2017/1/1

森岡浩之『突変世界』(徳間書店)

森岡浩之『突変世界 異境の水都』(徳間書店)

カバーフォト:Moment/Getty Images、カバーデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 第36回日本SF大賞を受賞した『突変』(2014)と同じ舞台設定で書かれる新三部作の第1作目である。著者の説明によると、「時系列的には、『突変』の前になる。したがって、『突変』の未読は、『異境の水都』のストーリーを理解する妨げとはならない」とある。物語は『突変』の4年前の大阪から始まる。

 世界中で突然変移(地球上の特定地域が、生物進化が全く異なる異世界の地球と入れ替わってしまう)=突変現象が頻発するようになった近未来、セキュリティー会社に勤務する主人公は、勢力を拡大しつつある宗教団体「アマツワタリ」の若き指導者を護衛するよう社命を受ける。いつ突変が起こってもおかしくない不穏な情勢下で、暴走族めいた新興勢力「魁物団」や、サバイバルビジネスを手掛ける企業「五百住四郎商店」が、警察や府庁など旧態然の組織を凌駕しつつあった。そこで、大阪を中心とした関西の広域が突変に巻き込まれる。一時的に維持できたインフラ、燃料、食料、武器もこのままでは枯渇する。主導権を巡って、新興勢力同士の抗争が勃発する。

 孤立する世界が大阪なので、政府に置き換わる代替機関が存在しない(地方自治体が政府と同等になる法的裏付けがない)。つまり、政治の問題はだいぶ自由に考えられる。自衛隊の大きな駐屯地はなく、大阪域内を武力制圧できる既存勢力がない。著者はその状況をうまく使っている。救済を宗教に求める人々は、気丈な女子高生が率いるアマツワタリにすがる。軽薄ながらリーダーシップのある青年社長は、大規模な備蓄倉庫をバックに公的機関の代替をもくろむ。暴走族グループは粗野だが抜け目のない団長を得て、独自の武力による覇権収奪を図る。この3つの勢力が主役である。

 物語の主な視点は、この3者とは少し離れた位置にある警備会社のボディガードにある。急な異動で、事情を知らないまま教団の女子高生指導者を警護する役目につくが、その過程で、教団の成り立ちや会社との関係、暴走族の団長の出自などが分かるようになっている。元の世界との通信を目指す、量子コンピュータまで出てくる。そういう意味で、本書は異世界で小さな町が孤立する前作とは大きく趣が異なる。無法化した新世界での、本格的な覇権争いと権謀術数のお話なのだ。正統派アフター・デザスター小説といえる。ちなみに、攻防戦の舞台となる大阪湾の人工島夢洲は、カジノや万博誘致で有名になったところ。橋2本があるだけで孤立している。大半は埋め立てたままの更地だ。


2017/1/8

人工知能学会編『AIと人類は共存できるか?』(早川書房)

人工知能学会編『AIと人類は共存できるか?』(早川書房)

Book Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 人工知能学会の30周年記念出版で、SF作家の小説と専門家の解説がコラボになったオリジナル・アンソロジー。倫理・社会・政治・信仰・芸術とAIの関わり、という一応のテーマがあるが、小説自体は自由に書かれている。人工知能学会は学会誌にSFショートショートの連載を続け(2016年11月号で23回)、記念座談会「SF 作家×AI 研究者:未来を語る」(2015)を設けるなどSFとの親和性が高い。2年ほど前に、擬人化された掃除ロボットのイラスト表現が問題になったことがあったが、その後も、学会誌の表紙はロボットのイラストが描かれている。いわゆる学術論文が載る「論文誌」と違って、「学会誌」はどの学会でもカジュアルな内容、エッセイやサーベイが多くなるのがふつうだ。人工知能学会におけるSFもその一環なのだろう。

・早瀬耕「眠れぬ夜のスクリーニング」×東京大学特任講師・江間有沙
 睡眠不足に悩む主人公は、コンサルタントの医師がAIではないかと疑う
・藤井太洋「第二内戦」×電気通信大学大学院情報理工学研究科教授・栗原聡
 アメリカはAIを禁止する保守的な州と、自由な州の2つに分断されていた(大統領選挙前に書かれた作品)
・長谷敏司「仕事がいつまで経っても終わらない件」×国立情報学研究所・相澤彰子
 政治にAIを取り入れた結果、別の要素で果てしなき人力が必要になる
・吉上亮「塋域の偽聖者」×筑波大学システム情報系助教・大澤博隆
 チェルノブイリの汚染地帯ゾーンに生まれた聖者の本当の姿とは
・倉田タカシ「再突入」×公立はこだて未来大学教授・松原仁
 芸術がAIにより人の手から離れつつある未来、一人の巨匠の宇宙葬が進むのだが

