2017/4/2

柞刈湯葉『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)

柞刈湯葉『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)

Illustration:田中達之、装丁:AFTERGLOW

 昨年12月に出た本。カクヨム第1回Web小説コンテスト(SF小説)受賞作。あとがきを読むと、本書はプリゴジンの散逸構造理論の考え方、そのような思想の潮流の上に存在するSF小説だと書かれている。その一方、邦題の他に英題があり、Yokohama Station Fableとなっている。つまり「横浜駅ヨタ話」というわけだ。本気なのか冗談なのか分からない、そういう微妙なバランスで書かれた作品なのである。著者は生物学者で、既に受賞第1作『重力アルケミック』(星海社)を2月に出している。

 何百年かの未来のいつか、破滅的な戦争のあと、日本は無限に自己増殖する横浜駅に覆いつくされようとしている。主人公は、駅の外に生まれ「エキナカ」には立ち入ることのできない集団に属していた。ある日、長年面倒を見た老人から「18キップ」を渡され、「42番出口」を目指して旅立つよう求められる。いったいそれはどこにあるのか、何のために向かうのか。主人公は見知らぬエキナカの世界へと入っていく。

 この世界はSuikaを持ちエキナカに住む住人と、持たざるもの、駅の外で生きる住人とに分離されている。エキナカはそれ自体1つのエコシステムとなっていて、多くの人々が生活しているのだ。横浜駅は駅自体が物質を変換しながら無限に増殖するのだが、海峡を隔てた北海道と九州だけは侵入を阻んでいる。主人公はエキナカ世界で、ルール違反者を排除する自動改札機ロボット、天才的なハッカーや、任務を帯びたアンドロイドと出会い、過去にあった文明の痕跡を再発見しながら、やがて終局の目的地にたどりつく。

 もともと2015年1月からTwitter上でつぶやかれた、一連のツィートがベースになっている(電子書籍版に収録されているが、最終的な小説版とはだいぶ異なるものだ)。それが評判を呼んで長編になり、コンテスト受賞、書籍化という流れになったわけで、きわめて今風の展開だろう。物語の由来も、最初は弐瓶勉『BRAME!』のパロディを考えていたこと、椎名誠『アド・バード』の影響が強いことなどは、あとがきに明記されている。椎名誠(未来史もの「超常小説」)は秩序が崩壊し、ケチな犯罪者だらけの世界を描いたが、残虐さは少なくむしろユーモラスなものが多い。本書もよく似ていて、さらりと乾いた感触がある。


2017/4/9

白井弓子『WOMBS ウームズ(全5巻)』(小学館)

白井弓子『WOMBS ウームズ(全5巻)』(小学館)

装丁:名和田耕平デザイン事務所

 《WOMBS》は、2016年2月に全5巻で完結した白井弓子のSFコミックである。今年の第37回日本SF大賞の受賞作となった作品。もともと2009年6月から小学館のマンガ雑誌〈月刊IKKI〉で連載をスタート、途中から書下ろしメイン・一部を掲載に移行、同誌が2014年に休刊になってからはWeb版に掲載しながら、最終的に書下ろしで完結させたものだ。同一の登場人物を配した一つの物語なのだが、単行本としても2010年から2016年までの7年間を要している。

 遠未来のいつか、どこか別の太陽系にある植民惑星「碧王星」。ここでは、第1次移民(ファースト)と2次移民(セカンド)との間で紛争が生じる。異質の自然環境を地球化してきたファーストは、後発なのに隷属を強いるセカンドのやりかたを容認できず、戦争状態となっている。無人兵器を多用する優勢なセカンドに対抗するため、ファースト軍は物質転送によるゲリラ作戦を展開する。しかしそれは、女性の子宮内に土着生物を着床させるという非人道的な方法で実現されるのだ。

 物質転送を担うのは女性だけの転送兵部隊だ。子宮内の異生物は胎児と同様に育っていき、転送能力を高めていく。主人公は田舎の農園から徴兵され、訓練を受け、やがて戦場へと送られる。ただ兵士たちが行ける転送ポイントは、土着生物の存在と大きく関係している。そこを見つけ出すためには、現実とは別の精神的な空間に入らないといけない。空間には、人間の記憶を利用する罠、脅威が潜んでいる。

