2012/1/1

勝山海百合『さざなみの国』(新潮社)
装画:丹地陽子、装幀:新潮社装幀室

日野俊太郎『吉田キグルマレナイト☆』(新潮社)
装画:松橋犬輔、装幀:新潮社装幀室

 2011年11月に出た第23回日本ファンタジーノベル大賞大賞と優秀賞受賞作である(主催者清水建設での紹介)。この賞は2000年以来、大賞該当作なしという結論になったことがない(全23回中、受賞作なしは4度のみ)。しかしながら、今回は選考委員の評価が厳しく、大賞/優秀賞は選ばれたものの十分満足が行く作品とは見做されていない。例えば、『さざなみの国』の帯に寄せられた荒俣宏の推薦文「心を癒す漢方薬小説」も、こうあって欲しいという評者からの要望として述べられたものだ。

 さざなみの国 山峡のどこか、ひっそりと隠れた村から一人の少年が父親を頼って王都を訪れる。少年は村と異なる都会の生活に戸惑いながらも成長し、貧しいながら家柄も良い言い名づけも得て、やがて役人の仕事に就く。しかし、そこで自分の隠された運命を知らされることになる。
 吉田キグルマレナイト☆ バイトに情熱を燃やす大学生が主人公。戦隊ショーで大失敗をした主人公は、京都吉田山(京大のすぐ東側、森見登美彦らも舞台に使った。糺の森がある下鴨神社にもほど近い)に作られたテーマパークで、着ぐるみショーのバイトに就くことになる。

 勝山海百合は、高校時代にSF同人誌「ボレアス」(主催者は3.11の震災で亡くなっている)に寄稿、その後ビーケーワンや、「幽」などの短編賞を受賞、単独の著作も本書を含め3作ある。中国ファンタジイは、水墨画で仙郷を描いたような物語が多い。漢なのか、明なのか清なのかも定かではなく(時代の特定に意味がない)、村々は霧の中に沈み、登場人物も(各人なりの幸不幸は抱えながらも)浮き世離れして生きている。本書の場合、そこまでは計算通りなのだろうが、お話は8割を過ぎたあたりで急展開する。主役が変わるのはやむを得ないとして、登場人物の動きが中途半端に切れてしまう印象だ。それほど長い話ではないので、伏線の未回収も気になる。
 一方、優秀賞の日野俊太郎は本書がデビュー作になる。コスプレ小説なので、小谷真理の評価が高い。また、京大生ファンタジイの新顔でもある。おバカな京大生というパターンは同じながら、今回はずいぶん生真面目な主人公である。そのためか、架空のテーマパークを舞台にもう一つの京都を描くのだが、異世界が見える処までは至らない。冒頭の戦隊ショーがリアルすぎて、それ以外がファンタジイにも本物にも見えてこない所為もある。きつねの面をつけたり、踊り狂う結末のシーンなど、森見の作品と似ているところもある。

 

2012/1/8

アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター『火星の挽歌』(早川書房)
Firstborn: A Time Odyssey:3,2007(中村融訳)

カバーイラスト&デザイン:小阪淳


 『時の眼』(2004)、『太陽の盾』(2005)から、2年後に書かれた《タイム・オデッセイ》シリーズ完結編である。翻訳も前回が2008年だったから、3年ぶりとなる。その間、クラークが亡くなり(2008年3月)、追悼特集や本訳者による傑作選の出版などのイベントを経て、ようやく本書が出ることになった。

 太陽嵐から27年後、ようやく復興を遂げつつある人類社会の前に、再び魁種族(ファーストボーン)の兵器が接近しようとしていた。人類の既存テクノロジーでは撃退不可能と思われる兵器を前に何ができるのか。一方、モザイク地球(ミール)から帰還した主人公は、その難局の打開を目指して火星に旅立つ。火星の北極地下深くで待つものとは。

 単独のバクスターの作品は、ちょっとハードガジェットにこだわりすぎて読みにくいのだが、クラークと組んだ合作はかなり分かりやすくなる。このシリーズは、文藝寄りでもミリタリー寄りでもない、本流のSFといったタッチの3部作である。使い古された火星ネタながら、最新のサイエンスを万遍なくちりばめ、なお過去のSFに対するリスペクトも忘れないという周到さだ。ファーストボーンの究極兵器が「Q爆弾」と呼ばれるのも、レンズマンの「Q砲」を意識したのだろう。解き明かされるファーストボーンの目的は、現代の風潮に対するある種の皮肉でもある。

 

2012/1/15

上田早夕里『リリエンタールの末裔』(早川書房)


Cover Illustration:中村豪志、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 『華竜の宮』(2010)で、第32回日本SF大賞を受賞した著者のSF短編集である。「SFマガジン」、『NOVA5』などの専門誌に掲載されたものなので、SF読者向けの内容となっている。

