2007/12/2
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今年の1月に出た本。2000年の『ジャンプ』以来、短編集、エッセイ集は出ていたが7年ぶりの長編となる。佐藤正午の本は、9年前に時間ループを扱った『Y』について書いただけなのだが、本書では少しSF的な設定が使われている。
主人公は作家である。これまで2回の筆禍事件を起こし、2回の離婚を経験している。しかし、出会い系サイトと携帯メールで人妻を誘惑しては関係を持つ生活をしている。そんな女たちの一人が奇妙な体験を語る。結婚後、全く醒めてしまった夫婦仲が海外旅行をきっかけに復活したという。女の夫は、さらに不可思議な一人の女との出会いを話してくれたのだが。
さて、本書の中では他人に“パワー”を注入する女がでてくる。といっても、パワーは与えられた相手に応じてさまざまな形で発現する。主人公の作家は、無料の性関係を求めて放蕩を繰り返し、過去の筆禍にも全く悪びれることがない(最低の)男として描かれる。とはいえ、女たちも単なる被害者ではない。何がしかの理由で主人公のような男を受け入れる余地を作っている。“パワー”は、その隙間に吹き込んでくる。本書の中でその力は、心の奥底に潜んでいる“本当に求めていたもの”をさらけ出す装置として機能するのである。
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2007/12/9
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9月に出た中村融による日本版オリジナル・アンソロジー。テーマは「モンスター」。SFでは妖魔の類を扱う怪奇小説から派生して、文明の破壊者たる怪獣が生まれた。発祥は欧米とはいえ、円谷特撮のバリエーションが豊富な日本でこそ、本書のようなアンソロジーが編纂されるべきなのだろう。編者は過去にも同種の趣向で『影が行く』(2000)を編んでいる。
J・P・ブレナン「沼の怪」(1953):海底にすむ不定形の化け物が内陸の沼に迷い込む
D・H・ケラー「妖虫」(1929):地底から固い岩盤を食い破って昇ってくるもの
P・スカイラー・ミラー「アウター砂州に打ち上げられたもの」(1947*):海岸に打ち上げられた死骸は巨人の姿をしていた
シオドア・スタージョン「それ」(1940):森の中を彷徨う“それ”は生き物ではなかった
フランク・ベルナップ・ロング「千の脚を持つ男」(1927):憔悴した青年の下半身が無数の脚に変貌する
アヴラム・デイヴィッドスン「アパートの住人」(1960*):薄汚れたアパートに居座る住人が隠れて飼っているもの
ジョン・コリア「船から落ちた男」(1960):大海蛇を捜す船に乗り込んできた男が巻き起こす騒動
R・チェットウィンド=ヘイズ「獲物を求めて」(1969*):影の中に潜み生命を吸い取る怪物
ジョン・ウィンダム「お人好し」(1953*):蜘蛛の収集を趣味とする夫が捕まえた美しい蜘蛛
キース・ロバーツ「スカーレット・レイディ」(1966*):優雅でクラシックな特注車には呪われた過去があった
*本邦初訳
わが国での特撮ドラマの草分け「ウルトラQ」が原点という編者が、その趣旨を汲んで編んだアンソロジー。「ウルトラQ」では怪物がさまざまなバリエーションで登場するが、人間心理の不安定さ(アンバランス)に潜む非日常と絡めた演出が印象に残った。本書に登場する化け物たちも、実はそういった観点での怪物なのである。前半の5作は比較的古典的なモンスターたち、後半になるとモンスターから人間側に主体が移っていく。イングランドのローカル色がよく出た、キース・ロバーツの呪われた自動車ものが珍しい。
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2007/12/16
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上記の『千の脚を持つ男』が「ウルトラQ」なら、本書は「ウルトラマン」。東京創元社の「ミステリーズ!」に連載されていた4編に、書き下ろし1編を加えた連作短編集である。科学特捜隊=科特隊ならぬ、気象庁特異生物対策部=気特対が主人公。なぜ“気象庁”なのかといえば、怪獣が自然災害(地震災害、台風災害)そのものであるからだ。
「緊急! 怪獣警報発令」(2005.8):潜水艦を破壊した巨大な海中生物の正体とは
