2003/1/5

福井晴敏『終戦のローレライ(上下)』(講談社)

装幀:樋口真嗣、装画:江場左知子、西村雄輔
 

 推理作家協会賞、大藪春彦賞をはじめとした各賞を受賞したベストセラー『亡国のイージス』の作者が描く、影の終戦秘話。ガンダムの影響を受け、ターンAガンダムをベースにした『月に繭 地には果実』(幻冬社)まで書いてしまった作者の最新作でもある。
 終戦間際、特攻作戦が続く中、一方的な空襲を受け敗色が深まる日本に、1隻の潜水艦が亡命してくる。それはドイツの実験艦で、無敵の索敵装置「ローレライ」を備えているのだという。密かに集められたはみ出しものの乗組員と共に、その潜水艦は伊507と名前を変えて、不可解な任務に出撃していく。
 さて、この設定は『宇宙戦艦ヤマト』(敗北間際の地球を救出する任務を帯び、単艦で敵に立ち向かう)を戦時中の日本に投影したものといえる。落ちこぼれの艦長、訳ありの掌砲長、脳天気な軍医、豪放な機関長、日系のドイツSS(親衛隊)士官に、お決まりの紅一点まであって、かつてのヤマトそのままだ。しかし、絶望の中で始まり、戦争の意味を考え、ついにその戦いの目的を得る(迷いの)過程はガンダムを踏襲している。無為による責任逃れから、膨大な犠牲者を生み出した当時の為政者たち、大局のためには犠牲も止む無しとする非情なエリート、秘密裏にローレライの鹵獲を狙うアメリカ情報部と、伏線も複雑。物語の終幕では、彼らの打算から恐るべき決定が下される――主人公たちは、それらを阻止することができるのか、ということで結末の決戦シーンは、またまたヤマト風の山場といえる。戦争に対する問題意識を孕ませながら、アニメの雰囲気を戦記ものに移し変え、既存の作品にはない新鮮さを与えることに成功している。

bullet 著者の公式サイト
bullet 潜水艦シュルクーフの詳細
本書の主役伊号507(UF4)のモデル。 
bullet 関係するガンダムのエピソード
物語の約3分の1で明らかになる一部ネタと関連します。 この作品に出るニュータイプの能力は、やっぱりローレライでしょう。
 

2003/1/12

スティーヴン・バクスター『プランク・ゼロ』(早川書房)
Vacuum Diagrams,1997 古沢嘉通他訳
カバーイラスト:撫荒武吉、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
 

 バクスターの壮大な未来史(400万年後まで)を俯瞰する、短編集の上巻(もともと1冊の本を2分冊にしたもの)。 副題のジーリー・クロニクル(年代記)とは、宇宙創生から終幕までを支配する、超越種族ジーリーと人類との関わりを意味する。
 本書では12の短編が収められている。

  1. ヘリウムを血液にするカイパーベルトの生命(3672年)
  2. 論理プールから漏出したメタ数学生命(3698年)
  3. 冥王星の短い夏に目覚めるクモ(3825年)
  4. 水星の影に蓄えられた水球に棲む生き物(3948年)
  5. 1日が1年の生涯を生きる女性の秘密(3951年)
  6. 異星人スクウィームの支配から脱出する人々(4874年)
  7. スクウィームの依頼で回収した、花の形のジーリー物体(4922年)
  8. ジーリーの遺産を巡る異星人との駆け引き(5024年)
  9. 発見されたジーリーの遺産、重力制御装置の秘密(5066年)
  10. 流体生命クワックスの依頼で赴いた、グレート・アトラクター(銀河の集合点)の正体(5406年)
  11. 150億光年の彼方、宇宙創生の領域調査で見たものとは(5611年)
  12. 銀色のボール状生命ゴーストが創り出した、プランク定数ゼロの実験宇宙(5653年)

 ジーリーはもちろん、各種知性体や、異種の生命が大量に出てくる。最初に『天の筏』が翻訳されたのは1994年、以来2年1冊程度のペースで長編が出ているわけだが、本書のように未来史として総括すると特に目立って感じられる。著者のインタビュー記事では、人類がこの宇宙の唯一の生命ではないかという(ある種の)懸念が表明されている。人類至上主義や唯我論のように思えるけれど、これはむしろ生命の貴重さを強調した見方である。本書の至るところに姿を見せる多様な生命の存在は、その心情の裏返しかもしれない。
 さて、本書で気になるのは、アイデアの類似性(ベースとなる科学は違っているが)である。たとえば、1と3、10と11などはもう少し構成を工夫すべきだろう。

bullet 著者のファンサイト
bullet 『天の筏』評者のコメント
bullet 『時間的無限大』評者のレビュー
bullet 『フラックス』評者のコメント
bullet『虚空のリング』評者のコメント
bullet 『タイム・シップ』評者のレビュー
bullet 『マンモス』評者のレビュー
バクスター流の着想(アイデア)重視の作風では、長々と説明が書かれたりしない。アイデアが抵抗なく受け入れられるかどうかがポイントになる。評者の場合、バクスターに対する評価が高くないのは、あまりにもSFの専門的読者だけを想定しすぎるように思えるからである。
 

2003/1/19

 

西崎憲『世界の果ての庭』(新潮社)