 人ではないものを体内に収め、共生して戦うという設定だ。ただ、共生する生き物は知覚拡張能力は持つが、知的な存在ではない(既存SFでは、共棲者はたいてい明確な知性を持つ)。また、胎児のように母性本能で守られるものでもない。そのかわり、主人公の場合、精神空間の中で子どもの姿を見るようになる。障害になるのか手助けしてくれるのか、物語が進むにつれ、子どもの役割も変化していく。異様な戦闘部隊を登場させた作品は数々あるが、この設定の奇抜さは目を引く。過去に陰惨な歴史を持つ、ある種の人間兵器だからである。ただ、女性転送部隊は強制された奴隷ではない(『侍女の物語』や『わたしを離さないで』とは違う)。軍隊の一部隊であり、弱いもの強いものを交え、ふつうの感情を秘めた人間的な集まりとして描かれている。人間兵器とふつうの人間、その対照が鮮やかだ。


2017/4/16

野崎まど・大森望編『誤解するカド』(早川書房)

野崎まど・大森望編『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』(早川書房)

カバーデザイン:伸童舎

 本書は、野崎まど脚本のTVアニメ「正解するカド」(放映中)とのコラボ企画として作られたアンソロジイである。同じ趣旨で編まれた2014年の『楽園追放 rewired』は、“虚淵玄が影響を受けたサイバーパンク作品”がコンセプトだったが、野崎まどと本書収録作品との関係は明確には書かれていない。とはいえ、アニメがファーストコンタクトものなので、異星ないし未知の存在とのコンタクトがテーマとなる(同じテーマを持つ映画「メッセージ」も意識しているらしい)。内容では、非映像的・抽象的・概念的なもの、言葉でしか表現できないものが多く選ばれているようだ。

筒井康隆「関節話法」(1977): 関節を鳴らす特殊言語で話す惑星に赴任した地球大使は、緊急事態を回避しようと必死で会話する
小川一水「コズミックロマンスカルテット with E」(2012):生命惑星への人間大使とエイリアン、宇宙船との奇妙な関係
野尻抱介「恒星間メテオロイド」(2005):食料プラント爆発事故の原因究明で、研究士2人が遭遇する恒星間宇宙から来たもの
ジョン・クロウリー「消えた」(1996):全地球の家庭に現れたエルマーは、一方的な善意を押し付けてくるのだが
シオドア・スタージョン「タンディの物語」(1961):2人目の子供タンディは、汚れたぬいぐるみを手に入れてから変化する
フィリップ・K.ディック「ウーブ身重く横たわる」(1952):乗組員が買った巨大なブタは、人語を操り自らをウーブと名乗った
円城塔「イグノラムス・イグノラビムス」(2013):宇宙食材商の第一人者である主人公は、異星人センチマーニの一部でもある
飛浩隆「はるかな響き」(2008):まだヒトザルだった時代、モノリスに触れた人類は、心の中に響く〈音〉の存在を知る
コニー・ウィリス「わが愛しき娘たちよ」(1985):学生寮に住む男子たちは、小さな動物テッセルに心を奪われるが
野崎まど「第五の地平」(2014):宇宙へと進出を図るチンギス・ハーンは、第五の地平に広がる草原を見る

 有名な古典(筒井康隆、ディック、ウィリスら)から、日本の中堅作家の近作までを収める。初翻訳はなく、日本作家の単行本未収録作も野尻抱介のみだが、テーマアンソロジイの場合は、全体を通して何が語られているかを読み解くのが基本だろう。後半に進むほど、異星人そのものというより、異種の概念が人を侵すことこそコンタクト(コンタミネーション=汚染?)なのだ、という作品になっていく。

 ラインスターが「最初の接触」(1945)を書いた時代ならともかく、今日のSFで、異星人とのコンタクトをストレートに描く作品は(映像効果で見せられる映画やアニメを除けば)あまりない。われわれの常識と異なる存在、エイリアンは、社会やわれわれ自身の中にも無数にあることが分かってきた。たとえば、ウィリスの作品に登場する異星の動物は、隠された人の暗黒部分を象徴している。そこを克服する前に、異星人と「誤解なく」コミュニケーションを取ることができるのかについては、いまだに答えがないだろう。


2017/4/23

ケン・リュウ『母の記憶に』(早川書房)

ケン・リュウ『母の記憶に』(早川書房)
Memory of My Mother and Other Stories,2017(古沢嘉通・他訳)

