2009/10/4

Amazon『地球移動作戦』(早川書房)

山本弘『地球移動作戦』(早川書房)



Cover Illustration:鷲尾直広、Cover Design:岩郷重力+S.I

 SFマガジン2008年7月から2009年9月に連載された著者の最新長編である。自身も明言しているように、本書は『妖星ゴラス』(1962)のオマージュとして書かれたものだ。未知の巨大重力物質の探査に赴いた宇宙船ファルケ(=隼号)は、天体が地球と衝突(ニアミス)することを察知する。そして、ついに地球を動かし軌道を変更する大計画がスタートする。そういう基本的なストーリーは、40年前の『ゴラス』を踏襲したものといえる。

 2083年、無尽蔵のエネルギー供給を可能とするピアノ・ドライブ(タキオン推進)の開発により、人類は本格的な宇宙進出の時代を迎えている。そんな時代、深宇宙探査船ファルケは、24年後に地球と軌道を交差する天体を特定する。ミラー物質で形成された天体は、通常の物質にとって不可視だが、磁場と重力だけは影響を受ける。その重力は地球の620倍、地球とはわずか42万キロの距離まで接近する。地殻変動、潮汐力による大津波…地球環境はもちろん人類絶滅の危機が迫っていた。そのとき国連を中心とするチームは、地球を移動させるための画期的なアイデアを提出する。

 ゴラスでは南極に原子力ロケットを大量に設置し、地球の軌道を修正しようとする。さすがに本書では、ナノテクを含め、もう少しスマートな方法が考案されている。もう一つは、ACOM(=人工知能コンパニオン)というパートナたちである。彼らは拡張現実の発展形/仮想空間のロボットで、物語の重要な脇役になっている。さまざまな意味で著者は本書を楽しんで書いている。マニアックな部分も多いが、その楽しさが伝わってくる点がまず最大の魅力といえるだろう。

 

2009/10/11

 SFマガジン2005年3月から2009年7月にわたって、ほぼ1シーズン(4ヶ月)1作、21回にわたって連載された著者の最新長編である。これは、初期の山田正紀の特質を受け継いだ特異な作品といえるだろう。7月から9月にかけ連続して刊行された、神林長平(雪風)、谷甲州(時代伝奇)に続くベテラン作家の単行本化も、今年は本書が最後になる。

 国連領事である主人公は、あるとき事務総長から奇妙な任務を命じられる。紛争が続く東アフリカ地域に赴き、非情の河を下ってイリュミナシオンを探索せよというのだ。主人公は自分が「酩酊船」の一員「無意味」であることを知る。船には5人のクルーがおり、それぞれ「意味」「無意識」「欲望」「本能」と呼ばれる。彼らが揃うことで船は起動する。しかし、敵方である「反復者」には「性愛船」が存在し、執拗な妨害を仕掛けてくるのだ。

 「イリュミナシオン」、「酩酊船(=酔いどれ船)」は、それぞれアルチュール・ランボーの有名な詩から採られている。というより、本書そのものがイリュミナシオン/無情の河(酔いどれ船が下るのが無情の河)といったランボーの言葉の世界を、「万物理論」などの宇宙論の用語で説明した小説のように読める。登場人物たちは、阿修羅(帝釈天と戦った反抗者)、エミリー・ブロンテ(不遇な『嵐が丘』の作者)、パウロ(もともとは、キリストを追う官吏)、ヴェルレーヌ(同棲相手だったが、ランボーを銃で撃つ詩人)という極めて文学的な(不幸な)人々である。そして、敵である「反復者」は大いなる謎の存在、神林長平の「ジャム」と似た正体不明の存在だ。山田正紀の描くハード/コアSFは、『地球・精神分析』(1977)や『神獣聖戦』(1984/2008)といった幻想味の強い作品である。描かれる科学の論理性よりも、言葉/単語から感じ取れるイマジネーションを重視する。真相を究明すればするほど、謎の迷宮へと嵌まり込む展開はいかにも山田正紀らしい。

 

2009/10/18

Amazon『洋梨形の男』(河出書房新社)

