2013/7/7

山本弘『MM9 invasion、destruction』(東京創元社)


装画:開田裕治、装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 東京創元社の「Webミステリーズ」に、2010年2月号から11年2月号まで(invasion 単行本は2011年7月刊)と、2011年4月号から12年8月号(destruction 本年5月刊)まで連載されていた《Monster Magnitude 9・シリーズ》の長編版である。2つの作品は、エピソードとしては独立しているが、物語が一連の時間軸上にあるので、この順番に読むほうが良い。

 巨大な少女の姿をした怪獣を移送するヘリが青い火球と衝突、それ以降少女には宇宙人の精神寄生体が棲みつき、少年と精神交感できるようになる。そこで少年は、異星の神話宇宙の宇宙人たちが、怪獣を連れて侵略を試みていることを知る。まず東京スカイツリーを目指し首都圏を蹂躙(invasion)、続いて怪獣の神を伴って再び襲来する(destruction)。追い詰められた少女は、かつての仲間の巫女や日本土着の怪獣たちとともに、異星の怪獣に立ち向かう。

 ウルトラマンへのオマージュと、怪獣大決戦が描きたかった、という著者の願望そのものが長編になっている。ガメラ風、ゴジラ風、モスラ風(それらしいが、そのものではない)怪獣対宇宙怪獣も、夏休み/冬休み東宝特撮の定番だったものだ。怪獣ものが全盛だった頃に小中学生だった世代、1960年代前後生まれにとっては、特に説明不要なサービス満載の作品となっている。頼りない少年と、少女の姿をした怪獣、恋人を自称する同級生、超常能力を持つ巫女など、コミック風の三角関係ネタが新味だが、これも(怪獣から少し時代は下る)高橋留美子へのオマージュなのだろう。

 

2013/7/14

ローレン・ビュークス『ZOO CITY』(早川書房)
Zoo City,2010(和爾桃子訳)

カバーイラスト:Jery Hi-Fi、日本版カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン

 著者は、1976年の南アフリカ(ヨハネスブルグ)生まれ。南アフリカのSF作家は初紹介だろう。SFを書いて作家デビューしたが、もともと、欧米誌に寄稿するジャーナリストとして評価が高かった。現在もアニメーション、コミックの脚本や、ドキュメンタリーの監督などを手掛け、幅広く活躍中。本書は2011年のアーサー・C・クラーク賞を受賞した(この賞の受賞作は純粋なSFとは限らない。英連邦で書かれた小説を対象にしている。前年が『都市と都市』)。映画化の予定もある。

 ズー・シティ(動物園街)とはヨハネスブルグの一角にあるスラム街の通称。この世界では収監された重犯罪者は、釈放時に動物パートナー帯同を命じられる。動物持ちは、前科者を意味する。一般社会では差別を受ける彼らが集まるのが、このズー・シティなのだ。主人公はナマケモノを与えられ、遺失物を見つけ出す仕事を続ける中で、不可解な殺人事件に巻き込まれてしまう。

 近/遠未来、架空世界とかではなく、本書の舞台はあくまで現在の南アフリカである。そこで、デフォルメされた現実を描くのだ。動物との共生を強要される人々は、どこかユーモラスではあるが、複雑な同国での民族問題を象徴しているようだ。ローカルを感じさせるシーンはほとんどなく、唯一占い師が出てくるところがアフリカ的か。
 著者は、twitterを駆使して情報を集めたという。目的に応じて、自身の15000人のフォロアーを活用できる作家なのだ。同様のスタイルで書かれた、連続殺人鬼がタイムトラベラーという、今夏出た最新作も好評。

 

2013/7/21

大森望・日下三蔵編『極光星群』(東京創元社)


Art Work:Nakaba Kowzu、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 2012年の年刊SF傑作選である。範としていた、筒井康隆編の《日本SFベスト集成》と並ぶ6冊目になるという。2008年スタートなので、ちょうど5年が経過したわけだ(最初の年に2年分が出た)。ただし、筒井版は、もともとSHINCONタイアップ企画として、1975-76年の2年間に一気に6冊が出るという変則的なものだった。年刊傑作選としては、こちらのほうがより正統な出版形態(毎年1回)なのだ。

