ジョン・ヴァーリイの《八世界》全13篇を網羅した、世界初のオリジナル選集である。2年前に企画し版権が取られ、昨年には翻訳も完成していたものの、何しろ40年前の作品なので、出版のタイミングをうかがっていたらしい。古参ファンには有名でも、今の読者に合わなければ売れない。ハヤカワ文庫の『逆行の夏』と同時期なのは偶然のようだ。同一設定とはいえ、収録作は独立した短篇である。全2巻が完結してからと思っていたが、2巻目は来年2月と遅いのでさっそく読んでみた。
ピクニック・オン・ニアサイド(1974):母親と〈変身〉で仲たがいしたぼくは水星のニアサイドに家出する
逆行の夏(1975):月から姉を出迎えたぼくは、水銀が溜まる洞窟に閉じ込められる
ブラックホール通過(1975):太陽系外縁をかすめる、へびつかい座ホットラインを傍受する要員たち
鉢の底(1975):金星の辺境まで休暇で訪れた主人公は、中古赤外アイの不調に気が付く
カンザスの幽霊(1976):大平原を模したディズニーランドで、環境芸術家が何度も殺される事件が起こる
汝、コンピューターの夢(1976):ライオンの生活を体験した主人公は、その間に自分の体の変調を知る
歌えや踊れ(1976):土星の輪の周辺空間に漂う、共生者・人間ペアが奏でる究極の音楽とは
本書の短篇は、ヴァーリイが活躍した1970年代後半から80年代にかけて、ほぼリアルタイムに翻訳されたものだ。《八世界》は特に人気があり、未訳がない。ただし、本書では全編新訳・改訳され、時代的な古さが出ないよう工夫されている。《八世界》はヒューゴー賞もネビュラ賞も獲っていないのだが、不思議なことに「残像」や「PRESS
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「ピクニック…」は著者のデビュー作、両性間を自由に変えられ、年齢さえコントロールできるヴァーリイ独特の世界が提示される。今日的な道徳や家族関係、性別、人種、宗教、習俗を、超越/無視した世界なのだ。地球は一切出てこない(人類は地球から抹殺され、帰ることもできない)。その代わり、月の下には巨大な「ディズニーランド」が設けられていて、カンザスやケニアが再現され、体を調整された動物(ライオン)もいる。これを実現する技術は「へびつかい座ホットライン」に流れる、異星人のテクノロジーからもたらされた。その技術を使って、宇宙空間で共生者と暮らす人類も生まれる。ある意味とてもご都合主義で、空想的なユートピアにも見えるが、そんな世界の人間なりに独特の生きざまが浮かび上がる。40年後の我々は、この物語の人々より自由でも豊かでも魅力的でもないだろう。
ところで本書は、大野万紀初の単独翻訳書(共訳書は多数)で、しかも「ピクニック…」は大野名義での最初の翻訳(SFマガジン1978年1月号)でもある。1人のSFファンの半生を反映した作品集ともいえる。
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