2007/4/1

Amazon『沈黙のフライバイ』(早川書房)

野尻抱介『沈黙のフライバイ』(早川書房)


カバーイラスト:撫荒武吉、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン

 5作の短編を収録した作品集である。デビュー後15年目で初の短編集となったわけだが、著者はもともとライトノベル系の書き下ろしを中心として活動してきた。短編自体が少ないのだ。

 沈黙のフライバイ(1998):謎の発信源が発見され、やがて、異星人のものと思われる探査体が太陽系に接近する。
 轍の先にあるもの(2001):小惑星エロスで撮影された写真は途中から先が途切れていた。主人公はその真相を知るために宇宙に赴く。
 片道切符(2002):テロが吹き荒れる地球から火星探査ミッションが旅立つ。しかし出発直後に帰還船が爆破され帰る道が断たれてしまう。
 ゆりかごから墓場まで(書下し):着るだけで閉鎖生態系が作れるスーツ! これさえあればどんな過酷な環境下でも人は生きていられる。
 大風呂敷と蜘蛛の糸(2006):蜘蛛が糸を使って飛ぶことを知った女子大生は、高度80キロまでの中間圏で有効な凧のアイデアを思いつく。
 
 ノンフィクション・ライターの松浦晋也は、野尻SFの主人公たちは「構えていない」と指摘している。言い換えれば淡白だということになる。その代わり、目的がぶれることはない。宇宙にかかわる開発や研究は恐ろしく長丁場だ。結果がすぐ出ないから、成果主義にも結び付かず民間企業の関心は低い。小さな政府が流行るご時世では、国家プロジェクトも縮小される運命にある。ということで、主人公たちは異様なまでの執念と執着心を内に秘め(ここが肝心か)、目立たず慌てず、ひたすら待ち続けなければならない。そういったストイックさが、例えば「沈黙のフライバイ」では人類の運命にそのまま敷衍されている。待つのは主人公たちだけではない、宇宙を知るためには我々すべてが待ち続けねばならないのだ。答えはすぐには出ない。

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Amazon『老人と宇宙』(早川書房)

ジョン・スコルジー『老人と宇宙』(早川書房)
Old Man's War、2005(内田昌之訳)

カバーイラスト:前嶋重機、カバー・デザイン:ハヤカワ・デザイン

 2006年のジョン・W・キャンベル新人賞受賞作。著者は1969年生まれ、もともとノンフィクションや編集関係の仕事についていたが、ノンフィクションを初出版したのが2000年、フィクションは本書が初めてである。

 75歳の誕生日になると、老人たちには一つの選択肢が与えられる。それは地球を離れ、遠いコロニーを防衛する戦士となるか、そのまま老いて死ぬかの2者択一だ。妻を失い、人生に対する執着を失っていた主人公は、ためらいなく前者を選択した。やがて、彼は新しい肉体を得、75歳の知恵をもった若者として、銀河にあまねく広がった異質な宇宙人たちとの戦争に従軍する。

 本書のベースはハインライン『宇宙の戦士』(1959)である。とはいえ、著者が本書で援用したのはその物語と設定くらいで、ハインラインが持っていたメッセージ性はほとんど感じられない。除隊までの死亡率70%以上、敵と出会ったら皆殺しまで戦うのみ。和平や交渉はありえない。こういう絶望的なシチュエーションでありながら、悲壮さや残虐性はない。著者の意図がどこにあるかが分かって、かえって読みやすいだろう。むしろ、ロイス・マクマスター・ビジョルドの著作(主人公が機知を駆使して危機を脱していく作品)と似ている。

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2007/4/8

 著者は、主に科学技術やスポーツ関係の著作を得意としてきたノンフィクション・ライターである。中では『あのころの未来―星新一の預言』という作品で、ショートショートに秘められた星新一の洞察力や文明批評の精神を再評価してきた。同書の取材以後、星新一が遺した膨大な資料類の中から、著名人だった父・祖父・自身の生涯と、黎明期のSF関係者、出版関係者たちとの交流を知ることになり、その成果を集大成した評伝が本書になる。