カバーイラスト:牧野千穂、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 新☆ハヤカワ・SF・シリーズでのベストセラーとなった『紙の動物園』(2015)に続く、古沢嘉通編ケン・リュウ短編集の第2弾である。ショートショート級の短い作品から、中編までを含めた全16作を収録する。編訳者によると、前作以降の新作からと、アメリカで出たケン・リュウ短編集との相違を少なくするという2点に配慮したという(日本版が先に編まれた関係で、本国版の一部が未訳で残っていた)。本書では、表題作を含む13編が初訳になる。著者は精力的に中短編を発表しており、その傍ら中国SFの翻訳紹介も進めている(2作がヒューゴー賞を受賞した)。コンベンションでの発信も積極的で、いまもっとも動向に目が離せない作家だろう。今月開催のローカルコンベンションHal-conにも姿を見せた。

烏蘇里羆(2014):1907年、機械馬を伴い朝鮮国境の山塊深くを探検する、日本人研究者が見た巨大なウスリー熊の正体
草を結びて環を銜えん(2014)*:17世紀の明代末期、満州族に包囲された揚州で、機知を武器に逆境を切り抜けようとする遊女
重荷は常に汝とともに(2012)*:巨塔が残る惑星ルーラには百万年前に滅びた文明があったが、彼らの言葉を解釈する手だては少なかった
母の記憶に(2012)*:不治の病に罹った母は、準光速で飛ぶ宇宙船に乗ることで、家族の未来に立ち会おうとする
存在(2014)*:脳卒中で療養している家族を介護するなかで、主人公が感じとる悔悟と葛藤(存在=プレゼンス)
シミュラクラ(2011):本物からコピーされたある種の模倣人格=シミュラクラの発明者と、普及に反対する娘との葛藤の行方
レギュラー(2014)*:エスコート嬢の殺人事件を調べる探偵は、犯人が行った奇妙な行動に別の事件との共通点を見出す
ループのなかで(2014)*:主人公は、無人攻撃機の操縦者で精神を病んだ父親を教訓に、完全に人を介さない無人攻撃方法を考案するが
状態変化(2004)*:自分の魂を冷凍庫に保存する社会で、主人公は新しく入社した男に思わぬ恋心を抱いてしまう
パーフェクト・マッチ(2012)*:すべての人々が、人工知能ティリーのアドバイスに従って生きている社会
カサンドラ(2015)*:正義のスーパーマンが存在する世界で、主人公は予知夢を視ることができた
残されし者(2011)*:ほとんどの人々が電脳化されて消えたあと、ほんの少しの集団だけが文明の残滓を食って生き残っていた
上級読者のための比較認知科学絵本(2016)*:宇宙からの信号を捉えるため、永久に宇宙へと旅立つ母
訴訟師と猿の王(2013)*:揚州に口だけで難局を乗り切る主人公がいた。その背後では猿の王(孫悟空)の声が聞こえる
万味調和―軍神関羽のアメリカでの物語(2012)*:19世紀のアイダホ準州に住んだ中国人たちが語り聞かせる、中国の古典関羽の物語
『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(〈パシフィック・マンスリー〉誌二〇〇九年五月号掲載)(2014):
 巨大飛行船が健在な並行世界の現代、長距離輸送を生業とする中国人・アメリカ人の夫妻に同行するジャーナリストが書いた紀行文
*:初訳

 本書の作品にはいくつかのパターンがある。一つは中国の物語「草を結びて環を銜えん」「訴訟師と猿の王」で、揚州大虐殺(満州族=後の清国による都市住民の虐殺で、死者20万とも80万ともいわれる)の時代の一断面を切り取る。また、「万味調和」はアメリカ西部開拓期に、中国から肉体労働者として大量に送り込まれた中国人たちを描いている。日系人強制収容より半世紀以上前のお話だが、当時の中国人差別(家族の呼び寄せや、現地での結婚まで禁止された)は、はるかに過酷だった。ただ、これらは告発ではない。時代を生きたであろう人々の、鮮やかな点描が深い印象を与える。「存在」「シミュラクラ」「ループの中で」は、今ではありふれたガジェット(テレプレゼンス、AR、ドローンAI)と、それに翻弄される家族の心情を描いたものだ。スチームパンク風の「烏蘇里羆」「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」では、後者の中国人妻が語る思いと物語の混淆がすばらしい。