宮内悠介「星間野球」:老朽化した宇宙ステーションで、交代順を決めるため「野球盤」で勝負する2人の男
上田早夕里「氷波」:土星の輪で起こる波状の現象を探るため、一人の人工知能が基地を訪れる
乾緑郎「機巧のイヴ」:江戸時代、本物と見分けのつかない、からくりを作る男が受けた依頼の顛末
山口雅也「群れ」:人が何らかの指令を受けて一斉に動くとき
高野史緒「百万本の薔薇」:旧ソ連時代、書記長の死に捧げる薔薇を探す主人公が農業研究施設で知ったこと
會川昇「無情のうた」:未来の戦後を舞台とした安吾捕物帖ベースのミステリ、アニメ「UN-GO」第2話脚本
平方イコルスン「とっておきの脇差」:得体のしれない決闘に向かう女たち(コミック)
西崎憲「奴隷」:奴隷制度がシステム化された社会で、主人公は新しい奴隷を買おうとする
円城塔「内在天文学」:天体観測における認知的ニッチとは何かを探る一編
瀬尾つかさ「ウェイプスウィード」:惑星の海を支配する、渦を成す巨大な藻の正体とは何か
瀬名秀明「Wonderful World」:人の倫理観をシミュレーションすることで、未来が予測できるようになる
宮西建礼「銀河風帆走」:第4回創元SF短編賞受賞作。悠久の時空を飛ぶ宇宙機の物語

 昨年は、日本SF作家クラブ50周年の関係で、一般小説誌がよくSFの特集を組んだ。そのため、本書も専門誌(SFマガジン)からの収録は「ウェイブスウィード」のみで、他は「小説現代」から2編、「小説野生時代」、「小説新潮」、「読楽」(旧「問題小説」2012年1月号から誌名変更)から各1編となっている。それ以外は単行本から選ばれている。ただ、これらの作品は専門誌掲載作と比べても、全く違和感がない。(今さら言うことでもないが)各誌の読者層も、変わってきているのだろう。中では、「機巧のイヴ」の意外な展開、「奴隷」の透き通った狂気の世界(『アサイラム・ピース』のようだ)、「銀河風帆走」は主人公が機械という「夜のオデッセイ」(1965)を思わせる作品で、それぞれに印象が深い。また、短編賞の応募総数は576編、最高だった昨年比で一割減程度だが、一昨年並みの応募数だった。この賞は、例年本格コアに近い作品が受賞する傾向があり、本年もまたSF以外の何物でもない作品が選ばれたといえる。

 

2013/7/28

筒井康隆『聖痕』(新潮社)『偽文士日碌』(角川書店)


装画:筒井伸輔、装幀:新潮社装幀室

装画:片岡忠彦、写真提供:文藝春秋

 『聖痕』は、新作長編としては、ラノベとされる『ビアンカ・オーバースタディ』(2012)、その前の『ダンシング・ヴァニティ』(2008)以来となる。新聞連載でいえば、同じく朝日新聞連載の『朝のガスパール』(1992)から20年ぶりになる。大森望のインタビュー「小説野生時代」の特集(2013年8月号)をはじめ、多くの取材を受けるのも、その希少性を受けてのことだろう。同時期に出た『偽文士日碌』(2008年6月から、13年1月までの一部)に本書構想の発端と経緯が記載されている。

 主人公は5歳の時に、変質者により性器を切除される。この世のものとも思えない美少年だった彼は、性に対する欲望の一切から解放され、やがて味覚の奥義に目覚めていく。その取り巻きには、高学歴の才女たちやコンプレックスを抱く弟、年の離れた妹までが集い、性を超越した主人公とは異なり、それぞれの煩悩に苦しむ。

 まず、各章の始まりは使われなくなった古語を交え、擬古文のようになっている。枕詞が辞典を自ら作るほど詳細に収拾され、作品中に応用されている。こうしてみると、枕詞の大半は一般小説から失われていることも分かる。こういった枕詞が本文とシームレスに混じり合い、必ずしも意味が分からなくても自然に読めてしまうところが本書の凄さだ。性を根源とするさまざまな欲が消えても、唯一残る味の探求をテーマにしている。今まさに著者が日碌(日記+碌でもない、から作られた造語)で書いている食三昧と共通する内容なのだろう。誰もが真似できない、大変な贅沢である。もちろん、見せるための公開日記で書かれる中身は、すべてが事実ではない。これ自体がフィクションだ。そもそも偽文士は、今はもう存在しない文士(和服を着流した昭和の作家)を、著者流に演技したものなのだから、リアルではなくフェイクなのである。そういう壮大な仕掛けの中で、彷徨う読み方も面白い。