 SF作家による小説の後に、各専門家がその解釈と対応するAI研究の現況を語る、という趣向になっている。専門分野からの解釈は文藝関係者のレビューではないので、なかなかユニークなものとなっている。たとえば「倫理」では研究倫理(遺伝子、知能、軍事利用)について、「社会」では人工知能を生み出すネットワークや群体(脳の神経細胞など)の力について、「政治」ではAIによる世論誘導について、「信仰」では人とインタラクションする癒しロボットについて、「芸術」では星新一賞などでのAIによる創作をどう評価するかについて、それぞれ述べられている。

 その一方、小説で描かれているのは、早瀬耕の人の役割がAIに置き換えられた日常、藤井太洋の相場をコントロールする盗用AIの正体、長谷敏司のAIのできない仕事をするのは誰なのか、吉上亮の環境隔離された異世界でのテロリストとの確執、倉田タカシのAIを媒介して生まれる芸術の意味、などとなっている。早瀬耕が描く世界は今の日常のメタファーといえるし(技術的に可能かどうかは別にして)、藤井太洋や長谷敏司の作品は現実社会で近い将来起こりうる事件だろう。本書のオーナーは人工知能学会なのだから、研究者による解釈部分が、現在の研究に結びつける観点になるのはやむを得ない。小説で提示された課題は解き明かされないが、実用化されつつあるAIについて、さまざまな視点が読めるのは興味深い。


2017/1/15

ナオミ・ノヴィク『ドラゴンの塔(上)』(静山社)ナオミ・ノヴィク『ドラゴンの塔(下)』(静山社)

ナオミ・ノヴィク『ドラゴンの塔(上下)』(静山社)
Uprooted,2015(那波かおり訳)
カバーイラスト:カガヤケイ、ブックデザイン:藤田知子

 ナポレオン戦争の時代にリアルドラゴンの航空部隊が存在したら、という《テメレア戦記シリーズ》(2006-16)で知られるナオミ・ノヴィク初のシリーズ外単独長篇である。《テメレア》は第9巻 League of Dragonsで完結(邦訳は第6巻『テメレア戦記VI 大海蛇の舌』まで)したが、デビュー作でもあるこのシリーズがあまりに人気が高かったため、本書が出るまで単独作が書けなかったのだ。

 東欧ポールニャ国と東の隣国ローシャとの国境には渓谷があり、森が広がっていた。そこは〈ドラゴン〉と呼ばれる魔法使いの領地で、田舎の村や町を森の侵攻から守る役割を果たしていた。10年に1人、魔法使いは17歳の娘を選抜し塔へと召喚する。主人公は容姿も劣り、目立たない存在だったが、思いがけず選び出され、塔での生活がはじまった。そこで、彼女は森の由来と王家の秘密を知ることになる。

 本書は、ケン・リュウの初長編『蒲公英王朝記』やアン・レッキ―三部作完結編の『星群艦隊』を抑え、2016年のネビュラ賞長編部門を獲得した。他でもローカス賞ファンタジイ長篇部門や英国幻想小説協会BFSのロバート・ホールドストック賞など多数を受賞、受賞がならなかったヒューゴー賞でも第2席を得た話題作だ。

 著者はニューヨーク生まれの米国人だが、両親がポーランド系であることから、本書の地名はポーランドやロシアを思わせるものだ。おそらく現地の民話が取り入れられているのだろうが、詳細は分からない。ここで、森がナウシカの腐海やもののけ姫の原生林のように、人を寄せ付けず、あるいは人の領域を脅かす強力な存在に描かれるところが、注目すべきポイントだろう。もちろん、そのまま自然が悪で、人間が善という物語ではない。

 百年を超えて生きる魔法使い〈ドラゴン〉は気難しいが、外見は若々しく主人公を支える。森から魔法で救出される友人、勇敢だが直情的でもあるマリク王子、その取り巻きで狡猾な魔法使い〈ハヤブサ〉や、味方になってくれる公認の魔法使いたちなど、多くの登場人物が物語を彩る。雰囲気としては、若い(未成年の)主人公対大人というジュヴナイル風だ。前半は主人公が持つ不思議な才能を巡る成長物語、後半は王家の宮廷を巻き込む陰惨な攻城戦が描かれており、読み手を飽きさせない。


2017/1/22

飛浩隆『自生の夢』(河出書房新社)

飛浩隆『自生の夢』(河出書房新社)

装画:agoera、装幀:川名潤(prigraphics)

 飛浩隆の第3短篇集である。第26回日本SF大賞を得た2004年の第1短篇集『象られた力』以来12年、連作短編集『ラギッド・ガール廃園の天使II』からでも10年ぶりの単行本だ。本書は、1〜3年に一度のペースで書かれた中短編7作(ペアとなる1作を含む)を収めたものである。14年間で単行本4冊、そのうち3冊は最初の4年間に出たものなので、最近の沈黙期間の長さが気になるが、未完の長篇など新作への期待は依然として高い。「現代SFの最高峰」(帯の惹句)とあるように存在感が大きい作家なのだ。

