2017/3/5

オキシタケヒコ『おそれミミズク』(講談社) 宮澤伊織『裏世界ピクニック』(早川書房)

オキシタケヒコ『おそれミミズク』(講談社)
イラスト:吉田ヨシツギ、デザイン:岡本歌織(next door design)

宮澤伊織『裏世界ピクニック』(早川書房)
カバーデザイン:伸童舎、カバーイラスト:shirakaba

 2012年第3回創元SF短編賞優秀賞のオキシタケヒコと、同じく2015年第6回受賞作家の宮澤伊織が、ともに2月20日に発売した実話系ホラー/SFである。実話系というのは、投稿者が語ったり作家や編集者が取材した「本当にあった話」のこと。真偽はさておき創作ではない(とされる)怪談であり、一般化すると都市伝説になるようだ。小説ではないので、怪異の原因が分からない/説明がつかないまま、オープンエンドとなったのものが多い。これらを素材にして2つの作品は作られている。

おそれミミズク:主人公は小学校時代に両親を亡くし、田舎で新聞販売所を営む叔母の家に預けられて育った。しかし彼には10年続く習慣がある。山奥の屋敷に住む少女の下に毎週通い、怖い話を聞かせるというものだ。その少女は、窓のない座敷牢の中に閉じ込められている。

裏世界ピクニック:この世界の裏側には別の世界があり、出入りができる隠されたゲートがある。主人公の女子大生は偶然紛れ込んだ異世界で、同年代の金髪美女と知り合い命を助けられる。その美女は異様な生物が跋扈するこの世界に詳しいが、行方不明となった大切な人の捜索が目的なのだという。

 同じ実話系といっても、2作は構造的にも全く違う。オキシタケヒコは文字媒体の怪談本から始まり、孤独で自分の立ち位置の定まらない青年(22歳)が、怪談を媒介にして一人の少女と出会い、やがて自分の背後にある真相を明らかにするという、ある意味成長小説のような物語になっている。実話怪談の不気味で得体のしれないお話が、どんどん意味を持つものに変質していく過程が楽しめる。前半と後半で登場人物の性格も大きく変わる。オープンエンドで終わらせなかったのは、SF出身という出自もあるのだろう。

 対する宮澤伊織は、ネット系実話(ネットロア)をベースにしている。cakesのインタビューで「異世界に行っちゃう系の怪談というのが、ここ10年くらいネット上で流行っているのを観察していたので、これで『ストーカー』をやれるんじゃないのかというのが最初の発想」とあり、標題となった『裏世界ピクニック』は『路傍のピクニック』(『ストーカー』はタルコフスキー映画化時の題名で、こちらが正式の原題)から採られたのだろう。加えて、同じ映画をテーマとしたウクライナ製PCゲームの影響も受けているとある。確かに、本書の中でのゾーンの描き方は、異生物によるトラップが張り巡らされたゲーム風だ。発端から世界に入り込み、これはゾーンなのだと早々に種明かしして、ネット系怪談の化け物をそこに現出させていく。女子大生と美女、オタク風科学者も女性、捜索する行方不明者も女性と、そういう百合風組み合わせで書かれている点が新しい。


2017/3/12

G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』(東京創元社)

G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』(東京創元社)
Alif the Unseen,2012(鍛冶靖子訳)
装画:引地渉、装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 G・ウィロー・ウィルソンは1982年生まれの米国作家。本書は、著者の書いた(文字のみの)初長編である。2013年の世界幻想文学大賞を受賞している。ジャーナリスト、グラフィックノベル作家、コミック作家でもあり、ムスリムの少女が活躍するコミック、《ミズ・マーベル》は、2015年にヒューゴー賞グラフィックストーリー部門を受賞した。大学時代にイスラム教に惹かれ改宗、20代半ばまでエジプトのカイロに住んでいたという(今でも毎年訪れる)。夫とはそのとき知り合った。

 中東の首長国家のどこか。〈シティ〉に住む主人公は天才的なハッカーだったが、インドとアラブの混血という出自を気にすることがある。知り合った上流階級の女子大生とただならぬ関係となるも、ある日得体のしれない古書を送りつけられ、関係の清算を迫られる。同じころ、彼が考案したハッキングプログラムが、ネット検閲組織の摘発を受け、大混乱が巻き起こる。

 古書は『千一夜物語』の裏の存在とされる写本で、リアルなはずの中東の都会から、魔物(アフリート)が徘徊するファンタジイの世界がつながっている。ハッカーの友人、幼馴染で同年代の女性、王族の血筋の元恋人とここまではリアル世界だが、そこに吸血鬼と呼ばれる妖怪めいた男や、アメリカ人の研究者、モスクの長老、保安局の高官や謎のハッカー仲間が絡んで物語は迷宮めいてくる。

〈シティ〉のインターネットをめぐるハッキング合戦と、アラビアンナイトの魔法の世界がシームレスという感覚は、著者独自のものだ。ハッキング合戦の途中でパソコンがオーバーヒートして燃え上がったり、呪文のようにプログラムのコードが操られたりする。魔法と現実が混淆している。ファンタジイというより、軽快な冒険小説として読める。このリーダビリティは、多くのコミック原作を手掛けてきた著者の実力ならではだ。物語の中で、妙にリアリスティックな言動を吐く、イスラム改宗者のアメリカ女性が出てくるが、これは自身を象徴する登場人物なのだろう。


