銭的な制約が少ないように見える点は羨ましい)。もともと著者は他人のケアが好きであり、それでも残るストレスをmixiで解消している。ネット時代(ゼロ年代)らしい、リアルタイムのつながりによる融和効果が興味深い。
 さてしかし、本書の中では、前述したローリー・エディスンの写真のエピソードが面白い。きちんとお化粧した姿ながら、なぜ疲れた中年女と見えるのかという理由が書かれている。まるで本書を象徴するようで、妙に印象に残る。
 

 

2011/1/8

Amazon『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』(黒田藩プレス)

ゾラン・ジフコヴィッチ『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』(黒田藩プレス)
Zoran Zivkovic's Impossible Stories, 2010(山田順子訳)

Cover:Reija Penezic“Alaska Time-Lapse”、Photo:Marko Todorovic

 黒田藩プレスから出た旧ユーゴスラビア(現在のセルビア共和国)作家の短編集である。これまで18作の著作があるが、翻訳されたのは短編のみ。日本オリジナルに作品が採られた本書が、最初の単行本となる。

 「ティーショップ」(2005):旅先で立ち寄ったティーショップでは、誰もが次々と物語を語りかけてくる
 「火事」(2001):夢の中に現れた炎上する古代の図書館が、司書の主人公のパソコンに映し出される
 「換気口」(2003):自殺を図ろうとした病人が語る、恐るべき能力とは

 どの作品も、ある意味オープンエンドで書かれている。物語の出来事に対して、明確な理由付けは一切ないからだ。しかし中途半端というより、スタンダードな「奇妙な味」の印象を残す。重いテーマでも、軽快に読めるのが作者の特徴だろう(その点、同じSF出身の経歴を持つロシア作家ヴィクトル・ペレ―ヴィンとは対照的だ)。本書には3作しか収められていないが、もっとまとめて読みたいと感じさせる。著者は、これまで世界幻想文学大賞(2003)を受賞しているほか、国内の多くの文学賞も受けている。もともとSFの紹介や創作などでスタートしたが、今ではより広い幻想文学の作家として国際的にも評価されている。なお本書はオンデマンド(注文を受けて、その都度印刷・製本する)の形態をとっているため、書店に在庫がなくても、版元に直接発注して入手することができる(料金後払い/送料込み)。
 

 

Amazon『お初の繭』(角川書店) Amazon『前夜の航跡』(新潮社)

一路晃司『お初の繭』(角川書店)
装丁:片岡忠彦

紫野貴李『前夜の航跡』(新潮社)
装画:影山徹、装幀:新潮社装幀室

 2010年10月に出た第17回日本ホラー小説大賞、11月に出た第22回日本ファンタジーノベル大賞主催者清水建設での紹介)それぞれの大賞受賞作である。また、著者はオーストラリア在住の映像作家(1958年生まれ)と、無職で小説を書き続けたライター(1960年生まれ)である。

『お初の繭』
 戦前を思わせる貧困の時代、寒村の少女が製糸工場の女工として働きに出る。そこは製糸部と養蚕部に分かれ、主人公は養蚕部に配属される。しかし、その部署で何をするかは、なかなか明らかにならない。仕事のないまま、他にはない極上の糸を紡ぐという蚕の到着を待つばかりだった。
『前夜の航跡』
 全5話からなるオムニバス作品。海軍の事務方で、どこも処理できない“怪異現象”対策を行う部署があった。海軍は合理的なようで迷信を信じていたりする。怨念を抱えて成仏できない軍人、鼠を駆除する木彫りの猫、艦船事故に纏わる事件、船を守った天女、夜半に哭く三笠の亡霊と、霊能力を彫り込む彫刻師と軍人との奇妙なコンビでお話は進む。

