2008/1/6
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昨年3月に評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』が出て以来、星新一再評価の機運が高まっている。その関係もあり、同書が講談社ノンフィクション賞や日本SF大賞を受賞した前後で、「小説新潮」の特集号(11月号)や今回採り上げた2冊が相次いで出版された(2007年11月)。
『ほしのはじまり』は新井素子によるショートショート選集である。54編の収録作品と採録元の単行本は、こちらにリスト化した。星新一は年間5作以上の単行本を出すことはなく(文庫化は除く)、ピークの70年を過ぎても2〜3冊のペースを守ってきた(こちらにグラフ化)。新井素子の選択は70年代前半までに集中している。そういう意味で(編者にとっての)、星新一ベストの時期は、1001編を達成(1983年)した時より10年前にあったことがわかる。他に『星新一の作品集』(1974-75)の月報や、新井素子デビュー時期(1977年)を話題にした世界SF大会での鼎談(上記の「小説新潮」から転載)を収録しており、初期−中期のベストといえる。「おーい
でてこい」、「鍵」といった定番作品も含め(編者も指摘するように)、人の本性に対する強い不信感が印象深い。
『星新一 空想工房へようこそ』は、最相葉月『一〇〇一話…』の姉妹編。本編ではモノクロ写真を一部見ることができただけだが、こちらでは星新一の書斎やメモ原稿のカラー写真を見ることができる。特にメモ原稿は雑多で非常に細かい。シンプルな完成原稿との落差が大きく、作家の試行錯誤が感じられる。書影は文庫本中心で古いものは少ないが、星新一から江坂遊(『ショートショートの広場』出身者。「花火」で絶賛を浴びた)に贈られた本などは興味深い。最後に掲載された年譜も貴重だ。まとまった略歴/出版リストは、ネットを含めてもあまりないのである。もともとビジュアルを中心とした叢書の1冊だが、この本には書誌的な価値もある。
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2008/1/13
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第4回日本SF新人賞(2002年度)受賞作家による、3年ぶりの書き下ろし長編。
三重県松阪市にあるセルフメディカル研究所では、ある種の寄生虫を使った人の免疫機能増進医療が進められている。医療特区松阪市でのみ許された治験者たちは、一般的な病気に対する耐性がはるかに高かった。しかし、奇妙な現象が現れる。不運の民と呼ばれる精神的な障害者の出現、記憶を失い若々しい体を手に入れた男、そして研究所の地下に収められた異様なシステムの秘密。
本書では政治的な暗闘も描かれる。シオンシステムの開発者と、医師会等既存医療関係者や厚生労働省との対立などが1つの大きな軸を作っている。その一方で、鳩レース(そもそも表題のシオンとは、レース鳩の系統名)に対する詳細な描写や、登場人物たちの(過去からの)友情関係が描かれている。前作までと比べると、そういう意味では長編小説の枝葉が明確化している。しかし、システムの目的/謎が明らかになるクライマックスは、それら枝葉とは必ずしも結び付かない。大仰な文章から受ける印象も問題かもしれない。この書き方から読み手が期待する結末には、もっと大局的なスケールが欲しいからである。
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2008/1/20
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恩田陸が2004年から3年間にわたり、「月刊ジェイ・ノベル」に連載した15編の短編からなるコレクションである。表題はフィリップ・ジャンティー・カンパニーの演目に由来する。
「観光旅行」(2004/4):いつしか観光地となったその村は、無数の石の手に取り巻かれていた
「スペインの苔」(2004/7):忌まわしい過去を背負った女は、かつてブリキのロボットのおもちゃを持っていた
「蝶遣いと春、そして夏」(2004/10):蝶使いとなるためには、あるものを見る能力が必要だった
「橋」(2005/1):東西に分裂した日本、国境の橋を守る警備員は抽選で選ばれた民間人だったが
「蛇と虹」(2005/4):姉妹が語りあう、地の蛇と天の虹との幻想的なかかわり合い
「夕飯は七時」(2005/7):食事を待つ兄弟たちの会話、見知らぬ言葉が奇妙な創造物を産みだしていく
