2010/8/1

Amazon『創世の島』(早川書房)

バーナード・ベケット『創世の島』(早川書房)
Genesis,2006(小野田和子訳)

Cover Illustration:松尾たいこ、Cover Design:岩郷重力+WONDERWORKZ。

 著者はニュージーランドの作家。本書は同国の児童文学賞であるエスター・グレン賞ニュージーランド・ポストによる児童文学賞を受賞(2007年度)した代表作になる。

 100年後の未来、最終戦争により死滅した世界の中で、鎖国状態を保ち、ただ1つ生き残った島が舞台となる。その社会で、アカデミーへの入学を決めるための口頭試問が行われる。受験生である少女と試験官の間の問答では、彼らの世界の創世者である一人の男の秘密が暴かれようとしていた。

 新書サイズで230頁余り、中長編といった長さだ。“驚愕の結末”という紹介が多いが、それほど斬新なアイデアではないだろう。SFが何度もテーマとしてきたアイデアだからだ。しかし、本書にはいくつかのポイントがある。他者を一切締め出した閉鎖社会(侵入者は問答無用で殺される)、生き残るために個性より集団を優先した社会、その既存社会に対する反逆者=英雄、労働力を改善するための人工知能の誕生、人工知能と創世者との対話、人工知能と心の問題、そういった流れが口頭試問の中で語られていく。最後の“心の問題”が本来のテーマと思えるが、専門的ではない一般読者には、総体を通して新鮮な
印象が得られるようになっている。

 

2010/8/8

Amazon『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』(早川書房)

中村融編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』(早川書房)
The Astronaut from Wyoming and other stories,2010(浅倉久志、中村融訳)

Jacket Art:鷲尾直広、Jacket Design:岩郷重力+WONDERWORKZ。

 SFマガジン50周年記念に編まれた、日本オリジナルのアンソロジーである。主にSFマガジン掲載作を集めたものだが、初訳も含むテーマ・アンソロジーとなっている。今回は「宇宙編」、後「時間編」「ポストヒューマン編」が続く。

アンディ・ダンカン「主任設計者」(2001):ソ連時代にロケット開発責任者だった主任と弟子たちの物語
ウィリアム・バートン「サターン時代」(1995):アポロ計画が継続され、遠くへと宇宙開発が続く未来
アーサー・C.クラーク&バクスター「電送連続体」(1998):物質伝送下の世界で宇宙飛行士の職務とは
ジェイムズ・ラヴグローヴ「月をぼくのポケットに」*(1999):少年時代に手に入れた月の石の行方
スティーヴン・バクスター「月その六」(1997):月着陸船の乗員は、そこが別世界であることに気がつく
エリック・チョイ「献身」(1994):火星探査チームが陥った危機を救う意外な方法
アダム=トロイ・カストロ「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」(1999):エイリアンと呼ばれた少年は宇宙を目指す
 *初訳

 日本や欧米の視点から見れば、アポロ以降の宇宙開発は明らかに勢いを失って見える。日本の宇宙予算も、3分の1強は情報収集衛星(偵察衛星)という軍事予算に使われている。たまたま国民的人気となった「はやぶさ」などは、あくまでも例外だ。そのためか、本書に収録された作品は、どれも輝かしい明日を描いてはいない。半分はありえたかも知れない未来(「サターン時代」)、並行宇宙(「伝送連続体」「月その六」)を描き、重圧を撥ねかえさなければ何も得られず(「主任設計者」「月をぼくのポケットに」)、ついに実現した火星探査には、大きな困難が待ち受けている(「献身」「ワイオミング…」)。最後の表題作はちょっと変わっている。容貌がグレイ型のエイリアンと似ていることから差別されてきた主人公が、宇宙開発に消極的な政府を動かすまでに成長する物語。現代風にデフォルメされたアメリカン・サクセス・ストーリーといった趣きだ。

 

2010/8/15

Amazon『量子回廊』(東京創元社)

大森望・日下三蔵編『量子回廊』(東京創元社)