 『お初の繭』は特定の地名や時節を明記せず、登場人物の名前もあえて駄洒落にするなど、意図的な仕掛けが設けられている。その上で、最終的な運命との対比を強調している。一方の『前夜の航跡』は、実際にあった海軍での艦船事故(軍縮条約下、最小限のトン数の船に過剰な武装を搭載した結果、設計余裕度がなく、沈没事故が頻発する)を背景に、怪奇探偵趣向を織り込むというユニークな試みを行っている。この二人とも、デビュー前のキャリアが長いためか、小説的/文書的な破綻はほとんど見られない。このままのペースでの作品を引き続き出してもらいたい。 
 

 

2011/1/16

Amazon『原色の想像力』(東京創元社)

大森望・日下三蔵・山田正紀編『原色の想像力』(東京創元社)


Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。Cover Photo:

 応募作612編を集めた第1回創元SF短編賞は、受賞作の松崎有理「あがり」を選出して無事に終了した(『年刊日本SF傑作選 量子回廊』に収録)。その最終候補作15作品からさらに9編を選び出し、オール新人作家のアンソロジーとして出版するというのは異例の企画である。次回の予定については、第2回短編賞応募要項のどこにも書かれていないのだが、おそらく1回限りで終わるものでもないだろう。

高山羽根子「うどん キツネつきの」:ビルの屋上で拾われた捨て犬は、うどんと名付けられ成長していくが
端江田仗「猫のチュトラリー」:猫を助けた介護型アンドロイドの行動の意味
永山驢馬「時計じかけの天使」:酷いいじめを受けていた主人公の学校に、非人間的な転校生がやってくる
笛地静恵「人魚の海」:巨大な人魚が棲息する海、そこに住む男女と世界の運命
おおむらしんいち「かな式まちかど」:ひらがなたちの形に由来する、ひらがな“字身”による奇妙な物語
亘星恵風「ママはユビキタス」:遠い宇宙に飛ぶ主人公とシステムに拡散するママの存在
山下敬「土の塵」:神父が告解で聞いた不可思議な兄妹・恋人の秘密
宮内悠介「盤上の夜」:手足を失った天才女性棋士と、助手を務めた男性棋士との生きざま
坂永雄一「さえずりの宇宙」:会話(さえずり)の断片で区切られた未来の図書館から始まる探索のゲーム
松崎有理「ぼくの手のなかでしずかに」*:ある試験薬を飲み始めた主人公の移り変わる心理
 * 書き下ろし(受賞第1作)

 「うどん…」は同賞佳作、「土の塵」は日下三蔵賞、「盤上の夜」は山田正紀賞、「さえずりの宇宙」は大森望賞とされている。ここで審査員名を冠しているのは、各評者の評価が高かったことに由来する。さてしかし、「うどん」のように普通に読めば全くSFではない作品が佳作となる一方、受賞作「あがり」がSF的理屈を捏ねた作品であることからも、第1回応募作の多様さがうかがい知れる。応募時点から改稿が行われたためか、本書の収録作にアマチュア的な危うさはほとんど感じられない。「うどん…」や「盤上の夜」には巧さがあり、「ママは…」と「さえずり…」は現代SFの先端をイメージさせる。「人魚の海」と「かな式…」は、ちょっと他で見られない奇想で書かれている。懸念点は、本書の作者の何人くらいが、本気で作家になろうとしているかである。少なくとも、この賞は座興を狙ったものではない。短編1作だけでプロは無理にしても、作者の顔があまりに見えてこない(自己紹介文がおざなり過ぎる)。 

 

2011/1/22

 12月に出た、全編書き下ろしの眉村卓 最新作品集である。作者をモデルにした映画も公開され、興味をもたれた方も大勢いるだろう。映画では30代の夫婦に設定が変えられており、夢見るようなSF作家の青年と、現実の厳しさが対比される描き方となっている。実話では、老年に入った60代の夫婦であり、その延長線上に本書は描かれている。つまり、(さまざまな理由で)妻を失い、次第に老いてゆく主人公が遭遇する、奇妙な出来事がテーマとなっている。

 「沈みゆく人」:気分転換に街を歩く主人公は、見知らぬ男から物語集と称する本を受け取る
 「板返し」:私鉄のターミナルに近づいた電車の中で、高校時代の過去の記憶が再演される
 「じきに、こけるよ」:定年を過ぎ、非常勤で講義する主人公は、存在しない人物からの声を聞くようになる
 「住んでいた号室」:かつて住んでいた団地が取り壊される中、男は昔の生活の実体化を夢想する

