L・P・デイヴィス『虚構の男』(国書刊行会) The Artificial Man,1965(矢口誠訳)
装幀:山田英春、装画(コラージュ):M!DOR!
国書刊行会の新叢書《ドーキー・アーカイヴ》の最初の1冊(初回2冊)である。叢書名は、フラン・オブライエン『ドーキー古文書 Dalkey
Archive』から採られている(これも奇想小説ではあるが、直接の関係はない)。そういう得体のしれなさを示唆するシリーズ名を冠し、ノンジャンルでかつ埋もれた未訳の奇想小説を、編者若島正+横山茂雄が10冊分集めたものである。
この作品について、翻訳者矢口誠は「本書の後半に仕掛けられたサプライズは、嘘偽りなく、「こりゃ絶対ジャパンに違いないと期待していたら、そこには宇宙刑事ギャバンが立っていた」みたいな当惑と混乱と驚きを読者に投げつけてくる」と書き、若島正は解説で「読者を幻惑させ、唖然とさせる力は、ミステリー、ホラー、SFというジャンルの境界線を大胆にまたぐところから生まれている」と書いている。
舞台はイギリスのどこかにある田舎町、時代は1966年。主人公はSF作家で、50年後を描く長編小説の構想を練っている。気さくな隣人夫婦、几帳面な家政婦、毎日配達に訪れるバンの運転手、自転車で巡回する警官、少数の村人たちとは何のトラブルもないようだった。しかし、いつもと異なる散歩のルートで、見知らぬ女と出会ったことから、日常は崩れ始める。
以降、主人公は自分を形作る何もかもが覆される経験をする。表題通り、この主人公は虚構で作られているのだ。本書を読むと、まず当時(60年代)多作されていた冷戦下のスパイ小説が思い浮かぶ。シリアスなル・カレや、全体主義的な監視社会を描くディッシュ『プリズナー』などだ。次に出てくるのが、犯人探しミステリや政治陰謀スリラーで、結局SFなのかという風に読める。そこは訳者の感想通りだろう。ディックも同じような話を書いたが、デイヴィスの方がずっとロジックがしっかりしている。
著者は1914年生まれ88年没の英国作家。1964年から70年代にかけて、煙草屋を営みながら長編22冊を書いた。エンタメに徹したノンジャンルの職人作家のため、ジョン・ブラックバーンと同様、コアなファンが付かず忘れられていた。
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