著者の樺山三英は、2006年に第8回日本SF新人賞を受賞している。6月に出た第3作目となる本書は、「SFマガジン」2008年2月号から2010年12月号まで、ほぼ3〜5ケ月間隔で掲載された連作短篇を収録したものだ。ユートピアを主題として「先行作品の蓄積をつくっていき、その情報と文体を再構成してフィードバックすること」(「SFマガジン」2012年8月号インタビュー)により出来上がったものだという。そのあたりの経緯は、2010年の「SFセミナー」で企画された鼎談でもうかがうことができる。
「一九八四年」(オーウェル):オーウェルがたどり着いたディストピアとそれを形作ったスペイン内戦の光景
「愛の新世界」(フーリエ):社会主義者フーリエの著作とはかけ離れて見えるラヴホテルの残酷な顛末
「ガリヴァー旅行記」(スウィフト):カリヴァーと下僕であるヤフーらとの質疑で語られる戯曲風対話
「小惑星物語」(シェーアバルト):小遊星パラスに住む異星人たちが打ち立てる巨大な塔の建設物語
「無可有郷だより」(モリス):川から始まり、源流に溯っていく6つの手紙から成る物語
「すばらしい新世界」(ハクスリー):質問者と回答者が語る、幻覚剤の見せる世界のありさま
「世界最終戦論」(石原莞爾):最前線の塹壕や廃墟、そして日常的に繰り広げられている戦争
「収容所群島」(ソルジェニーツィン):東西に分割され、やがて東側=収容諸国家に吸収される世界
「太陽の帝国」(バラード):バラードが見た上海の現実と虚構に、著者の私体験とが交雑していく
「華氏四五一度」(ブラッドベリ):文字が失われようとする2040年から振り返るブラッドベリ的焚書の意味
広い意味での“ユートピア/アンチ・ユートピア/ディストピア”小説をベースに書かれた小説集である。寓話や評論のようであり、あまり連作のように感じられない(インタビューでは、「ぼく」「きみ」という人称の問題にこだわった点が共通要素とある)。また、フィクションを題材にしてフィクションを語る形式で、元ネタはあるが、オマージュ/パスティーシュといった原作に従属する内容ではないのだ。作家論に近いもの(オーウェル、バラード、ブラッドベリ)から、原作に忠実な設定(シェーアバルト)、ほぼオリジナルな物語(フーリエ、モリス、石原莞爾)など、1つとして同じ書き方がない。作者にとっても、小説の可能性を試す実験的な意味があった。マイナーな元ネタもあり幻惑されるが、読者は、まずその多彩さを楽しめばよいだろう。
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