Cover Direction  & Design:岩郷重力+WONDERWORKZ。

 2009年のベスト集成である。創元版日本SF傑作選も3冊目を迎え(実質2年間ではあるが)、独自のSF賞を設けるなどユニークな発展を見せている。

上田早夕里「夢見る葦笛」:どこからともなく現れ、人を惑わす音楽を奏でる白い異形のものたち
高野史緒「ひな菊」:スターリン時代、ショスタコーヴィチに見初められたチェロ奏者の旅
森奈津子「ナルキッソスたち」:異性愛でも同性愛でもない、自分を愛する主人公が出会った別れ難きもの
皆川博子「夕陽が沈む」:人から分離して、独自の生命となった指を飼う主人公
小池昌代「箱」:名文が綴られる箱から見つかる文書の断片
最果タヒ「スパークした」:二人称あなたに向けて語られ、「スパークした」で終わる文章の意味
市川春子「日下兄妹」(コミック):腕を痛めた高校野球の投手と、奇妙な妹との生活
田中哲弥「夜なのに」:同窓会で久しぶりに出会った女友達、隣人の老人との時間を超えた混淆
北野勇作「はじめての駅で/観覧車」:はじめて降りた駅をめぐる2つのエピソード(Web掲載)
綾辻行人「心の闇」:主人公の内臓に取り憑いた“心の闇”の存在
三崎亜記「確認済飛行物体」:未確認飛行物体=UFOが“確認”されてしまった後の世の中
倉田タカシ「紙片50」:twitterの長さに閉じ込められた、新しい掌編小説の試み
木下古栗「ラビアコントロール」:ラビアが巨大化して空を飛ぶ(『ポジティヴシンキングの末裔』収録)
八木ナガハル「無限登山」(コミック):無限の高さの山に登る二人の少女
新城カズマ「雨ふりマージ」:リストラされ生きていくために“架空人”となった家族
瀬名秀明「For a breath I tarry」:画廊の2つの絵から生まれる別々の運命(『逆想コンチェルト2』収録)
円城塔「バナナ剝きには最適の日々」:深宇宙を旅する探査機の独白
谷甲州「星魂転生」:銀河を又にかけた数千光年を超える戦いの結末
松崎有理「あがり」(創元SF短編賞受賞作):大学の研究室で遺伝子を研究する主人公たちが発見したもの

 この中で、小池昌代は川端文学賞(2007)他文学賞多数を受賞した実績のある詩人/小説家、最果タヒはコミックとのコラボ(別冊少年マガジン)などを手掛ける詩人だ。SFというジャンル内からはなかなか見えない領域だが、幻想小説の範疇には含められるだろう。収録作の出典は、「SFマガジン」/「異形コレクション」などのジャンル系が7、純文学系2、中間小説系3、コミック2、短編集等からが4+受賞作となっている。ジャンル系作品の占める割合は3分の1、プロパー度は低く、全体の配分は前年の『超弦領域』を踏襲するものと言える。つまり、SFを大局的/広範囲に捉えようとしている。しかし、物理的に600ページを超える分量でもあり、文庫としての単価も高い(東京創元社のSFとホラーは、専門読者向けの価格設定がされている)。今後も商業的に成り立たせるためには、固定読者の獲得だけでは足らず、(入れ替わる)新規読者の目を引く試みを継続的に導入しないといけない。これが課題になるだろう。

 

2010/8/22

Amazon『NOVA2』(河出書房新社)

大森望編『NOVA2』(河出書房新社)


カバー装画:西島大介、カバーデザイン:佐々木暁

 昨年末に出た書下ろしアンソロジー『NOVA1』に続く、シリーズ第2弾。今後、年3回刊行を目指すようだ。収録作品から星雲賞受賞作(日本短編部門)が出て、そのためか売れ行きも順調、ペースを落としている《異形コレクション》に代わる定番アンソロジーとなる勢いである。