「隙間」 (2005/10):主人公は極端に隙間を恐れる余り、あらゆる切れ目を塞ごうとする
「当籤者」(2006/1):ロトの当選者は、しかし誰からも狙われる標的だった
「かたつむり注意報」(2006/4):旅行者はある夜外出を固く禁じられる、かたつむりがやってくるからだ
「あなたの善良なる教え子より」(2006/7):死刑囚となった生徒が語る「正しい殺人」の顛末
「エンドマークまでご一緒に」(2006/10):ミュージカルで贈る弁護士の仕事と皮肉な結末
「走り続けよ、ひとすじの煙となるまで」(2007/1):複数の巨大な函からなるシステムが鉄路の上を疾駆する
「SUGOROKU」(2007/4):村で行われる人生すごろくの上りに待つものとは
「いのちのパレード」(2007/7):地球に生まれた無数の生命たちの大行進と、最後に歩いてきたもの
「夜想曲」(書き下ろし):文筆業だった今は亡き主人の書斎に、ミューズたちが降り立つ
本書は、早川書房の叢書「異色作家短編集」へのトリビュートとして書かれたものである。といっても明確な対象があるわけではなく、作者のイメージする“奇想”に対するオマージュによって創られている。恩田陸の見た「異色作家短編集」は、1974年に出た1回目の復刊時のシリーズだろう。シャーリイ・ジャクスンの「くじ」はそのまま「当箋者」に対応するし、それほど明らかではないが、(あとがきで言及された)シェクリイ、フィニイ、ボーモント、コリアを恩田流に解釈した作品群とみなすことも可能だ。何が“異色”かは時代によって異なる。本書で書かれたアイデアは、今から半世紀近く前の作品を母体にしている。ミステリーゾーン(1959-64)とほぼ同時代で、アウターリミッツ(1963-1964)やウルトラQ(1966)より少し古い。けれど、恩田流の切り口には、今現在の匂いも明確に織り込まれている。そこが新鮮と言えるだろう。
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2008/1/27
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アレステア・レナルズ『火星の長城』(早川書房)
Galactic North and Diamond Dogs, Turquoise Days 2002,2006(中原尚哉訳)
Cover Illustration:鷲尾直広, Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。
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もともと短編集 Galactic North, 2006、中編集 Diamond Dogs, Turquoise Days,
2002 だった原著2冊分を再編集した上、新たに2分冊としたのが2007年8月に翻訳が出た『火星の長城』と12月に出た『銀河北極』である。今週と来週で、レナルズの(現時点での)レヴェレーション・スペースもの全短編を収めた2冊を紹介する。
「火星の長城」(2000):地球連合と対立する連接脳派の拠点“長城”は、空気を閉じ込めた人工環境だった
「氷河」(2001):太陽系を脱出した連接脳派の宇宙船は、氷河の惑星で遭難した地球人と遭遇する
「エウロパのスパイ」(1997):無政府民主主義者が築いたエウロパの懸垂都市に潜入したスパイの目的とは
「ウェザー」*(2006):海賊船に襲われた貨物船は、偶然囚われていた連接脳派の少女を救出する
「ダイヤモンドの犬」*(2001):謎の巨大建築物の存在する辺境惑星、その建物は数学的な問題の解を要求する
*:本邦初訳
レヴェレーション・スペース=啓示空間とは、レナルズが共通設定として用いている、一連の未来史ものを総称するキーワードである。脳をナノテクノロジで強化、共有ネットワーク化した連接脳派。身体の機械化を究極まで進め宇宙に適応したウルトラ族。無政府民主主義者は、体の改変こそ最小限だが、全体の意思決定をネットワークで行う。既存の人類から新しい3大勢力に主導権が移っていく23世紀から26世紀ごろを舞台としたものが、本書に収められた5作品である。1000ページの長編に比べると、これら中短編はワンアイデアでまとめられており読みやすいのが特徴だ。一方、単純化された分斬新さが失われ、例えば、「ウェザー」に見られる典型的なメロドラマのように、既存の人間観が目立ってくるのはやむを得ないのだろう。中では『90年代SF傑作選』にも入っている「エウロパのスパイ」の皮肉な結末が印象に残る。
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