2015/7/5

ロベルト・ポラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』(白水社)
La literatura nazi en America,1996(野谷文明訳)

装丁:緒方修一、Photograph by Jacques Henri Lartigue

 白水社から出ているポラーニョ・コレクションの一冊。2003年に50歳で亡くなったポラーニョは、チリ生まれで最後はスペインに住んでいた。ラテンアメリカ/スペイン語文学の大物で、既に高い評価を得ている。ただ、本書はSF関係者からも注目されていた、初期の架空書評集であり、中には(架空の)SF作家までが混じり合う特異な作品だ。

 例えば、J・M・S・ヒルは、アメリカ中西部を思わせる荒涼とした冒険ファンタジイを書き、1936年30歳で亡くなる。ザック・ソーデンスターンは人種差別的な3つの壮大な〈オコーネルと第四帝国サガ〉で成功したカルト作家、2021年に没する。グアテマラのグスタボ・ボルダは浅黒い肌の小男で、ドイツ語の登場人物、ドイツ語の植民都市、宇宙警察はSSという小説を書き、2016年死去。ハリー・シベリウスはノーマン・スピンラッドとフィリップ・K・ディックの影響を受けて、ファシスト制圧下のアメリカにおける細かな政治機構を描いて、2014年没。

 マルセル・シュオブ『架空の伝記』(最近出た国書刊行会の全集にも収録されている)、ボルヘスにも架空伝記、評論、辞典がある。SFではレムが有名で(下記)、ポラーニョはこれらを承知の上で書いているという(訳者解説や毎日新聞の鴻巣友季子評)。それらとの違いは、対象が「ナチ文学」=ある種ジャンル小説なのだという点だろう。南米の国は第二次大戦では、アメリカ合衆国との関係もあって連合国側に付いた。しかし元宗主国スペインはファシスト政権下だったし、何しろ戦争は海のかなたの出来事だ。戦後、多くのナチス信奉者を(非公式に)受け入れる素地があった。独裁者、非民主的な政争、暴力を伴う軍事クーデター、革命とテロ、そういう背景にナチ文学は違和感なく溶け込む。とすると、本書のような奇妙な作家たちが30人存在したとしても、実は奇妙ではない。描かれ方は事典風ではなくレビュー風、最後は小説になっている。

 

2015/7/12

大森望・日下三蔵編『折り紙衛星の伝説』(東京創元社)


Art Work:鈴木康士、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 恒例となった年刊日本SF傑作選の第8弾、今回は2014年発表作から採られたもの。

 長谷敏司「10万人のテリー」:国際人工知性機構は、不法な電脳化人間、人工知能を追跡する
 下永聖高「猿が出る」:主人公の視界の中に猿が見えるようになる。そいつはだんだんと変化していく
 星野之宣「雷鳴」(コミック):巨大な草食恐竜は、いかにしてその体を支えていたのか
 理山貞二「折り紙衛星の伝説」:幼い頃、紙飛行機を飛ばした思い出を、今は軌道の上で再現する
 草上仁「スピアボーイ」:異星の空、大群を作って飛ぶスピアを、意のままに操る空のカウボーイたち
 円城塔「φ」:言葉を満たす空間が次第に縮小し、ついには消滅してしまうまで
 堀晃「再生」:心臓手術をするために入院した主人公は、病室から黒猫の看板を見る
 田丸雅智「ホーム列車」:故郷に帰ろうと駅のプラットホームにあがると、そのホームが動き出す
 宮内悠介「薄ければ薄いほど」:北海道にあるホスピスで、一人の入居者が自殺する
 矢部嵩「教室」:教室で交わされる、意思疎通のないランダムな会話
 伴名練「一蓮托掌」:生誕百年記念ファンジンに載った、ラファティパスティーシュ短篇
 三崎亜記「緊急自爆装置」:近頃増えてきた市民の自爆に対するサービスとして、公共の自爆装置を設置する
 諸星大二郎「加奈の失踪」(コミック):海水浴場に遊びに来ていた女子たちの一人、加奈が行方不明となる
 遠藤慎一「「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ〜その政策的応用」:人工知能に関する架空論文、第1回星新一賞受賞作
 高島雄哉「わたしを数える」:電脳空間に採取された皿屋敷のお岩、第1回星新一賞最終候補作
 オキシタケヒコ「イージー・エスケープ」:古い地球圏から、コロニー連邦へと脱出を図ろうとする亡命者
 酉島伝法「環刑錮」:罪を贖うため、囚人は蚯蚓のような生き物に変貌し土中を掘り進む
 宮澤伊織「神々の歩法」:東欧に現われた超能力者を迎え撃つ米軍特殊部隊、第6回創元SF短編賞受賞作