 内容の書き換わる本、時間のループ、心の中を見透かす魔物(のような存在)、過去を憧憬し戻ろうとする行為と、本書にはSF/ファンタジーのガジェットが多く描き出されている。それらは、しかし、読者が想像するような破滅的な事態を招かない。何かを喪失した老境の主人公は、焦燥感を感じながらも、運命を受け入れるからである。この静謐さが、本書の最大の特徴といえるだろう。登場人物の心境には、眉村卓自身が反映されている。そのため、本書は“私ファンタジー”=自分を投影するファンタジーと説明されている。

 

2011/1/29

amazon『スティーヴ・フィーヴァー』(早川書房)

山岸真編『スティーヴ・フィーヴァー』(早川書房)
Steve Fever and Other Stories, 2010(山岸真他訳)

Jacket Art:小阪淳、Jacket Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 昨年11月に出た《SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー》3部作の掉尾を飾る一冊。「ポストヒューマンSF傑作選」という副題が付いていて、「テクノロジーによって変容した人類の姿」を描いた作品を収録している。こう書くと、生物的に異形化した未来人(古典的なイメージとして、全身機械化したサイボーグや、頭脳だけが肥大化した人類など)を浮かべるが、もちろんここには電脳的な変容やナノテクによる意識的な変貌が含まれるのである。

ジェフリー・A.ランディス「死がふたりをわかつまで」(1991):別々の死を迎えた男女が邂逅する未来
ロバート・チャールズ・ウィルスン「技術の結晶」(1986):人体改変に魅せられた主人公の顛末
マイクル・G.コーニイ「グリーンのクリーム」(1971):遠隔端末による移動の時代、観光地で起こる事件
イアン・マクドナルド「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」(1984):火星を疾走する最後の機関車
チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」(2003):遺伝子操作で集合体となった人類と、排除派の人々
メアリ・スーン・リー「引き潮」(1995):不治の病に罹った娘を持つ母親が下した決断
ロバート・J.ソウヤー「脱ぎ捨てられた男」(2004):心をロボットに複写した男は法的には抜け殻だった
キャスリン・アン・グーナン「ひまわり」(1995):テロの後遺症で妻と子を亡くした主人公が探す真実とは
グレッグ・イーガン「スティーヴ・フィーヴァー」(2007)*:ナノマシンによる熱狂に駆り立てられる少年
デイヴィッド・マルセク「ウェディング・アルバム」(1999):ある夫婦の心のスナップショットが被る災難
デイヴィッド・ブリン「有意水準の石」(1998):あらゆるシミュレーション知性に人格を認めるとしたら
ブライアン・W.オールディス「見せかけの生命」(1976):博物館惑星で出会った人工知性の振る舞い
*本邦初訳

 アンソロジイのスタートは、遥か遠未来まで惹かれあう遺伝子を描いた短いお話、引き続き、人口過密をある種の仮想現実で凌ぐ人類、遠隔意識の中の火星(『火星夜想曲』の原型)、グロテスクな集合精神と滅びつつある旧弊な人間、精神の病を再利用する近未来の文化、意識をコピーした人は抜け殻かそれとも人間か(この発想は旧来のSFと逆である)、ナノテクによる変容を受けた親子の悲劇、強制的な意識変容の意味(イーガンの十八番となるテーマ)、記念写真に過ぎないコピーに人格はあるか、シミュレーションは神の業と同等か(やや皮肉な問いかけ)、そして最後に、人工知性による愛は見せかけなのか、という疑問によって物語は終わる。このように、本書は問題意識の連続で成り立っている。ポストヒューマンに至る過程で、人類は外見以上に精神の奥底が変わってしまう=それは、肉体の変貌と同時に作用する。イーガンに指摘されるまでもなく、過去から多くのSFが語ってきたこのテーマを俯瞰する意味で、本書には重要な価値があるだろう。