 アイデアという点では、ケン・リュウには誰もが驚くような奇想はないだろう。しかし、そこに加えられた主人公たちの思いには、他の作家が成しえなかった深みがある。父と子、母と子、妻や子どもと自分に対する思いは東洋的で、アメリカと中国を知るケン・リュウだからこそ書けたSFといえる。表題作「母の記憶に」は、別視点から書かれた「美亜に贈る真珠」(梶尾真治)である。「美亜…」では時間飛行士を訪れる恋人はあくまでも客観的視点で描かれたが、本作では主人公の一人称なのだ。変わらない母親に対し、子が思うさまざまな情念が心を打つ


2017/4/30

キム・スタンリー・ロビンスン『ブルー・マーズ(上下)』(東京創元社)

キム・スタンリー・ロビンスン『ブルー・マーズ(上下)』(東京創元社)
Blue Mars,1996(大島豊訳)

Cover Illustration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 キム・スタンリー・ロビンスンの代表作である《火星三部作》の完結編。個別作品に対してだが、本書もヒューゴー賞、ローカス賞を受賞している。原著が1992年から96年に書かれたのに対し、翻訳は2001年でいったん途切れ、本書が出るまでに16年を要した。しかし、三部作の完結を機に前作も再版され、全貌を一気に知ることもできるようになった。テラフォーミングされる火星を細密に描き出した、壮大かつ長大(原稿用紙換算6000枚余)な作品である。

『レッド・マーズ』2027年、最初の百人の移民者たちが火星に到着する。冒頭の苦難の開拓シーンに続き、めざましいテラ・フォーミングのありさま、政治闘争と革命の物語が、彼らを主人公たちとして克明に描かれる。友人でありながら成功者と2番手の僻みからついに殺人を犯す男、火星の独立は必然であると叫ぶ男、テラフォーミングを積極的に推進する学者、リーダーでありながら2人の男のはざまで揺れ動く女、神秘的な自然崇拝を主張し仲間から離れていく日本人の女、火星の自然をありのままに残そうとする女や、技術者でありつづけようとする女などなどだ。物語は、第1次火星革命・独立戦争による、軌道エレベータの破壊と、帯水層爆破による大洪水という大きなクライマックスを迎える
『グリーン・マーズ』22世紀初頭、火星独立闘争の端緒となった暴動事件から40年が過ぎた。火星のテラフォーミングは着々と進み、植民者の人口も膨れ上がる。独立派は、隠された拠点で、次の闘争に備えて準備を重ねていた。その一方、地球では国家の力がますます減衰し、超国家的な企業群が、自己の利益を求めて闘争を繰り返していた。
『ブルー・マーズ』2127年、地球では南極大陸の氷床破壊による水害で多くの主要都市が被災する。経済的にも疲弊し、溢れる人口を緩和するため、火星移民を積極的に進めようとする。地球の支配が緩む中、火星ではばらばらだった各勢力が集まり、独立のための憲法を起草する。一方、移民の受け入れを巡って対立も生まれる。火星では地球経済とは違った新しい経済システムも必要だった。そんな中で、長命化処置を受けた最初の百人たちにある異変が生じるようになる。

 リアルというのなら、確かにこれほどリアルな火星開拓と政治力学の物語が書かれたことはない。特に、火星の風景(本書では、対照的な地球の風景も同様に描かれる)は、実に写実的かつ執拗である。三部作では200年が経過する。しかし、寿命が250年に延びる長命化処置のため、主要な登場人物たちは同じなのだ。そういう意味では、世紀を2回跨ぐにも関わらず年代記とはいえない。長命者は英雄とは違う。内面は欠陥だらけの登場人物たちは、多彩さもあって読み応えを感じる。隔絶された火星であるがゆえに、あくまでも個人が主人公でありつづける、というのも魅力的だろう

 本書が書かれたのは20年前だ。火星を巡る科学的知見は増え、国際情勢は大きく変化した。グローバル企業の台頭は予想通りとしても、日本がアジアのリーダーで中国は途上国という本書の未来はもうないだろう。ただ、本書はある種のユートピア小説である。旧来の資本主義を超越した経済(それが、本書に登場するモンドラゴン式資本会社かどうかは別にして)や、テラフォーミングを進めるグリーン派に対して、自然に一切手を加えさせないレッド派の主張など、環境的なユートピアのありようについて、さまざまな主張が描かれている。これは、ロビンスンによる20世紀末版ル・グイン『所有せざる人々』(1974)ではないだろうか。ル・グインは同作により、自身の考える70年代の政治的理想を小説にしている。ロビンスンはこの後に書いた『2312』(2012)で、テーマをさらにアップデートしている。