「危険! 少女逃亡中」(2005.12):岐阜山中に出現した少女は身長10メートルを越えていた
「脅威! 飛行怪獣襲来」(書き下ろし):遠く地球の裏側から、日本を目指して飛んでくる怪獣の目的とは
「密着! 気特対24時」(2006.4):気特対に密着取材するテレビクルーから見た活動のありさま
「出現! 黙示録大怪獣」(2006.8、12):瀬戸内海の孤島で目覚めようとする巨龍には9つの頭があった
本書にはさまざまなSF映画やSF/ホラー小説の元ネタが鏤められている。「危険! 少女逃亡中」が30年前に翻訳されたコットレルの短編のパロディだなんて、おそらく誰も気がつかない。特撮ファンではないので良く分からないが、伴野英世=天本英世、稲本明彦=平田明彦か。怪獣出現の“科学的根拠”に多重人間原理(多元宇宙+人間原理)を設け、神話宇宙(怪獣の存在が許される)とビッグバン宇宙(我々の物理法則が成り立つ)とのせめぎ合いが怪獣を自然災害として出現させるという説明は、いかにもSFファン的な理屈で面白い。ウルトラマンが出ないのか、というとオタク的な意味でやはり登場する。最後がXXXXになるのは、まあお約束的なところもあるが。
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2007/12/23
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英国スペースオペラの旗手チャールズ・ストロスの、長編(表題作)+中篇(2005年ヒューゴー賞受賞作「コンクリート・ジャングル」)を1冊にした単行本。同一の主人公/設定で書かれた連作だ。今年の2月にシンギュラリティ宇宙もの『アイアン・サンライズ』も出ているが、本書はスペースオペラではない。
魔術が科学と同居しているもう一つの英国。魔術的犯罪/事件に対処すべく、英国政府が立ち上げた組織が<ランドリー>である。主人公は内勤のコンピュータ管理者だったが、あるきっかけから現場勤務となる。ナチスドイツの魔術的機関が過去に開発した魔法が、世界に危機をもたらそうとしているという。テロリストによる誘拐事件をからめながら、事件は急展開する(表題作)。石化(炭化)した牛が発見される。石化はメデューサ/ゴルゴン/バシリスク等に見られる現象だったが、今回は驚くべき蔓延手段が使われていた(「コンクリート・ジャングル」)
薄汚い路地の奥にある秘密の入り口、交通費の請求などつまらないことで上司と対立する毎日など、<ランドリー>の設定はパロディめいている。この世界では、神話の伝承やラヴクラフトのクトゥルーは現実のもので、それはサイバーパンク的なコンピュータ社会と同居している。ストロスの書く小説は、シリアスさを少し外した設定、異質なものを説明なく混交させる手法が面白い。本書でも、魔法世界が現実の“裏”にあるのではなく、魔法的な社会の中にコンピュータ社会が埋め込まれているのである。
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2007/12/30
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エピデミックとは地域的な感染症が、地域を越えて拡大するという現象を指す。
C(千葉)県T(館山)市、首都圏から程近く、冬でも暖かな房総半島の西端に位置する田舎町に奇妙な病気が広まる。それはインフルエンザに似ており、突然の発熱と体力消耗をもたらす病だった。重篤化した患者が運び込まれる中、根本的な原因を探すべく疫学調査班のペアは鄙びた漁村に調査に赴く。果たしてこれは新型インフルエンザなのか、世界に甚大な被害を与えるパンデミックなのか。
スペイン風邪に代表される大規模なパンデミックは人口の相当数(2〜3%)を犠牲にする。しかし、本書が描くのは『復活の日』のような破滅ものではない。日本の首都圏にある地方都市で、疫学調査の原則に基づき未知の病原を調査する、少数の専門家の9日間の動きを追った物語である。その結果がどうであったかは本書を読んでもらうとして、フィールド調査を中心とした“現場”を描いた点は迫真性があってよいだろう。ただ、病原の正体と謎解きは、前半の盛り上げに比べて少し物足りないかもしれない。
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