 星新一の父は、星製薬の創設者でもあった星一である。戦前の星製薬は、現存する製薬会社のどれよりも巨大で先進的な企業だった。アメリカ仕込みの経営、例えば全国をチェーン店で結ぶなど斬新な戦略で発展してきた。しかし、星一は典型的なワンマンであり、自分以外を信じなかった。阿片製造(戦前は合法だった)に絡む政界の一部との交流が、逆に恨みを買う要因となって訴訟・倒産につながる。この騒動は破産から立ち直った後も尾を引き、戦後のごたごたの中で星一の急死(1951)、長男親一(本名)への相続へと続いていく。
 SFとの出会いは、周り全てが悪意を持つ債権者たちの時代にあった。矢野徹や柴野拓美ら、宇宙塵とその同人たちとの出会いである。星はすべてを振り棄てて作家に転身する。SF黎明期に先頭を切ってデビューを果たしたのである(1957)。星が選んだショートショートという形式は、昭和30年代から40年代の高度成長期に伸びた企業のPR誌に最適だったこともあり、大きな需要があった。ショートショート集も売れ、流行作家の仲間に入ることになる。ただ、業界の評価は低く、読者の低年齢化が進む中(子供向けの小説とみられた)、文芸賞とは全く無縁だった。

 星新一は新潮文庫(1971年から)だけで累計3千万部を売ったロングセラーの作家である。小学生から読める内容なので(少なくとも本を読む人なら)、一度は読んでみたことがあるだろう。しかし、誰もが知っている名前でありながら、短編で多作、かつ客観的な作風であることも災いして、“明瞭な印象”を残さない作家だった。それが結果的に晩年の著者を不幸にする要因でもあった。ピークを過ぎ、先が見えた時に誰でも自分の価値/存在意義を気にする。“誰もが知っている/誰も憶えていない作家”まさにその点にこそ本書の焦点がある。
 星新一については、自身が書いた伝記(『人民は弱し 官吏は強し』『祖父・小金井良精の記』など)や、星製薬が解散する前後の事情もエッセイなどで断片的には知られていた。しかし、本書ではこれらの記述がSF作家星新一デビューと有機的につなげられており、画期的な内容となっている。当時のSF界の記述、矢野・柴野・星の関係も正確で新しい視点がある。また、封印されてきた晩年(1983年の1001編達成以降、特にがん発症の前後)の星が何を考え何を行ってきたかが(推測を交えているとはいえ)明らかにされたのは初めてだろう。

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個人サイトではありません
 


2007/4/15

 75作の世界文学を解説したガイドブック。そう書くと、いかにも教養のための本のように思えるが、まず前書きが破格である。「三悪は国語教師、学者/文学研究家と旧弊な文学信奉者で、こいつらのせいで文学は難しい/面白くないと思われている」という檄文で始まっているからだ。牧眞司の世界先端文学に対する姿勢は「何も難しくない、これほど面白いものはない」と明瞭である。

 本書はSFマガジンの連載(1989〜95)がベースとなっている。もともとSF自体に可塑性があるため、SFファンはその領土を拡大解釈しがちだ。SFの周辺を見渡すと、すぐそこに先端文学の領域がある。ただし、文学自体はジャンルを規定したりしないため、(特定の約束事を持つ)ジャンル小説よりももっと破天荒な構造が持てる。ジョイスが破壊し、ナボコフが盛り立てた現代の文学では、今やなんでも許される。本書で牧眞司の紹介する作品は、文学表現という意味で、SFよりもさらに多彩なものばかりである。

 厭味な言い方かもしれないが、評者などは不勉強な方で、紹介されたうちの10%くらいは知らない作家だ(本棚のどこかにあって、読んでいないものもある)。それでも90%の捕捉率で知っているのは、事実上ジャンル(SF)専業読者であっても、同じ意識で読めるのが先端文学だからである。各作品4ページ、簡単な導入と詳細な作品紹介に徹しており、余計な解釈や書誌情報などが入っていない点が良い。

bullet 『読書会』評者のレビュー
bullet 『SF雑誌の歴史 パルプマガジンの饗宴』評者のレビュー
 


2007/4/22

Amazon『巨船ベラス・レトラス』(文藝春秋)