装画:上田勇一、装幀:新潮社装幀室
 

 第14回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。受賞者が最年長(47歳)だったことで話題になったが、作者はファンタジイの翻訳で既に定評がある人。
 本書は、応募時点では、副題の『ショート・ストーリーズ』という題名の作品だった。その名のとおり、中身は55編の章に細分化された、6つのお話から構成されている(下記参照)。
 “わたし”は独身の作家である。あるきっかけで、アメリカ人の日本研究家スマイスと知り合う(1)。スマイスは、江戸時代の国学者、富士谷成章、御杖の専門家である(2)。彼の大伯父は、明治の作家渋谷緑童と親交があった。その緑童は、江戸の国学者や文学に関心があり、「人斬り」というエピソードを著している(3)。わたしは母の思い出を綴る。その母は駆け落ちをした後、若返る病気に罹って帰ってくる(4)。わたしは大学時代英国の庭園に惹かれ留学する(5)。わたしの祖父は戦争後ビルマで行方不明となり、気がつくと上下に無限に広がる奇妙な異世界に投げ出されている(6)。
 (3)(4)(6)は、わたしの書いたフィクションのようでもあり、“(ファンタジイ的)現実”のようでもある。そして(2)は、小説というもののあり方、言語に含まれるファンタジイの価値を探求し、(5)は物語の構造と英国庭園(ガーデニング技術)の類似性を追及している。(2)(5)は、昔のメタ・フィクションならともかく、小説の中であからさまに書かれるものではない。本書が6つの短編で構成された短編集であるがために、存在できた部分だろう。形式の勝利か。

bullet ファンタジーノベル大賞の公式サイト
bullet 著者のインタビュー記事
月刊児童翻訳文学99年2月号
bullet ファンタジーノベル大賞選評
bullet ショート・ストーリー55章の構造
全部で6つの流れが並列の置かれていることが分かる。記載された数字は、各章の番号(文字が小さいので、拡大してご覧ください)。 

 

小山歩『戒』(新潮社)

装画:瓜南直子、装幀:新潮社装幀室
 

 第14回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。こちらは受賞者が最年少(22歳)だったことで話題になった。
 選評(上記参照)を読むと、本書はあまり高い評価を受けていない。物語が後半メロドラマに流れる点が問題とされたようだ。とはいえ、お話を素直に楽しむ観点から言えば、近年のファンタジイ賞の中でも相当な水準にあるといえる。
 中国を思わせる架空の古代王国「再」に、戒という舞人がいた。戒は将軍の家系に生まれたが、母から王を守るために道化に徹せよと教育され、その才能を隠して、誰からも笑われる宮廷道化師となる。王は、その戒の努力を解さず、単なる芸人と見るばかりだ。そのうち、無防備な王国に侵略の危機が迫ってくる…。
 架空でありながら、中国を意識した分、ファンタジイの独創性は薄れるが、主眼は戒が何を目的に生きたのか――という意識の流れだろう。余計なペダントリイを排して、主人公の葛藤を素直に描き上げた点が、やはり本書の読みどころである。

bullet 地元新聞の紹介記事 

2003/1/26

ジョージ・R・R・マーティン『七王国の玉座(上下)』(早川書房)
A Game of Thrones,1996 岡部宏之訳
カバーイラスト:目黒詔子、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
 

 G・R・R・マーチンの描くファンタジイ巨編「氷と炎の歌」 A Song of Ice and Fire の第1巻。ファンタジイといえば、ロバート・ジョーダン「時の車輪」シリーズ、テリー・グッドカインド「真実の剣」シリーズが、何れも指輪物語系のベストセラーであるが、本書もその系統の作品になる。マーチンは、短編を得意とするSF作家としてデビューしているけれど、ヴァンパイアもののホラー『フィーヴァー・ドリーム』 (1982)など、むしろノンSFの長編で才能を発揮してきた。最近ということなら、10年前に「ワイルド・カード・シリーズ」が紹介されている。ただ、これはコミックをベースにした競作長編で、マーチン単独の作品ではない。
 不規則な夏と冬との季節を持ち、中世ヨーロッパを思わせる異世界が舞台。ドラゴンを旗印に300年続いた王朝が倒されて15年、不安定な均衡状態にあった王国に暗雲が立ち込める。新王ロバートは酒におぼれ、放蕩を尽くして王国を傾ける。新規に王の片腕に任命されたスターク家は、王の后を戴くラニスター家と軋轢を深め、他の貴族(7つの名家)を巻き込み、ついに内戦の危機を迎える。冬の到来と共に甦る、はるか北辺の不気味な伝説。そして、海の彼方の騎馬民族から、ドラゴン王の血を引く ものが生まれようとしていた…。
 SF作家が得意とする堅牢な世界構築が、やはり魅力だろう。ファンタジイに科学的な説明は要求されない。しかし、世界の成り立ちに矛盾があってもよいわけではない。各種の神話体系を背景とした「指輪物語」的ハイ・ファンタジイの場合、世界のリアリティが必須用件である(この場合のリアリティとは、世界体系=システムのリアリティ)。
 膨大な人物が登場する。しかし、狼の仔を従えたスターク家の兄弟をメインに、物語は回転していくので、人物名をすべて覚える必要はない。杜撰で茫洋としたファンタジイには辟易という、SFファン向け。

bullet 著者の公式サイト
bullet シリーズの公式サイト
bullet 短編集『サンドキングス』評者のレビュー
 

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