2018/1/7

リリー・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』(東京創元社)

リリー・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』(東京創元社)
Good Morning,Midnight,2016(佐田千織訳)

Cover illustation:Naoyuki Katoh、Cover design:Jyuryoku Iwagoh+Wonder Workz.

 著者は米国北東部のバーモント州生まれ、ポートランド在住の新鋭作家。本書は2016年の夏に出たばかりの最新作で、著作としては2冊目(最初の作品は自伝的なノンフィクション)、小説としては第1作目になる。著名作家らの推薦を受けて数か国で翻訳、また映像化の計画もあるようだ。

 北極圏にある天文台で、老いた天文学者が一人アマチュア無線で交信しようとしている。彼は天文台からの撤収の際、望んで残留したのだ。だが、世界は何が起こったか分からないまま、完全に沈黙していた。一方、遠い木星の軌道でも、6名の宇宙飛行士を乗せた探査船がNASAとの連絡途絶に困惑していた。長い帰還の時間の中で、乗組員たちは次第にいらだちを顕わにしていく。

 世界滅亡が暗示されるのだが、物語の舞台は2カ所しかない。一つは厳しい冬とつかの間の春の間に孤絶する天文台、もう一つはこれも孤立した宇宙船の船内だ。天文台には老いた天才学者がいたが、傲慢な生活を送った男には家族と呼べるものはなく、かつて見棄てた一人娘の存在が心をよぎる。ところが、どこから来たのか一人の少女が彼の前に姿を見せる。宇宙船では、尊敬する母親に裏切られた(と思い悩む)女性乗組員がおり、家族持ちの科学者やベテラン宇宙飛行士など、船内の隊員たちそれぞれが(任務の目的を失ったがために)抱える内面の苦しみと葛藤している。

《創元海外SF叢書》には、いわゆる本格SFがほとんど含まれず、幻想風味の強い文学作品が収められている。本書も木星探査船が登場し、宇宙船の乗組員がSF小説を読むシーンなどはあるけれど、人類滅亡という大異変についての記述は少ない。その一方、登場人物たちの内面に大きく切り込み、最後は父と娘の人生に収れんしていくのだ。この結末は映画「ゼロ・グラビティ」とスピンオフ短編映画「アニンガ」の関係に似ている。


2018/1/14

上田早夕里『破滅の王』(双葉社)

上田早夕里『破滅の王』(双葉社)

装幀:川名潤

 2017年11月に出た上田早夕里の最新長編。小説推理2016年4月号から17年6月に連載されたものに、新たな章の追加など大幅な修正を加えた作品。「1931年から1945年まで上海フランス租界に実在した日中共同研究機関「上海自然科学研究所」。私はこの研究所の存在を、歴史の闇の中に埋没させたくないという想いから、この作品を執筆しました」(著者のブログ)とある。上海自然科学研究所は、第1次大戦後に対中融和のため設立された、その名の通りの自然科学を研究するための施設だ(旧フランス租界にあった建物は現在も残っている)。日本主導で建てられたが、日中間の紛争が深刻化するにつれて、共同研究という双方の立場は矛盾をはらむものとなっていく。その間の経緯は、例えばこのような文献でネット上でも読める

 1936年、京都帝国大学医学部を出て微生物研究に携わっていた主人公は、教授の勧めもあって上海に渡る。国際色豊かな上海自然科学研究所に勤務するためだった。しかし1937年、盧溝橋で始まる中国軍との全面衝突は、通州事件や大規模な第二次上海事変、南京陥落を招き寄せ、日中間の亀裂は最大限に広がる。翌年、研究所は関東軍の石井軍医中佐の視察を受ける。主人公はそのとき、軍属である医師から満州国にできた新研究所の話を聞く。3年後、日本がアメリカと開戦すると同時に、中国では蒋介石が対日宣戦布告、研究所は自由な国際研究所から国策の研究所へと変貌していく。あるとき、主人公の友人だった1人の研究員が行方不明となる。さらに2年後の1943年、総領事館から奇妙な依頼を受ける。武官の監視下で、未発表の論文の一部を読み、報告するよう指示されたのだ。そこには「キング」と暗号名が付けられた、治療法が存在しない未知の細菌のデータが書かれていた。以降、主人公の運命は大きく変転する。

