2008/2/3

Amazon『銀河北極』(早川書房)

アレステア・レナルズ『銀河北極』(早川書房)
Galactic North and Diamond Dogs, Turquoise Days 2002,2006(中原尚哉訳)

Cover Illustration:鷲尾直広, Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 2007年12月に出た、『火星の長城』に続くレナルズの短編集後篇(5作)である。

 「時間膨張睡眠」*(1990):疫病から逃れる冷凍睡眠者たちを運ぶ星間船で、一人の乗組員が眠りから呼び戻される
 「ターコイズの日々」*(2002):海が大半を占める惑星ターコイズは、パターンジャグラーの広大な生息地だった
 「グラーフェンワルダーの奇獣園」*(2006):軌道上の私設動物園で、自慢の奇獣を競い合う富豪たち
 「ナイチンゲール」*(2006):廃船と化した軌道上の病院船に潜む犯罪者を追う、5人の賞金稼ぎたちの命運
 「銀河北極」(1999):海賊に乗客を奪われた女船長がその後を追う、4万年にわたる一大追跡劇
  *:本邦初訳

 さて、後半では異星の生物/機械たちが舞台の主役。パターンジャグラーは人間の精神を肉体ごと吸い取ってしまう不定形生物、ヘビ型の凶暴なハマドライアド、半分人間のハイパー豚、病院船ナイチンゲールでは奇怪な自動機械たちが大挙登場する。そういう意味で、怪物小説でもあったスペースオペラ的な原点は押さえられている。本来未来史の持っている哲学的な展開(たとえば、人間意識を超越したものの意味を論じるなど)はほとんど見られないものの、その点も含めスペースオペラの範疇と言えるだろう。

bullet 『火星の長城』評者のレビュー
 

2008/2/10

Amazon『掠奪都市の黄金』(東京創元社)

フィリップ・リーヴ『掠奪都市の黄金』(東京創元社)
Predator's Gold 2003(安野玲訳)

カバーイラスト:後藤啓介、カバーデザイン:東京創元社装幀室

 前作『移動都市』は2006年9月に出た。本書は2007年12月に出た続編で、全4部作の第2部目に相当する。

 ロンドン壊滅後、北の氷原に逃れた主人公たちは、未知の飛行船に襲われ、移動都市アンカレジに不時着する。そこは古代のウィルス兵器の被害を受け、住民の多数を失った都市だった。しかし、勝気な少女辺境伯により、辛うじて統率が執られていた。食わせ者の旅行作家の言葉を信じ、都市は幻のアメリカ大陸を目指す。そこに、巨大な掠奪都市アルハンゲリスクの影が迫る。

 登場人物/舞台は相変わらず多彩。口から出まかせを喋りながら、どこか憎めない老作家。アンカレジの領主は、前作のギルド令嬢と対応する人物でヒロインの恋敵。壮麗ながら荒れ果てたアンカレジ、海底の盗賊都市、猥雑な略奪都市と、いつもながら視覚的なインパクトが豊穣と言える。ただ、第1部では、主人公たちを除く大半の登場人物が(善玉悪玉を問わず)死んでしまったが、今回殺られるのは比較的存在感の薄い悪玉中心なので、読者の印象はちょっと弱いかもしれない。

bullet 『移動都市』評者のレビュー
 

2008/2/17

Amazon『新世界より(上)』(講談社)Amazon『新世界より(下)』(講談社)

貴志祐介『新世界より(上下)』(講談社)


装幀:鈴木正道(Suzuki Design)
カバー写真:(C)Frans Lanting/amanaimages,(C)KATSUMASA IWASAWA A.collection/amanaimages

 第4回日本ホラー小説大賞作家、貴志祐介の上下巻2000枚を超える書き下ろし長編。本書は、1000年後の日本を舞台にしたSFである。

 1000年後、日本にはわずか9つの町が存続するのみ。それらもほとんど交流することなく、最小限の人口を維持するだけだった。科学技術は大半失われていた。だが、未来の人類には恐るべき力が発現していた。それは呪力と呼ばれる超常能力で物理的な破壊を伴う圧倒的なパワーだった。そして、少ない人口を補うため、ハダカデバネズミを始祖に持つ知的な奴隷バケネズミたちを使役していた。そんなある日、主人公たちは、校外実習で世界の外に潜む脅威を知ることになる。

 呪力があまりに強大すぎるため、お互いを殺傷できなくする禁忌、そのタブーを破る悪鬼の存在。人間並みの知性を持ちながら生殺与奪を人に委ねるバケネズミは、眈眈と反逆の時を探る。本書では未来社会の成り立ち(封印された過去の歴史)が精密に組み立てられており、舞台構造が物語の結末に至る伏線にもなっている。コリン・ウィルスン『スパイダー・ワールド』(1987)は、人類が蜘蛛の奴隷となって地下に棲むという設定である。虐げられた者(人間)が復讐に立ち上がる訳で、ちょうど本書の裏返しとなっている。旧来の作品は超能力者が狩られるという、ヴァン・ヴォクト『スラン』(1946)からの伝統的な筋立て(狩られる側の立場)が多かった。貴志祐介は類書を逆さまにしたお話を書いた。そこが、本書のメッセージが持つ鮮烈さにもつながっている。

bullet 『クリムゾンの迷宮』評者のレビュー
bullet 『天使の囀り』評者のレビュー
bullet 『黒い家』評者のレビュー
 

2008/2/24

Amazon『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)

筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)


オブジェ制作:小池隆、装幀:新潮社装幀室

 Dancing Vanityを「心を空っぽにして踊る」と訳すとちょっと違うかもしれないが、忘我の境地で踊り続けているという意味なのだろう。暗い記憶、忘れたい記憶ほど、却って夢の中で何度も反復されることがある。その夢は繰り返されることで、しだいに薄められ形を変えて、やがて淡い思い出となり忘却されることになる。本書では、その夢の記憶のようなシーンから始まる。

 主人公は浮世絵を専門とする美術評論家だった。幼い息子を事故で亡くし、精神的に病んだ妻と出戻りの妹、一人娘をかかえ執筆を続けている。その時書いた評論がたまたま売れ、やがてマスコミに注目されると、斯界の権威として活躍するようになる。しかし、主人公の体験はさまざまに形を変え、何度も何度もリフレインされる。娘はクラブ歌手から流行歌手に、死んだはずの息子は影のように現れ、主人公は戦争から殺人までも多重に演じることになる。

 小説に演劇の手法を取り入れたもの、と著者は述べている。フィクションがリアリズムに縛られる必要はない、とも言う。本書は「記憶」について書かれた小説である。そこには楽しい思いでもあれば、苦しい思い出もある。しかし、時間がたち押し並べて見れば、たとえ辻褄が合わなくなっていても同じ価値を持つように見える。著者は過去に「夢」について、何作も作品を書いてきた。その「夢」も「記憶」を源にしている。本書が、美術評論家の死に至る半生をテーマとしていることは、「記憶」の蓄積が「死」に近いほど重要になることに由来するのだろう。

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bullet 『巨船ベラス・レトラス』評者のレビュー