2003/5/4

筒井康隆『自選傑作集』(新潮社)

カバー装画:しりあがり寿、松昭教
 

 徳間書店版自選短編集(全6冊)も完結したので、昨年11月に出た新潮社版自選傑作集(全4冊)についても触れる。収録作品(全35編)は以下の通りである。
  1. 急流(1979) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  2. 問題外科(1976) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  3. 最後の喫煙者(1987) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
  4. 老境のターザン(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  5. こぶ天才(1977) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  6. ヤマザキ(1972) 『将軍が目醒めた時』(1972)
  7. 喪失の日(1974) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  8. 平行世界(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  9. 万延元年のラグビー(1971) 『将軍が目醒めた時』(1972)
     
  10. 関節話法(1977) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  11. 傾いた世界(1989) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
  12. のたくり大臣(1988) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
  13. 五郎八航空(1974) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  14. 最悪の接触(1978) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  15. 毟りあい(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  16. 空飛ぶ表具屋(1972) 『将軍が目醒めた時』(1972)
     
  17. 走る取的(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  18. 乗越駅の刑罰(1972) 『将軍が目醒めた時』(1972)
  19. 懲戒の部屋(1968) 『アルファルファ作戦』(1968)
  20. 熊の木本線(1974) 『おれに関する噂』(1974)
  21. 顔面崩壊(1978) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  22. 近づいてくる時計(1991) 『最後の伝令』(1993)
  23. 蟹甲癬(1976) 『宇宙衛生博覧會』(1979)
  24. かくれんぼをした夜(1981) 『エロチック街道』(1981)
  25. 風(1984) 『串刺し教授』(1985)
  26. 都市盗掘団(1989) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
     
  27. 魚(1988) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
  28. 冬のコント(1990) 『夜のコント・冬のコント』(1990)
  29. 二度死んだ少年の記録(1992) 『最後の伝令』(1993)
  30. 傾斜(1981) 『エロチック街道』(1981)
  31. 定年食(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  32. 遍在(1980) 『エロチック街道』(1981)
  33. 遠い座敷(1978) 『エロチック街道』(1981)
  34. メタモルフォセス群島(1975) 『メタモルフォセス群島』(1976)
  35. 驚愕の荒野(1987) 『驚愕の荒野』(1988)
 主に、70年代中期以降から80年代の作品で構成されている。その点、徳間版の次に新潮版を読めば、筒井康隆の全容を知る上で遺漏がなくてよい。テーマ別になってはいるが、著者の傾向を代表する作品が網羅されており、再読用としてもお勧めできる。
 最初の2冊はドタバタ傑作集、後の2冊はホラー傑作集である。どちらも1巻目には、ほぼテーマに沿った作品が、2巻目には定石を外した作品が収められている。たとえばドタバタ篇、時間だけが急に速く進む世界「急流」、でたらめ凶悪な医師たち「問題外科」から(第1集)、事故で浸水し傾斜していく海上都市で、断固事実を認めない女性市長を描く「傾いた世界」(第2集)。ホラー篇では、不気味な相撲取の追跡者「走る取的」や究極のマゾ小説「乗越駅の刑罰」、生理的嫌悪を誘う「顔面崩壊」から(第1集)、断片的に語られる殺伐とした階層世界「驚愕の荒野」(第2集)と、後半に進みほど、テーマの既成概念を大きく超えた作品が選ばれている。この時期の筒井康隆は、アイデアと実験的要素がシームレスに混交している。それだけ、奥行きがはかり知れなく見えるわけである。
 ホラー篇の『最後の伝令』から採られた作品は、元の短編集自体“死”をテーマとしているため、ちょっと異質に感じるかもしれない。普通、ホラー小説を読んでも、自分の死を意識したりはしないのだから。何に近いかというと、全盛期のブラッドベリのファンタジイ『10月はたそがれの国』に似ている。ブラッドベリにあった、死と隣り合わせのロマンティシズムが本書にもある。
 この4冊の短編の出典は以下の通りである(カラー部分が70-80年代)。徳間版(約10年間)に比べ、収録作の間隔が20年と広くなっている。熟成期となって、単行本の刊行ペースが下がってきたせいもある。

『アルファルファ作戦』(1968)
『将軍が目醒めた時』(1972)
『おれに関する噂』(1974)
『メタモルフォセス群島』(1976)
『宇宙衛生博覧會』(1979)
『エロチック街道』(1981)
『串刺し教授』(1985)
『驚愕の荒野』(1988)
『夜のコント・冬のコント』(1990)
『最後の伝令』(1993)

bullet 『串刺し教授』評者のレビュー
bullet 『わが愛の税務署』評者のレビュー
 

2003/5/11

小林泰三『家に棲むもの』(角川書店)

カバー:田島照久(thesedays)
 

 3月に出たホラー短編集。それにしても、あまりに多彩な書き方である。
  1. 「家に棲むもの」(2000):廃材で作られた巨大な家、過去に起こった殺人事件、不気味な老婆の正体(奇想ミステリ風結末)。
  2. 「食性」(書き下ろし):“極端な”肉食主義の女から逃げ、“極端な”ベジタリアンの女と結婚した主人公の運命(スプラッタ風結末)
  3. 「五人目の告白」(1995):4人の登場人物が出会う犯罪の数々、その手記を読む主人公、果たして5人目とは誰なのか(不条理小説風結末)
  4. 「肉」(書き下ろし):遺伝子操作による肉の量産を研究する助教授は、ついに自身を実験台にする(マッドサイエンティスト風結末)
  5. 「森の中の少女」(2000):森を出てはいけない、少女は母の言いつけを破ってしまった。もう一つの「赤頭巾」(ショートショート風結末)
  6. 「魔女の家」(2002):書いた覚えのない日記を見つけた男は、今まで気がつかなかった“魔女”の存在を知る(サイコドラマ風結末)
  7. 「お祖父ちゃんの絵」(書き下ろし):地下室の壁一面に描かれた絵には、祖母と祖父との出会の物語が描かれていた(ダークファンタジイ風結末)。
 きわめて異常な設定は、確かにホラーの枠組みといえるかもしれない。しかし、著者の興味は、本来ホラーの中心を占める登場人物の心理描写(恐怖=心の問題)などにはなく、設定そのものにあるようだ。これだけさまざまな終わり方を読まされると、統一感など得られず混沌とした印象が残る。まさにその点が、小林泰三の狙いどころなのだろう。
 
