2004/7/4

陰山琢磨『蒼穹の槍』(光文社)

陰山琢磨『蒼穹の槍』(光文社)

カバーデザイン:泉沢光雄
 

 シミュレーション・ノベル(架空戦記)では実績のある著者が、近未来サスペンス(政治サスペンス、ハイテク軍事スリラー、等さまざまな表現ができるが、要するにジャンルミックス型のエンタティンメント小説である)に挑んだ意欲作。
 大阪のとあるハッカー/ゲームデザイナーに、奇妙なメールが舞い込む。それはレールガンで打ち出される槍上の物体を扱うゲームで、何の動力も持たない代わりに、極めて頑丈で迎撃困難。その兵器の照準システムデザインを依頼されたのだ。2015年、泥沼化したアフガンに日本も平和維持軍(PKFA)を派遣している。しかし、世界の地下経済を牛耳る麻薬組織は、その活動を快く思っていなかった。単なる脅しではない抑止力をもって、PKFAを撤退させる――不可能に見えるこの要求を裏付ける鍵は宇宙にあった。ケニアの小さな衛星打ち上げ会社、アフガン、標的である日本の原発、そして宇宙と、舞台は急速に展開しながら1点に結ばれていく。
 登場人物(麻薬王とパートナ、女性ロケット技師とフィアンセ、ハッカーと女やくざ、自衛隊員とジャーナリスト)は多く、人間ドラマを中心に据えた点は、著者にとって新機軸といえるだろう。リアリティの高い兵器のスペックと、宇宙的テロリズムの迫真性が、スペックに重点を置いた陰山琢磨の強みといえる。ただ、そういったハードウェアの完成度に比較して、テロリストの行動が妙に杜撰(正体が直ぐに分かってしまう)に見えたり、物語の視点がぶれがちなのは気になる。スペックを押さえるのはもちろんとしても、登場人物をもう少し自由に(読者に共感を抱かせる程度に)動かすべきだろう。
 
bullet 著者の経歴
bullet 『零戦の勇士 新たなる大戦』評者のレビュー
 

2004/7/11

スティーヴン・キング『第四解剖室』(新潮社)スティーヴン・キング『幸運の25セント硬貨』(新潮社)

スティーヴン・キング『第四解剖室』、『幸運の25セント硬貨』(新潮社)
Everything's Eventual:14 Dark Tales,2002 (白石朗、浅倉久志他訳)

カバー装画:唐仁原教久
 

 キングの短編集は少ない。とはいえ、日本ではキング1冊分は、少なくとも単行本2分冊になるので、そういう印象は薄いかもしれない。最初の短編集Night Shift(1978)は、扶桑社(旧サンケイ文庫時代)から1986-87年に2分冊で出版、第2短編集Skeleton Crew(1985)は同じく3分冊で1986-88年にかけて翻訳された。第3短編集Nightmares & Dreamscapes(1993)は新潮社から2000年に2分冊、そして本書も2分冊で出ている。キングの場合、他にも中編集やオムニバス、限定本まであるので短編集という定義が難しいが、明らかに別々に書かれた独立短編となると、この4冊に集約されるようだ。
 内容的には、表題どおりの14編。ただし、「ライディング・ザ・ブリット」(下記参照)のみ単行本で出ているため省かれている。初期の頃から、評者はキングの短編をあまり評価してこなかった。ベースが長編の作家なので、お話自体が中途半端に終わることが多かったからだ。しかし、30年の実績を積んだ最新短編集ともなると、作者自身の余裕も感じられる安定した読後感が得られる。詳細は以下のとおり。これを読むと、キングの笑えない(血みどろ)コメディの才覚と、長編のベースになるアイデアの使い方が分かって興味深い。ということで、中に点在するちょっとした人間ドラマも、落差があるためか、よけいに印象に残るのである。

 「第四解剖室」 早すぎた埋葬+「問題外科」(筒井康隆)風のブラックコメディ
 「黒いスーツの男」 少年の出会った死神を描いた、O・ヘンリー賞(1996)最優秀賞受賞作
 「愛するものはぜんぶさらいとられる」 ハイウェイに点在する落書きを、収集する趣味を持つセールスマン
 「ジャック・ハミルトンの死」 禁酒法時代、ディリンジャー・ギャング団の最後
 「死の部屋にて」 独裁国家の情報省で、尋問されるジャーナリストの駆け引き
 「エルーリアの修道女」 ガンスリンガーの訪れた無人の村に巣くうものたち(『伝説は永遠に』収録された中篇)
 「なにもかもが究極的」 恐るべき殺人能力を持つ男に、謎めいた指令を下す組織
 「L・Tのペットに関する御高説」 ペットが元で不仲になった夫婦のエピソード
 「道路ウイルスは北にむかう」  しだいに変化する不気味な絵を買った作家の運命
 「ゴーサム・カフェで昼食を」 離婚調停のため、レストランで会食をすることになった男が遭遇する惨劇
 「例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚」 50歳を迎えた夫婦が堕ち込む無限の繰り返し
 「一四〇八号室」 泊まったもの全てに、不幸をもたらすホテルの一室
 「幸運の25セント硬貨」 決してなくならない25セント硬貨を手にしたメイドの見る白昼夢
 
bullet 著者の公式サイト
bullet 『ライディング・ザ・ブリット』評者のレビュー
翻訳の序文や評者のレビューでも言及されているが、この作品は内容よりもネットビジネスの成功例としてもてはやされた。著者としては心外だったようだ。
bullet 『アトランティスのこころ』評者のレビュー
bullet 『トム・ゴードンに恋した少女』評者のレビュー
bullet 『ドリーム・キャッチャー』評者のレビュー
 