 石井四郎(最終的に軍医中将)は、731部隊で知られる細菌兵器を研究した関東軍防疫給水部本部の長で実在の人物だ。捕虜相手に人体実験を繰り返したが、その非人道的な行為はアメリカとの秘密取引により罪に問われなかった。本書では、その部隊と「キング」との関係が1つのキーとなっている。主人公は純粋な科学者であろうとするが、周りの状況が個人の意志を捻じ曲げてしまう。友人の研究員や関東軍の医師、細菌を培養する研究者らも時代の空気に呑まれ、最悪の病原兵器開発に巻き込まれていく。そんな中で、軍人である1人の登場人物は独自の考えを持つようになる。

 著者は前掲のブログの中で「この作品では、歴史上に存在する各種の隙間にそのつど細かくフィクションを差し挟んでいく手法をとりました。歴史を背景としてフィクションがその上に乗っかっているのではなく、歴史の隙間にフィクションが在るという形態です」と述べている。実在した研究所、実在した石井部隊と、日中戦争の史実を置き(解釈に相違があるものは、微妙な表現となっている)、その間に未知の細菌R2v=キング(破滅の王)や、主人公をはじめとする架空の人物を挟むという意味なのだろう。この組み合わせはとてもシームレスで迫真的なため、日中戦争を知らない読者には、すべてがフィクションだと思えるかもしれない。大半は主人公個人の視点で書かれているが、著者の多視点型長編(『華竜の宮』など)と比べて違和感がないのは、物語の舞台や時代そのものが多層的だからだろう。

 本書では『復活の日』などと違って、パンデミックが食い止められたかのように読める。しかしそうではない。本文には書かれていないが、補記で短く示唆されているからだ。歴史を歪める影響があったと思われるが、どうなったのか気になる。


2018/1/21

田中啓文『宇宙探偵ノーグレイ』(河出書房新社)

田中啓文『宇宙探偵ノーグレイ』(河出書房新社)

カバーデザイン・装画:YOUCHAN(トゴルアートワークス)、カバーフォーマット:佐々木暁

 田中啓文はジャンルを越えた多彩な作家で、2017年だけでSF、ミステリ、時代小説、落語、ジャズ青春小説など7作を刊行している。本書は11月に出たSF。小説宝石の別冊「SF宝石」「宝石 ザ ミステリー」の2014年から16年版に収録された4作+書下ろし1作から構成されている。主人公の宇宙探偵ノーグレイがさまざまな惑星で、ありえない難事件を解決するという連作である。

 怪獣惑星キンゴジ(2014):巨大な異星生物を飼育する怪獣ランドで、最強生物ガッドジラが殺された。犯人はいったい何ものなのか。天国惑星パライゾ(2014):パライゾの隔離施設ヘヴンには、教祖の教えに従う信者たちしか住めない。そこで殺人事件が発生、道徳的な禁忌を植え付けられたはずの住人に何が起こったのか。輪廻惑星テンショウ(2015):80年間鎖国されていた惑星にノーグレイが呼ばれる。どうやらこの惑星には定員があるらしいのだが。芝居惑星エンゲッキ(書下ろし):住人全員が予め定められた台本に従って生きていく惑星で、脚本にない事件が起こったら。猿の惑星チキュウ(2016):地球の住人の中に巨大な猿の姿が見えるようになる。地球が猿の惑星となる兆しなのだが、それはあるきっかけで始まった。

