ナポレオン戦争の時代にリアルドラゴンの航空部隊が存在したら、という《テメレア戦記シリーズ》(2006-16)で知られるナオミ・ノヴィク初のシリーズ外単独長篇である。《テメレア》は第9巻 League of Dragonsで完結(邦訳は第6巻『テメレア戦記VI 大海蛇の舌』まで)したが、デビュー作でもあるこのシリーズがあまりに人気が高かったため、本書が出るまで単独作が書けなかったのだ。
東欧ポールニャ国と東の隣国ローシャとの国境には渓谷があり、森が広がっていた。そこは〈ドラゴン〉と呼ばれる魔法使いの領地で、田舎の村や町を森の侵攻から守る役割を果たしていた。10年に1人、魔法使いは17歳の娘を選抜し塔へと召喚する。主人公は容姿も劣り、目立たない存在だったが、思いがけず選び出され、塔での生活がはじまった。そこで、彼女は森の由来と王家の秘密を知ることになる。
本書は、ケン・リュウの初長編『蒲公英王朝記』やアン・レッキ―三部作完結編の『星群艦隊』を抑え、2016年のネビュラ賞長編部門を獲得した。他でもローカス賞ファンタジイ長篇部門や英国幻想小説協会BFSのロバート・ホールドストック賞など多数を受賞、受賞がならなかったヒューゴー賞でも第2席を得た話題作だ。
著者はニューヨーク生まれの米国人だが、両親がポーランド系であることから、本書の地名はポーランドやロシアを思わせるものだ。おそらく現地の民話が取り入れられているのだろうが、詳細は分からない。ここで、森がナウシカの腐海やもののけ姫の原生林のように、人を寄せ付けず、あるいは人の領域を脅かす強力な存在に描かれるところが、注目すべきポイントだろう。もちろん、そのまま自然が悪で、人間が善という物語ではない。
百年を超えて生きる魔法使い〈ドラゴン〉は気難しいが、外見は若々しく主人公を支える。森から魔法で救出される友人、勇敢だが直情的でもあるマリク王子、その取り巻きで狡猾な魔法使い〈ハヤブサ〉や、味方になってくれる公認の魔法使いたちなど、多くの登場人物が物語を彩る。雰囲気としては、若い(未成年の)主人公対大人というジュヴナイル風だ。前半は主人公が持つ不思議な才能を巡る成長物語、後半は王家の宮廷を巻き込む陰惨な攻城戦が描かれており、読み手を飽きさせない。