2017/3/19

ダリル・グレゴリイ『迷宮の天使(上)』(東京創元社) ダリル・グレゴリイ『迷宮の天使(下)』(東京創元社)

ダリル・グレゴリイ『迷宮の天使(上下)』(東京創元社)
Afterparty,2014(小野田和子訳)

Cover Design:岩郷重力+W.I、Cover Illustration:Z2 GG 30

 著者は1965年生まれの米国作家。デビューは1990年だが、兼業作家のためか、小説は長編5、短編集1と多くはない。これまでに、「二人称現在形」(2005)が〈SFマガジン2007年1月号〉に翻訳されている。代表作は小冊子版で出て、2015年に国際幻想文学賞やシャーリー・ジャクソン賞を受けたノヴェラ(中長編) We Are All Completely Fineになる。

 物語は、主人公の神経科学者が精神病棟を退院する場面から始まる。10年前、主人公はベンチャー企業で開発した新薬ヌミナスにまつわるトラブルで、かつてのパートナーを亡くしていた。その後、ニューロンの再編成を行う画期的な新薬は葬り去られたはずだった。しかし、入院中に起こった少女の死に、ヌミナスの影響が疑われた。再び薬の影がつきまとうようになる。誰が何のために仕組んでいるのか。

 主人公は薬の後遺症で、精神病棟に入院し、天使の姿をした明白な幻覚と共存している。天使は話し相手なので、根本的な治療を受けないようにごまかすのだ。カナダから、先住民居留地、アメリカまで、真相を求めての旅の途上で、旧い仲間たちの手助けがある一方、謎の追跡者の暴力が立ちふさがる。最後には意外な犯人が姿を現す。

 帯に書かれた「意識はまぼろしである。自由意志は存在しない」に相当する部分が出てくるのは下巻になってから。その辺りはピーター・ワッツ調だが、ノーマルな人類が出てこないワッツと違って、本書の登場人物は(ヤク中などの問題があるとしても)ふつうの人間ばかりだ。ドラッグによる、イーガン風の神の顕現が描かれる。そこも、思索的な方向に振らず、エンタティンメントにアレンジされているといって良いだろう。

 ドラッグ小説「二人称現在形」の印象があるので、本書も脳科学をメインにしたスペキュラティブなものかと思ったが、もっとくだけたサスペンスに近い作品となっていた。読んでいて思い出すのは、ケイト・ウィルヘルムの『クルーイストン実験』(1976)などの医学サスペンスである。超自然的、SF的な要素は少なく、人間ドラマに主眼があるからだ。


2017/3/26

ウィル・ワイルズ『時間のないホテル』(東京創元社)

ウィル・ワイルズ『時間のないホテル』(東京創元社)
The Way Inn,2014(茂木健訳)

装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。写真:(C)Jimmi HWC/500px/amanaimages

 著者は2012年にデビューしたロンドン在住の英国作家で、著作はまだ2冊しかない。本書はその2作目にあたる。作家になる前は建築デザイン雑誌の副編集長を務めていた。SFプロパーの作家ではないが、J・G・バラードの熱心なファンで、その影響は本書の中にも見ることができる。

 主人公はイベント参加自体を仕事にしている。世界各地で開催されるビジネス見本市で情報収集をするため、ホテルを泊まり歩く毎日だ。この日も巨大イベント・ミーテックス参加のため、定宿のホテル・チェーン ウェイ・インにチェックインする。ところが、イベント会場で予想外のトラブルに巻き込まれ、それをきっかけにホテルの背後に広がる未知の迷宮に入り込んでしまうのだ。

 世界では、ビジネスを目的とした巨大コンベンションが数多く開かれている。ドイツのハノーバー・メッセ、ラスベガスのインターナショナルCESなどが有名だ。残念ながら、日本にはこの規模に匹敵するイベントはない。一般人の参加ができるものもあるが、メインは企業の存在誇示とビジネスに結びつけるための商談である。主人公はそういうイベント会場と隣接するウェイ・インに宿泊する。ホテルは一流ホテルほどの豪華さはないが、合理的で無駄がなく世界中どこでも同じという安心感があった。ところが、ホテルの調査をしていると称する女、破格の優待条件を口にする支配人と出会ったことで、彼はホテルの中に閉じ込められてしまう。

 解説者の若島正は、プリーストが本書を絶賛しているのを見つけ存在を知ったという。プリーストは、バラードの社会風刺作品『千年紀の民』(2003)『スーパー・カンヌ』(2000)『コカイン・ナイト』(1996)や、初期作『コンクリートの島』(1973)『クラッシュ』(1973)『沈んだ世界』(1962)などを挙げ、その関係の深さを語っている。実際、このホテルの無機質さ、登場人物の異様さはいかにもバラード的といえる。惹き句で『シャインニング』とあり、確かにそれを思わせる人物は出てくるものの、キングほどのパラノイアさは見られない。むしろ筒井康隆的な乾いたスラップスティックさ、「遠い座敷」「エロチック街道」に見られる幻想性に近いものが感じられる。