副題が「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集」であり、10か国12編を収録している。東欧は、一般には旧ソ連圏の中部ヨーロッパを指すが、それを別にしても、独特の歴史と文化/幻想世界観=ファンタスチカを持った地域には違いない。30年前(ベルリンの壁崩壊の9年前)に深見弾が編んだ『東欧SF傑作集』の21世紀版でもある。
ヘルムート・W.モンマース「ハーベムス・パーパム」(2005):新教皇に非人類が選ばれるとき
オナ・フランツ「私と犬」(2005):末期的な日常の中で続く、ロボットと私との生活
ロクサーナ・ブルンチェアヌ「女性成功者」(2005):ロボットを夫に持ったある女性エクゼクティブ
アンドレイ・フェダレンカ「ブリャハ」(1992):チェルノブイリの汚染地帯で働く“けったくそ”と呼ばれる男
ミハル・アイヴァス「もうひとつの街」(1993/2005):現在の街と重なって存在するもうひとつの世界
シチェファン・フスリツァ「カウントダウン」(2003):ヨーロッパの原発を占拠した過激派たちの要求とは
シチェファン・フスリツァ「三つの色」(1996):ハンガリー/スロヴァニア間で起こった民族紛争下の市街
ミハウ・ストゥドニャレク「時間はだれも待ってくれない」(2009):万聖節にだけ甦る過去のワルシャワ
アンゲラ・シュタインミュラー「労働者階級の手にあるインターネット」(1997/2003):東独から届くメールの不気味さ
ダルヴァシ・ラースロー「盛雲、庭園に隠れる者」(2002):清朝の庭園に同化する者と皇帝との駆け引き
ヤーニス・エインフェルズ「アスコルディーネの愛」(2009):首都リガを流れるダイガワ河に現れた謎の船
ゾラン・ジヴコヴィチ「列車」(2005):がらがらの列車に乗り込んできた“神様”との問答
それぞれ、オーストリア、ルーマニア(2作)、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア(2作)、ポーランド、(旧)東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア(ラトヴィア語からの翻訳小説は本編が初)、セルビア(ジヴコヴィッチ=ジフコヴィッチは、昨年9月に翻訳書が出た)からの作品である。モンマースの作品は、昔から欧米SFで根源的テーマとされる問題を扱ったもの(シルヴァーバーグ「ヴァチカンからの吉報」(1971)などが有名)。特にカトリックの国では捉え方の重みも違うだろう。ルーマニアからは“心が通い合わない”ロボットとの生活、ベラルーシからはチェルノブイリの現実、チェコは重厚な幻想世界、スロヴァキアはテロに揺れ動く不安定な見知らぬ明日を描き出す。一方ポーランドの失われたワルシャワと、東独の秘密警察に支配されたもう一つのドイツは過去の重みを象徴するし、ハンガリーとラトヴィアはファンタジイの深みを見せる。セルビアはまさに現代の寓話だろう。さて、この中で印象に残るのは、共に隠れた都市を描く「もうひとつの街」、「時間はだれも…」と、何とも得体のしれない恐怖を感じさせる「カウントダウン」、「労働者階級…」だろうか。日本人にとって明快なイメージの薄い“東欧ファンタスチカ”が、重訳以外で読めるという意義は大きい。
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