ジョージ・R・R・マーティン『洋梨形の男』(河出書房新社)
The Pear-Shaped Man and other stories, 2009(中村融編訳)


カバー装画:松尾たいこ、ブック・デザイン:祖父江慎+鯉沼恵一(コズフィッシュ)

 ファンタジー《氷と炎の歌》が代表作となった、GRRM(マーティン)ホラーの傑作選。有名作家の原点という趣旨で、SF『タフの方舟』も翻訳されているが、今の時点でこういった短編集を編むこと自体、相当にマニアックであることは間違いない。

 「モンキー療法」(1983):肥満を持て余す男が知った究極のダイエット療法とは
 「思い出のメロディー」(1981):仲間から敬遠されていた大学時代の女友達が助けを求めてやってくるが
 「子供たちの肖像」*(1985):ある作家のもとに喧嘩別れした娘から肖像画が送られてくる
 「終業時間」*(1982):バーの終業時間間際、常連客から護符を買った男が話す奇妙な話
 「洋梨形の男」*(1987):転居したビルの地下には、洋梨形の体形をした不気味な男が住んでいた
 「成立しないヴァリエーション」*(1982):大学時代のチェストーナメント仲間から呼び出された男たち
  *本邦初訳

 「モンキー療法」がローカス賞、「子供たちの肖像」がネビュラ賞、表題作がブラム・ストーカー賞をそれぞれ受賞している。マーティンがホラーを書いていたのは、本書収録作や『サンドキングス』(1981)の諸作など、20年から30年前のことだ。その後、《ワイルド・カード》シリーズに関わり、2002年以降は《氷と炎の歌》でブレイクすることになる。当時も、マーティンのホラーは極めて抑えられた恐怖を描くと看做されていた。例えば「子供たちの肖像」、同じ絵画と作家というモチーフで、スティーヴン・キングは「道路ウィルスは北にむかう」(1999)を書いた。キングのおどろおどろしさ(禍々しく変容していく絵)と比較しても、マーティンは内省的で、上品とも派手さが欠けるともいえる。とはいえ、マーティンが中短篇を書いていたのはこの時期がもっとも多い。中短篇で培われたロジカルな展開は長編に生かされ、一般読者にも幅広く受け入れられた。著者の小説作法を知る上で、大変貴重な作品集といえる。

 

2009/10/25

Amazon『バレエ・メカニック』(早川書房)

津原泰水『バレエ・メカニック』(早川書房)



多和田有希「WHITE OUT No.17」2007年 撮影:内田芳孝
装幀・フォーマットデザイン:水戸部功

 4年前にSFマガジンに分載(2004年から05年の間、5回に亘って不定期掲載)された『夢幻泡影』を加筆修正し、さらに第3章を書き下ろしたものが本書である。

 第1章「バレエ・メカニック」:造形家の娘理沙は脳死状態で延命され、その意識が実在の異変を起こす
 第2章「貝殻と僧侶」:娘の主治医であった<彼女>は、造形家とともに喪われた娘の意識の痕跡を探す
 第3章「午前の幽霊」:時代は過ぎドードーと呼ばれる老人がネットに存在する不死者を探そうとする

 各章題は戦前のシュールレアリズム映画から採られたもの。第1章は二人称で語られる造形作家と娘との関係、第2章では、そこに<彼女>と姉との関係が加わる(医師は、クロスドレッサーとして描かれる)。第3章に至って、現実認識を変貌させるテクノロジーと、理沙を生みだしたものの関係が描かれる。最後の章は、現代を舞台とした1、2章とは異なり、何十年後かの未来に設定されている。仮想世界のありさまは、流行の拡張現実を思わせるものだ。本書が描き出したものは一体何だったのか、著者はそのキーワードとして「ブラジャー」を挙げる(作中にも複数の言及がある)。それは、コルセットから女性を解放し、労働者としての作業性を大きく高める一方、性的抑圧の象徴ともなった。本書ではしかし、それは女性ではなく少年に対して倒錯的に用いられる。ジェンダー/親子といった本能的差異を逆転し、さまざまな抑圧と解放のパターンに踏み込んだ意欲作といえる。