・海の指(2014):灰洋と呼ばれる海に浮かぶ閉ざされた島には、失われた文明の痕跡が漂着する
・星窓 remix version(2006):気まぐれで夏休みの旅行をキャンセルした主人公は星の見える窓を買う
・#銀の匙(2012):妹が生まれた日、兄の物語を記録する電子エージェントが記述したもの(「曠野にて」とのペア作品)
・曠野にて(2012):電子エージェントを操る異能者となった妹は、仮想空間で文章を生成するゲームを自在に操る
・自生の夢(2009):地下深くに幽閉された、作家でもある殺人者は、暴走する〈忌字禍〉に立ち向かうよう要請されるが
・野生の詩藻(2015):曠野の中、野生に放たれた文字に罠をかけようとするふたりの男たち
・はるかな響き(2008):はるかな古代、猿人の一人は石柱から聞こえる〈響き〉の存在を知る

 「自生の夢」「海の指」は、それぞれ第41回、46回の星雲賞日本短編部門を受賞している。また「#銀の匙」「曠野にて」「自生の夢」「野生の詩藻」は、天才少女アリス・ウォンが生み出した物語空間で起こる災厄〈忌字禍(イマジカ)〉を描いた一連の作品である。

 3分の2までが〈忌字禍〉ものなので、まず、抽象的なはずの文字やフィクションが具象化/異形化する文字変容テーマが目に付く。現実世界を模倣/シミュレートする電脳空間は当たり前になったが、純粋な文字だけの仮想空間を考えたところが著者のユニークさだ。その一方、「海の指」(情報が混沌とした海の中で音によって形を見出す)や「はるかな響」(宇宙をむすびつけるある種の音の存在)などでみられる音や音楽に対するこだわりが、人類の産み出した2大発明ともいえる言葉と音楽を象徴しているようで印象的だ。


2017/1/29

ピーター・ワッツ『エコープラクシア(上)』(東京創元社) ピーター・ワッツ『エコープラクシア(下)』(東京創元社)

ピーター・ワッツ『エコープラクシア(上下)』(東京創元社)
Echopraxia,2014(嶋田洋一訳)
Cover Illustration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+W.I

 本書は、異色ハードSFとして大いに話題を呼んだ『ブラインドサイト』(2006)の、8年ぶり続編である。翻訳としても、ほぼ3年ぶりとなる。前作は2014年の星雲賞海外長篇部門を受賞した他、ポーランド(2賞)、ロシア、フランス、スペイン、フィンランドなどで合計7つの賞を得た(帯に書かれている7冠)。ここで注意が必要なのは、これらすべてが非英語圏だったことだ。同じ英語圏の、ローカス賞、キャンベル記念賞やヒューゴー賞では3〜5位、自国カナダのオーロラ賞やサンバースト賞でも最終候補にとどまっている。それだけ、原文でのインパクト(難解さ、あるいは好き嫌い)が際立ち、意見が割れたということなのだろう。

 異星知性体と接触した〈テーセウス〉が、消息を絶ってから7年が経った。主人公は砂漠でフィールドワークする生物学者だったが、両球派と呼ばれる集合精神を構成するグループの修道院で、軍用に訓練されたゾンビを操る吸血鬼との戦いに巻き込まれる。そして、雇われ操縦士、軍人らと共に太陽近傍のイカロス衛星網へと旅立つことになる。やがて、彼らの乗る宇宙船〈茨の冠〉は、異星知性体〈ポルティア〉と遭遇するが。

 反響動作=エコープラクシアとは何か。この言葉は、精神疾患の症状のひとつで、目の前の人の動作をそっくり真似てしまう行為を指す。同じように、相手の言葉をそのまま繰り返すものを反響言語という。どちらも、患者側は自分がしていることを意識していない。自分の意志にかかわらず、無意識、機械的に行ってしまう。本書のテーマ、「自由意志の不在」を象徴する言葉である。

 本書の結末は、前作ほどではないが、やはり明快ではない。しかも登場人物には、過去に起こした大きな「罪」を背負う主人公、乗組員が全滅した〈テーセウス〉に息子を送り出した軍人、デジタル神学(宇宙は計算機の演算結果とする)を説く両球派信者たち、束縛された自らの解放を画策する吸血鬼など、きわめて複雑な(かつ感情移入し難い)背景が設けられている。これらについては、作者自身による解説や、渡邊利通による解釈などが参考になるだろう(ネタバレ云々とは関係なく、解説を先に読んでも頭に入ってこないので、読後に読まれることをお勧めする)。

 また『ブラインドサイト』と本書をつなぐ短篇「大佐」が、下巻に収録されている(単独の電子書籍としても購入可能)。この作品は時期的には本書の直前にあたり、ムーア大佐という登場人物の背景を補完するものとなっている。