2004/7/18

神林長平『膚の下』(早川書房)

神林長平『膚の下』(早川書房)

Cover Direction/design & Illustration:岩郷重力+WONDER WORKZ。(+Y.S.)
 

 4月に出た、神林長平を代表する3部作の完結編(舞台背景の年代では、未来史の発端部分に相当)。この作家の処女長編である『あなたの魂に安らぎあれ』(1983)、評者の推す神林ベストの『帝王の殻』(1990)に描かれた謎の世界の秘密が、本書をもって解き明かされるのである。
 月をも崩壊させた大戦争の結果、荒れ果て修復の目処も立たない地球では、全ての人類を火星に移して冬眠させ、250年をかけて地球再生を試みる計画が進んでいる。そして、計画を推進するために、人造人間=アンドロイドであるアートルーパーが作られた。驚異的な生命力を持ちながら、生物/知性としては人類と同じ彼らは、荒廃した地上の管理者として生み出された。しかし、抵抗する地下組織や保守的な軍、完全な非生物である機械人たちが彼らの活動を阻む。やがて、道具だった彼らにも、独特の自意識が芽生えていく。その思想は新たな救世主を育むものとなるが…。
 人の多様性など顧みられず、たった1つの目的で作られたアートルーパーが、抵抗する人類や機械人と出会い、仲間のアートルーパーや彼らを支持する人類と交わる間の成長小説である。本書は、しかし普通の小説のようには書かれていない。少人数の登場人物間(しかも、それは政治家でも権力者でもない、一介の現場の人間)で、多くの議論がなされ、ほとんどナンセンス(非日常的と言ってもよい)な解決策が示されるお話でもある。人物の情感の描き方も、神林独特の表現なので、感情移入が難しいかもしれない。ただ、そのかわり、本書のテーマである“作られた人間”というテーマに、類書のどの作品よりも迫りえるポテンシャルがある。結局、“膚の下”に流れる血が人類と同じ人造人間こそが、人類と全ての生物を救う結末を導き出す。それが、どれほど奇妙に見えても、この世界の中では見事に完結しているのである。
 
bullet 著者のファンサイト
bullet 『あなたの魂に安らぎあれ』評者の紹介文
bullet 『帝王の殻』評者のレビュー
bullet 『麦撃機の飛ぶ空』評者のレビュー
 

2004/7/25

坂本康宏『シン・マシン』(早川書房)

坂本康宏『シン・マシン』(早川書房)

Cover Direction & design:岩郷重力+WONDER WORKZ。、Cover Illustration:弐瓶勉
 

 SINとは罪のこと。著者によると、「罪深き機械」という意味になる。
 末梢都市Xは、荒野の只中にある。樹状鉄道により市内が縦横に結ばれ、特急郵便管が孤立した各都市間で物資を搬送する世界。人々は奇妙な病気MPS(機械化汚染症候群)ウィルスに侵されながら、その副作用で得られたテレパシー能力により、独自のコミュニケーション文化を築いている。主人公はMPSに耐性を持っており、テレパシーを基礎にした社会から孤立していた。そんな彼の弟がMPS脳炎に罹患する。しかも、通常と違って、耐性者の場合は死に至る業病だ。彼は、病気の治療法を求め、機械化汚染地区へと潜入する。だが、そこで自身の記憶にかかわる大きな矛盾に気がつく…。
 物語は後半、さまざまな超常能力を持つ7人の敵との、1対1対決へと移っていく。ネタにも関わるので細かく記載しないが、不思議な語感とルビが振られた固有名詞や設定は、60年代SF(作品テーマを直接反映した観念的世界/心象風景が、現実的な設定よりも、好んで用いられた)を思わせる。レトロな雰囲気は、意外にも、Jコレクション作品共通の特色なのかもしれない(例えば『グラン・ヴァカンス』、『フィニイ128の秘密』、『凹村戦争』なども、そのような印象が強い)。第3回日本SF新人賞(2001)佳作入選以来、長編第2作目になる。前作は、登場人物のユーモラスな描写で読ませた。本書では、よりシリアスな設定と世界描写に惹かれる。ただ小道具の名称と直結するこの結末は、ちょっとナマ過ぎたかもしれない。
 
bullet 著者の公式サイト
bullet 『歩兵型戦闘車両ダブルオー』評者のレビュー
 

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