 収録作18編中5編が同人誌ないし非営利出版、「SFマガジン」を含む小説雑誌からが6編、ネットから2編、後は単行本からになる。昨年の第53回日本SF大会に併せて企画されたアマチュア出版『夏色の想像力』は、無償とはいえプロが原稿を寄せた本格的なアンソロジイだった。その存在感が本書の中でも大きい(「再生」「イージー・エスケープ」、表題作は同大会のプログレスレポート掲載)。ネットでしか読めない星新一賞(「恐怖の谷…」「わたしを数える」)もそうなのだが、良し悪しは別にして、既存のプロ出版とは別の取組が半分近くを占める。ネットはともかく、流通が限定される同人誌などの媒体で、これだけの水準が保たれているとすると、読み手側の考え方も変えなければいけなくなる。短編賞の「神々の歩法」は、素晴らしく手慣れた文章とプロットで、プロフェッショナルな仕上がり。ただ、あまりにスムーズすぎて(宮澤伊織は既にプロなのだから、当然ともいえるが)新人賞という感じがしない。

 

2015/7/19

 本書は、2013年に亡くなった作家殊能将之が、自身のホームページで海外の未訳作品紹介をしていた「reading」欄をまとめたものである。ホームページ自体は今でもアーカイブに一部が残っているものの、大半は読めなくなっている。解説で法月綸太郎が書いているとおり、reading=リーディングのことであり、未訳の本を翻訳/出版する際のプレゼン資料のようなものだ。ふつうは翻訳の可否を判断する参考情報に使う。著者は出版社向けの梗概を書いていたわけではないが、事実上そのようなスタイルになっている。SFではこういった記事が昔から書かれてきた。SFマガジンの伊藤典夫らによる「SFスキャナー」が嚆矢で、中村融の「SFスキャナー・ダークリイ」などもその流れを汲んでいる。殊能将之による記事は、単にいろいろ読みましたというレベルではなく、網羅的で的確なのが特長だろう。

 デイヴィッド・I・マッスン『時のまきびし』にはじまり、ウルフ『ケルベロス第五の首』、コンプトン、オールディス、グラディス・ミッチェル、ブリッシュ、アンソニイ、ディッシュ、ライバー(詳細に読まれている)、ディキンスン。2001年後半からはフランスミステリのポール・アルテに入れ込んでいく。『赤髭王の呪い』、『死が招く』などなど、極めて詳細に書かれている。フランス語で書かれていながら、舞台は英国でディクスン・カー風、横溝正史みたいな因縁話など、この矛盾がいかにも著者好みだ。2002年にはアカヒゲ・ナンバンの奇怪な国辱ミステリ、アルジス・バドリス、ウィリアム・ギャディス『JR』はスラデックに似たところがあるらしい。と、これで2002年まで。

 この日記に2008年はなく、2009年も少ししかない。2001年、2002年で全体の半分くらいを占める。ライバー、ヴァンス、バドリス、スラデック、デイヴィッドスンなどの短篇を読み込み、実際に『どんがらがん』などアンソロジイに結実したものもある。語学に堪能ではないといいながら、英文、仏文の難解な本を読んで要約を書いている。そういう意味でも、本書からは著者の小説に対する姿勢が窺える。自身の小説は、さまざまな小説からの引用/コラージュと、想像もつかない謎解きが組み合わされた特異な構造をしていた。著者が語らなかった、自作の源泉を垣間見ることができる。

 

2015/7/26

牧野修『月世界小説』(早川書房)


カバー・イラスト&デザイン:YOUCHAN(トゴル・カンパニー)

 本書は、18年前のSFマガジン1997年7月号に、中篇(160枚)の形で載った「月世界小説」が全面改稿された長編版である。売れない作家が妄想した月世界に、自ら捉えられてしまうという中篇版から、本書では敵に相当する存在がより深い「~」(示偏の「神」の字が充てられている)に改められている。

 LGBTのパレードを見物していた主人公(菱屋)は、喇叭の響きと共に空に天使が群がり、地には巨大な蝗の現出を見る。その時から、彼は月世界で繰り広げられる《非言語的存在》との戦いに駆り出される。一方、別の名前を持つ主人公(ヒッシャ―)は、ニホン語の謎を調べるうちに、国家を超越した謎の組織の存在を知るようになる。

 本書の中には、基本的に2つの物語(とその傍流)が書かれている。一つは月世界で神との戦いが続く世界(2014年)、もう一つはニホン語=日本語という存在が失われた別世界の日本(1975年)を描く。後者はさらに異本(バリアント)と称される2つの流れに分かれる。世界は言葉で書かれている。これは文字通りの意味で、世界を構成する要素は物理的な原子ではなく、言葉になっているのだ。そして、その言葉の背後には「~」の存在がある。主人公の名前、菱屋=ヒッシャ―=筆者(作者)が物語るそもそもの多重性と、神に関わるバベル以来の言語多様性が重奏されて眩暈を誘う。複雑に入り組んだ構成と、著者が生きた1970年代の裏返された日本との組み合わせもユニークだ。