眉村卓『日本SF傑作選3 下級アイデアマン/還らざる空』(早川書房) 日下三蔵編 カバーアートディレクション&デザイン:久留一郎デザイン室
日下三蔵による日本SF傑作選の第3集目。これまでと同様、新刊では入手困難な最初期の作品を中心にまとめられている。特に著者の初期作は、ハヤカワSFシリーズ(1960年代後半)、ハヤカワ文庫(70年代前半)と角川文庫(後半)で出た後、再刊や電子書籍化が行われていないものが多い。また、単に稀少というだけでなく、著者のその後につながる作品が選ばれている。1965年から73年に出た6冊の短編集(初出は61年から73年の雑誌掲載)から20作と、アンソロジイ収録のみの2作(2000年の《異形コレクション》)が、第1部:異星や宇宙生物もの13編、第2部:インサイダーSFもの9編とに分けられている。表題作「下級アイデアマン」は、第1回空想科学小説コンテスト(1961年発表、ハヤカワSFコンテストの原型)の佳作第二席入選作である。ちなみに第三席が豊田有恒、努力賞が小松左京だった。
第一部:下級アイデアマン(1961):成績が芳しくないアイデアマンが、赴いた水星基地で存在価値を試される。悪夢と移民(1973):星間移民船が到達した植民星で、乗組員と植民者とが方針を巡って対立する。正接曲線(1965):原始的に見えた住民たちは、与えられた知識を貪欲に吸収していくのだが。使節(1964):温和な植物人間の乗客が、宇宙船内で奇妙な行動をとり始める。重力地獄(1966):高重力の惑星に不時着した宇宙船で、船長=技術ロボットと乗組員が対立する。エピソード(1964):ある惑星に着陸した探検隊は、過去の文明の残留思念を感じ取る。わがパキーネ(1962):異星の高等生命パキーネと同居を試みた男の感じたものとは。フニフマム(1970):時間線の過去と未来に体を延ばす超生命体の存在。時間と泥(1964):高度な精神文明を有していた異星人が、疫病により神経を断たれるのだが。養成所教官(1968):銀河連邦の下級職員養成所に、辺境の弱小惑星から一人の青年が入所してくる。かれらと私(1971):亜空間飛行中の艦隊が正体不明の惑星に強制着陸させられる。キガテア(2000)
:惑星ギガテンで調査を行う連邦軍は、ギガテアと呼ばれる生物のコミュニケーション方法を解明しようとする。サバントとボク(2000):サバントと呼ばれるロボットにサポートされる人間=ボクが知る世界の本当の姿。
第二部:還らざる空(1964):ある時から都市の空が異常を示すようになり、人々は原因を知るために古い記録を探す。準B級市民
(1962):社会階層が厳格化された未来、主人公は出生を理由にひどい差別を受けていた。表と裏(1964):緊急発進した宇宙船に誤って搭乗した男は、人工頭脳にロボットと誤認される。惑星総長(1965):頽廃した惑星を立て直そうと就任した新総長は、意外な現実に直面する。契約締結命令(1967):新任無任所要員は、ありえない条件でビッグタレントと契約を結ぶよう命じられる。工事中止命令(1967):南米の奥深くで続く、ロボットによる建設工事を終わらせる方法とは。虹は消えた(1968):アフリカの小国を立て直すために送り込まれたベテラン無任所要員の取った行動。最後の手段(1969):サイボーグ化のための施設設立は理想の実現そのものに見えた。産業士官候補生(1969-70):産業界が秘密裏に開校した高校と大学を併せた一貫校は、非人間的なカリキュラムで生徒を選別する。
2000年の2作を除けば、著者が27歳から39歳にかけて書いた中短編である(30代前半までの作品が7割を占める)。当時の著者あとがきでは、(第1部は)技巧的なアイデア・ストーリー中心で、自身あまり評価していないように書いている。確かに古典的なSFはアイデア一発勝負で、小説としての面白みに欠けるきらいがある。しかし今でも、SFでは奇想アイデアこそが最重要とする見方が残っている。最近翻訳されたベイリーの短編集や、さらに遡ったヴァンスあたりを面白いと感じた人は本書の第1部も楽しめるだろう。それに加え、第1部の作品では後半に至るにつれて、著者特有のモチーフ、滅びゆくもの、社会的・宇宙的敗者の側に立つ視点が明確に表れてくる。より個に迫り絶望に終わらないという意味で、光瀬龍の虚無感とはまた違った味がある。なお「ギガテア」は、司政官こそ出てこないが同じ設定を使った短編で、そのまま《司政官》世界につながるものだ。
第2部は作品点数こそ少ないが、分量的には第1部を上回り、内容も重厚なものになっていく。「準B級市民」や「惑星総長」などは、社会的な倫理観をテーマとした寓話といっても良いだろう。「契約締結命令」から「最後の手段」までは無任所要員(幅広い裁量権を持つ現場担当者)を主人公としたシリーズになる。これはパイオニア・サービスという、予算しだいで政府の運営から政権転覆までなんでもやる、いわば民営CIAのような組織の話だ。昔読んだときは、商社マン風の登場人物に違和感を覚えたのだが、リアリスティックに描くというより、ある種の不条理劇なのだと解釈すれば凄みが出てくる。中でも大友克洋監督でアニメ化もされた「工事中止命令」は、人間の命令を聞かないロボット相手に主人公が苦悩する傑作。「虹は消えた」はリフレ政策でつかの間の繁栄を見せる某国を描くが、まるで日本の近未来を予見しているかのようだ。
巻末には、昔あった学年誌「高1コース」連載の「産業士官候補生」が収められている。高校生が読む雑誌だったので、主人公は中卒で産業士官養成校に入学する設定だ。そこで目的のためなら感情を自在に変化させ、情実を一切断ち切ることを教えられる。今日の中高一貫校でも、産業界エリートの輩出が目的のところがあるが、カリキュラムにありそうに思えるのが恐ろしい。こういう人の心理を突く見方はジュヴナイルの雄である眉村卓らしい。
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