筒井康隆『巨船ベラス・レトラス』(文藝春秋)


装丁:野中深雪、装画:柳原良平

 表題のbellas letrasを英語に直訳するとbeautiful lettersとなる。これはスペイン語で文学を意味するが、本書のテーマでもある“究極の文学”を示唆する言葉かもしれない。先週取り上げた『世界文学ワンダーランド』とも照応するテーマなので、併せて読んでみると良いだろう。

 出版業界とは畑違いの実業家が主催する文芸誌「ベラス・レトラス」では、一流の書き手たちに文学の最先端の技法で執筆することが求められていた。しかし、才能があるはずの作家たちはなぜか韜晦に落ち込むばかりで、無意味とも思える文章を垂れ流すのみである。そのうち、彼らは奇妙な幻覚/現実に囚われはじめる。そこは巨大な客船で、折しもパーティが開かれており、作家・編集者・彼らに恨みを抱く同人作家たちが乗り組んでいる。しかも彼らが書いた登場人物までもが入り乱れて参加してくるのだ。一体この船はどこに向かって航海しているのだろうか。

 本書の“巨船”はキャサリン・アン・ポーターの『愚者の船』とも、テリー・サザーンの『怪船マジック・クリスチャン号』でもあるという。SF/ミステリファンには、後者の方が有名だろうが、何れにしても閉鎖社会=船は“時代と社会”を象徴する。船では(当然のことながら)、文芸上の実験も行われている。例えば作中人物である作家の書いた小説がそのまま作中作として掲載され、著者(筒井康隆)が実際に体験した事件を語る。最後には、出版事情の帰結として生じる読者の減少=出版/文学崩壊の危機=歴史的な成果の消失が語られる。答えはなく、船は行方を見据えて彷徨うばかりだ。

bullet 『壊れかた指南』評者のレビュー
 


2007/4/29

Amazon『グッド・オーメンズ(上)』(角川書店)Amazon『グッド・オーメンズ(下)』(角川書店)

ニール・ゲイマン&テリー・プラチェット『グッド・オーメンズ』(角川書店)
Good Omens,1990(金原瑞人/石田文子訳)

装画:藤田新策、装丁:松 昭教

 ディスク・ワールドで有名な英国のベテラン作家テリー・プラチェット(1948年生)とニール・ゲイマン(1960年生)の合作。書かれたのはもう17年も前になる。

 ハルマゲドンがついに到来する! ヨハネの黙示録に則って破滅を招き寄せる悪魔の子供が、アメリカ外交官の両親の許に生まれる…はずだった。取り換え間違いで、普通の家庭の子供として育てられてしまうのだ。人間界に長年勤務する悪魔と天使は、それまで数千年間を狎れ合いで切り抜けてきたが、終末が訪れては文字通りおしまい。なんとか逃れる方法はないか。折しも黙示録の四騎士が暴走族スタイルで地上に降臨、精緻な予言の書は人類の破滅を告げていた。

 本書は映画の『オーメン』や『ノストラダムスの大予言』をベースにしたスラップスティック・ホラー・ファンタジイである。プラチェットはマイナーな紹介がされているのみなので、わが国ではあまり知られていないけれど、ディスク・ワールドは英国のベストセラーであり、ユーモア・ファンタジイの傑作。そのプラチェット流のソフトなファンタジイが、ゲイマンのダークさと入り混じることですっきり引き締まった。何といっても英国風の皮肉が随所に効いている。互いの職場(天国と地獄)に懐疑的な天使と悪魔コンビや、“ふつうの子”に育った悪魔の子供と飼い犬になった“地獄の猟犬”が楽しい。

bullet 『コラライン』評者のレビュー
bullet テリー・プラチェットのファンサイト