 どの作品にも著者得意のギャグやダジャレが溢れているが、本書自体はトラディショナルなSFとして書かれている。人物描写は最小限にとどめ、シチュエーションのロジカルな説明に重点を置き、そこをひっくり返す展開で読者を引き込むスタイルだ。極端な設定(冒頭作の場合、異形の生態系を持つ惑星に設けられた怪獣ランド)と、奇想アイデア(怪獣殺人を調査する方法など)の組み合わせである。これは使い方しだいで風刺小説での現実のデフォルメにも使えるし、それ自身で実験的な小説にも、予測不能なストーリーが重要なエンタメ小説にもなる。本書の各作品もあらためて読むと、道徳や倫理、宗教的な世界観、日常生活の劇場化、混ざりあう並行世界と、破天荒さを越えた哲学性までがうかがえる。構造が単純である分、深読みしやすくなっているせいだろう。

 本書の各編は同じ終わり方だ。しかし、この結末は物語の謎解きにまったく影響を与えない。主人公=人間が物語より下位にあるわけだ。これは批評的に探偵ものを描いたともとれる。


2018/1/28

アンディ・ウィアー『アルテミス(上)』(早川書房) アンディ・ウィアー『アルテミス(下)』(早川書房)

アンディ・ウィアー『アルテミス(上下)』(早川書房)
Artemis,2017(小野田和子訳)

カバー:岩郷重力+N.S

 著者の初出版で2014年に出た『火星の人』(2011年に電子書籍)は、ベストセラーになりマット・デイモン主演「オデッセイ」として映画化もされた。あれから3年が経ち、本書は満を持した長編第2作目である。出版と同時に、20世紀フォックスでの映画化がアナウンスされている(主演など詳細は未定)。

 今世紀末の未来、アポロ11号が人類初の月面着陸をした静かの海に、ドーム型月面都市アルテミスが設けられている。人口わずか2000人余り、住人は超富裕層と都市のメンテナンスを仕事とする多様な人種からなる労働者だ。主人公はサウジアラビア国籍の女性、実入りの良い月面観光ガイドを目指しているが今はポーターが仕事である。ある日彼女は、知人の富豪から一見不可能と思える危険な依頼を受ける。

 トランプ政権のアメリカも、月面基地を計画しているようだ。しかし、アルテミスはそんな超大国が作ったものではない。ケニアの辣腕財務大臣が世界中から投資を募り、採算がとれる事業として建設したものなのだ。目的は観光、保存されたアポロの着陸地点までレールが敷かれ、観光収入で町は営まれている。ようやく宇宙旅行のコストも下がり、少し無理をすれば一般の観光客でも月にやってこれるようになった。いかにも観光都市らしく、ドームにはアポロ11号乗組員の名前(コンラッド、オルドリン、ビーン、シェパード、アームストロング)が付いている。加えて、高額な出費をいとわない定住富裕層は、もう一つの重要な収入源だった。それ以外の住民は多様、サウジアラビアやベトナム人らが職能ごとにギルドを構成している。しかし、そんな都市の生活を揺るがす大事件が起こる。

 前作は冒頭で大事件が発生、いくつかのトラブルが連続し、最後にまたサスペンスというストーリーだった。対照的に、本作はまず主人公のキャラで前半をひっぱり、後半に至って、不可能な事態をいかに可能にするかという展開になる。父親は真面目なイスラム教徒の溶接工、本人は野心家だが、直情的ではなくロジカルな思考の持ち主だ(だからこそ、危機を工夫で乗り切れる)。友人の富豪もそこを見込んで陰謀に誘い込む。人間関係が苦手なオタクのマニアも登場(よくあるパターンながら、著者の分身でもあるのだろう)。後半の工学的リアリティは、前作を思わせる。アルテミスは独立国ではない。犯罪者を裁く権利も厳密には元の国籍にあるが、何しろ遠隔地にあるので無法はある程度容認される。そういう西部劇を思わせるラディカルさも生きている。