bullet 著者の公式サイト
bullet 『ΑΩ』評者のレビュー
bullet 『海を見る人』評者のレビュー

2003/5/18

パトリック・オリアリー『不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ』(早川書房)
The Impossible Bird,2002 中原尚哉訳
カバーイラスト:野中昇、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
 

 著者の『時間旅行者は緑の海に漂う』(1995)の翻訳が出てからすでに6年が経っているが、本書の印象は同作と変わらず、オリアリー調の現実崩壊感をさらにパワーアップさせているようだ。
  冒頭の1962年、少年だった兄弟(主人公)が、ミシガン州のとうもろこし畑でUFO(のようなもの)を目撃し記憶が途切れる。2000年、成長した兄は、南米でCMロケ撮影中にまた記憶の途切れを経験する。気が付くとLAに戻っており、得体の知れない政府の調査官から、弟の秘密調査を依頼される。弟は大学の準教授で妻を事故で失い、息子と呆然と暮らしている。そこにも奇妙な依頼が舞い込む。息子の安全を確保したければ、兄を探し出せと。そして、彼らは2つの集団が争う、現実とそっくりだが“1点が”大きく異なる世界へと迷い込んでいく。無数に舞い飛ぶハチドリをキーに存在するその世界は、実在なのか幻覚なのか。
 直喩なのか隠喩なのか分からないというのも、オリアリーの書き方の特徴だろう。まるでエイリアン・アブダクション(拉致)小説のようであるが、それは比喩に過ぎないのかもしれない。本書で描かれるのは、屈折した兄弟の確執と和解の物語であり、生きていくことと死とのシームレスな関係である。
 ただ、本書のあらすじ(裏表紙)は、一部“解釈上のネタバレ”(作中に直喩的に書かれてはいる)を含むため、本当は書かなかったほうがよかっただろう。 著者は兼業作家であるせいか、作品数はさほど多くない。詩作を公式サイトで読むこともできる。
 
bullet 著者の公式サイト
bullet 『時間旅行者は緑の海に漂う』評者のレビュー
bullet ハチドリ関係のサイト

2003/5/25

北野勇作『北野勇作どうぶつ図鑑』(早川書房)

 その1:かめ
 その2:とんぼ
 その3:かえる
 その4:ねこ

カバーイラスト:西島大介、カバーデザイン:大塚ギチ
 

 折紙つきの小説というのか、小説つきの折紙というのか(体裁は後者に近いですね)。
 1冊あたり100ページ足らず(中篇1作程度)ながら、動物をモチーフに、著者の中短編を6分冊で編んだコレクションです。当然こんなスタイルは他になく、流行の企業用語で言えばオンリー・ワン商品。4月、5月分の4冊が出た時点で、まず読んでみました。
 地球を訪れた異星人によって改造される部屋(カメの水槽になるのです)、光速宇宙船に情報として搭載された人々(なぜか、カメに収容されてどこかに送られようとしています)、職場にやってきた異星人の機械(夢見ることが仕事になります)、巨大トンボが見えるメガネ(機械に憑いたトンボのせいで故障が発生するのです)、ライバル企業が異星人の力を借りて圧勝(対抗してあなたの会社は、お化け西瓜の力を借ります)、演劇を目指した主人公が迷い込む螺旋階段(望みがかなう階段、しかし出口はありません)、演劇にまつわる4つの都市伝説、狐にだまされた2人の男たち(いや、本当に2人なのか)、 遺跡で発見された東京タワーがあった都市の情報(主人公は、そこに潜入します)、だれからも見えない蛇と住む少年(蛇はだんだん巨大化します)、アポロ宇宙船の月着陸と、学校の裏庭に出る化け猫の関係(それは、ほんとうのことなのか、嘘なのか)。このほか、どうぶつと季節(1年間毎月)にちなんだショートショートと、未来の地球に住む改造生物たちの生活を、主人公のカメリ(雌ガメ)を通して描いた連作短編(書き下ろし)が収録されています。
 最初の2巻は、北野勇作独特の、破滅的でありながら、楽天的に読めてしまう世界が描かれています。著者の世界の執拗さ(同一モチーフのリフレイン)が味わえます。3巻目はホラー短編集に収められたもの。同じ世界観ながら、視点が“楽観”からちょっと外れています。4巻目に至って、ノスタルジー的といわれる著者の世界(ゴジラに破壊される東京タワー、アポロ11号の時代)に、もう少し踏み込んだ作品を読むことができます。ショートショートのバランスもまずまずで、全体のトーン(何といっても折紙つきの本)を崩さない工夫が見られ、楽しめると思います。まあ、1冊だけでは半日(朝の通勤)で読めてしまうので、2冊ずつ刊行という現状が適当では。
 
bullet 折り紙つき
いうまでもないでしょうけどね。
bullet 『ハグルマ』評者のレビュー
bullet 日本折紙協会のサイト

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