小説、特に短編小説の読み方には、ジャンルを問わず共通する手法がある。作者や書かれた時代背景など余計な情報を一切排し、純粋に書かれたテキストの意味を追求することが、(著者が意識的/無意識的に封じ込めた)お話の真の意味にたどり着ける早道なのだ。SFには特有のルールがあるものの、用語や概念、設定などの小道具に依存するものであり、小説構造自体が特殊なわけではない(一部の例外はある)。
《乱視読者シリーズ》6冊目で、表題通りSFをテーマにしたものばかりが集められた1冊である(著者は古くからのSFファンでもある)。このシリーズは1993年に始まり、少し間をおいて、2001年以降2、3年に1冊の割合で刊行されてきた。英文学者の大学講義と聞くといかにも退屈そうだが、これだけ著作が出ていることでも明らかなように、知的な刺激が得られるエッセイとしても定評がある。
「乱視読者のSF短編講義」:SFマガジンに連載された、ウェルズ「ザ・スター」から始まってレム「GOLEM
XIV」に終わる短編の面白さを語る講義(2006年から09年にかけて不定期に12回、大学での講義がベース)
「乱視読者のSF夜ばなし」:雑誌掲載のエッセイや文庫解説、これもウェルズに始まってレムに終わるため、一貫した論考のように読める(1995年から2008年までの16編)
「ジーン・ウルフなんてこわくない」:著者が高く評価するジーン・ウルフに関するSFセミナー講演(超短編「ガブリエル卿」翻訳を含む)、柳下毅一郎との対談(講演2011年、対談2004年、文庫解説など6編)
上記3つのパートから成る。最初は毎回1つの短編小説を取り上げ、その内容を精査する「SF短編講義」で、主人公/個人を排し、初めて人類の視点から小説を書いたウェルズの意義からスタートする。キャラクターで異彩を放つワインボウム、パルプ時代の異端児ラヴクラフト、ハインラインの究極の時間SF、スタージョンの凝集された傑作中編、背景に深い洞察を見せるル・グィンなど、各短篇の見どころを実に詳細に解読する(長編ではとても1回の講義に収まらない)。読書の深みを理解/再確認するには最適な講義といえるだろう。次の「SF夜ばなし」でもそのスタイルは同じながら、長編についての解説が含まれるようになる。ウェルズを論じたオールディス、ウォマック、プリースト、ベイリー、ワトスン、パングボーン、バラード、ラファティらの長編、孤高のレムという流れだ(リンク先は評者のレビュー。古いものはコメントのみ)。そして、第3部は、ウラジミール・ナボコフと比肩しうるジーン・ウルフだけを論じた6編である(著者はナボコフを20世紀最大の作家と称賛する)。ややマイナーかも知れないが、本書で言及された作品は、何度でも読み返せるだけの奥行きを備えている。アカデミックな研究や斜め読みの時間潰しから離れ、本来の読書の楽しみに立ち還る意味でも、本書の内容は参考になるだろう。
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