神林長平(1953)「かくも無数の悲鳴」:宇宙を股にかけた賞金稼ぎが巻き込まれたゲームの真相
小路幸也(1961)「レンズマンの子供」:手のひらに貼りついたレンズの正体とは
法月綸太郎(1964)「バベルの牢獄」:データ人格に変換された主人公が企てる脱獄計画
倉田タカシ(1971)「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」:蛇行する円状の文字で構成された迷宮
恩田陸(1964)「東京の日記」:大震災後、戒厳令が敷かれて久しい東京でのガイジン滞在日記(横書き)
田辺青蛙(1982)「てのひら宇宙譚」:5作のショートショートから成る濃縮されたSF
曽根圭介(1967)「衝突」:“衝突”により人類滅亡の危機を迎えた地球で、難民を抑圧する立場の主人公
東浩紀(1971)「クリュセの魚」:火星独立を巡るテロの時代、憧れた年上女性との再会がもたらしたもの
新城カズマ(‐)「マトリカレント」:中世の海で生まれた意識は、現代へと至る長い物語を刻む
津原泰水(1964)「五色の舟」:未来を予見するという“くだん”を求めて旅する見世物一座
宮部みゆき(1960)「聖痕」:かつて親殺しで服役した少年がネットで見た〈黒き救世主〉とは
西崎憲(1955)「行列」:ある特定の人にしか見えない異形の雲の行列

 前作とはメンバーを入れ替え、印象を一新した内容となっている。この雰囲気は上記『量子回廊』と似ていて、大森望のSF観(現代SFのあり方)と一致するものなのだろう。法月綸太郎、恩田陸、宮部みゆきといったミステリ系の大物作家、小路幸也(メフィスト賞)もミステリ、津原泰水はライトノベル/ホラー、田辺青蛙、曽根圭介はホラー出身だがSFを十分意識した作品を寄せている。三島由紀夫賞作家の東浩紀は、作りすぎと思わせるくらい、所作の細部まで行き届いた端正なSF中編である。そういう意味で、まるで“SF自体に対するトリビュート”に見える。こだわりが感じられる仕上がりだ。

 

2010/8/29

Amazon『平ら山を越えて』(河出書房新社)

テリー・ビッスン『平ら山を越えて』(河出書房新社)
Over Flat Mountain and other stories,2010(中村融編訳)

装画:松尾たいこ、装丁:阿部聡(コズフィッシュ)

 2004年に出た『ふたりジャネット』に続く、編者オリジナルの短編集である。R・A・ラファティを信奉すると語り、壮大な法螺話作りの後継者ともされるが、本人が認めている通りビッスンとラファティではまったく作風が異なっている。

「平ら山を越えて」(1990):成層圏まで突き出したアパラチア山脈を越えるトラックの旅
「ジョージ」(1964/1993):天使の羽を持って生まれた赤ん坊の両親の選択(未発表だった処女作)
「ちょっとだけちがう故郷」(2003):古い競技場に隠された飛行機を見つけ出した少年たちの行動
「ザ・ジョー・ショウ」(1994):シングル・ガールの部屋に“電子的に”侵入した宇宙人の要求
「スカウトの名誉」(2004):研究者のコンピュータに届くメールには、有史以前の出来事が記されていた
「光を見た」(2002)*:月面から発信される光の正体を求めて、引退した宇宙飛行士たちが赴くが
「マックたち」(1999):遺族の元に届けられるたくさんのクローンたちの目的とは
「カールの園芸と造園」(1992):自然の植物が枯渇しつつある未来、園芸業者の役割とは
「謹啓」(2003)*:ある年齢以上の生存を制限するようになった未来のアメリカ
 *初訳

 この中で“法螺話”風なのは表題作くらいである。ほろ苦いファンタジイ(「平ら山を越えて」「ジョージ」「ちょっとだけちがう故郷」)、アン・ハッピーエンドのSF(「スカウトの名誉」「光を見た」)、強烈な風刺をこめた作品(「マックたち」「謹啓」)、ビターなユーモア(「ザ・ジョー・ショウ」「カールの園芸と造園」)と、現代社会の問題点/課題を絡めたものが前作『ふたりジャネット』に比べて目立つが、これもビッスンの特徴なのだろう。21世紀以降、作品はよりシニカルになった。収録作品は「オムニ」掲載が2作、「F&SF」に2作の他、オンラインマガジン「サイフィクション」に掲載されたものが3作と多い。サイフィクションは2005年で終わり、もはやアクセスはできないが、アーカイブサイトで本書の収録作を読むことができる