リリエンタールの末裔(2011/4):辺境から海上都市に出た少年が憧れる、空を飛ぶことの現実
マグネフィオ(2010/2):交通事故が原因で深刻な脳障害を負った2人の男、主人公と友人その妻との葛藤
ナイト・ブルーの記録(2011/8):かつて深海潜水艇の操縦者だった男が知った海との一体感
幻のクロノメーター(書下ろし):18世紀、航海用時計の開発に一生を注いだ職人が手に入れた奇妙な物体

 飛ぶことに活路を見出そうとする主人公のお話は、例えば小川一水「煙突の上にハイヒール」などもあり、(空には何の制約もないように見えることから)自由への渇望の象徴として用いられる。それも含めてだが、本書では、どの作品にも技術者/職人のモノ作りに対する執念が登場する。辺境民の人体構造に合わせたハングライダー、脳内情報の可視化、センサーからの情報を皮膚感覚とするまでの拘り、航海用時計のブラッシュアップなど、コストよりも完成度を求め(それ故、一般からは支持を得られない)人々を描いている。ただ、本書の作品はそういったテーマとお話との結びつきにやや難があり、起承転結のバランスに欠ける印象だ。


2012/1/22

山本弘『トワイライト・テールズ』(角川書店)


カバー・本文イラスト とみー、装丁:西村弘美(角川書店装丁室)


 『MM9』(2007)、『MM9 invasion』(2011)と続く、著者の《怪獣シリーズ》の設定で書かれた枝編(ある種のスピンアウト)である。例によってマニアックな設定ではあるが、本書のモトネタは著者のHPで詳しく解説されているので、(必須ではないものの)そちらも参照した方が分かりやすいだろう。

生と死のはざまで(2010/10):少年の見た怪獣は、夢想していた仮想世界から来たように見えた(日本)
夏と少女と怪獣と(2010/12):モンタナの湖で泳ぐ、遠い街から来た美しい少女に恋した少年(アメリカ)
怪獣神様(2011/2、4):山奥の湖に降り立った異星の神と、心に傷を負った少女との交歓(タイ)
怪獣無法地帯(書下ろし):1960年代、密林怪獣地帯に墜落した衛星と野生の少女との出会い(アフリカ)

 もともとアニメのためのシノプシスだったものから、小説として成り立つものをチョイスしたシリーズだという。本編とは関係の薄いエピソードも含まれる。本書の掲題「トワイライト・テールズ」は、TVシリーズ《トワイライト・ゾーン》(日本では60年代に「ミステリー・ゾーン」として放映された)を意識したものだ。「夏と少女…」は、ブラッドベリの「みずうみ」とUMAで有名なフラットヘッド湖を結び付けたもの(ちなみに、ブラッドベリがイメージしたのはミシガン湖)。「怪獣神様」では、異星の神であっても、人の世界では化け物として殺される怪獣の悲哀が描かれる(元祖「ウルトラマン」にも、そういったエピソードがある)。「怪獣無法地帯」では、著者が偏愛する《女ターザン》ものと、かつて日本で量産された(著作権無視の)贋作怪獣へのオマージュが込められている。どの作品も、社会批判と、著者特有のロマンティシズムとのバランスが効いている。また、本編が東京創元社の「Webミステリーズ!」連載なのに対して、本書は角川書店「ザ・スニーカー」(2011/4で休刊)に掲載されたもの。若年読者も意識されているようだ。

 

2012/1/29

若島正『乱視読者のSF講義』(国書刊行会)


装幀:クラフト・エディング商會


 小説、特に短編小説の読み方には、ジャンルを問わず共通する手法がある。作者や書かれた時代背景など余計な情報を一切排し、純粋に書かれたテキストの意味を追求することが、(著者が意識的/無意識的に封じ込めた)お話の真の意味にたどり着ける早道なのだ。SFには特有のルールがあるものの、用語や概念、設定などの小道具に依存するものであり、小説構造自体が特殊なわけではない(一部の例外はある)。
 《乱視読者シリーズ》6冊目で、表題通りSFをテーマにしたものばかりが集められた1冊である(著者は古くからのSFファンでもある)。このシリーズは1993年に始まり、少し間をおいて、2001年以降2、3年に1冊の割合で刊行されてきた。英文学者の大学講義と聞くといかにも退屈そうだが、これだけ著作が出ていることでも明らかなように、知的な刺激が得られるエッセイとしても定評がある。

「乱視読者のSF短編講義」:SFマガジンに連載された、ウェルズ「ザ・スター」から始まってレム「GOLEM XIV」に終わる短編の面白さを語る講義(2006年から09年にかけて不定期に12回、大学での講義がベース)
「乱視読者のSF夜ばなし」:雑誌掲載のエッセイや文庫解説、これもウェルズに始まってレムに終わるため、一貫した論考のように読める(1995年から2008年までの16編)
「ジーン・ウルフなんてこわくない」:著者が高く評価するジーン・ウルフに関するSFセミナー講演(超短編「ガブリエル卿」翻訳を含む)、柳下毅一郎との対談(講演2011年、対談2004年、文庫解説など6編)

 上記3つのパートから成る。最初は毎回1つの短編小説を取り上げ、その内容を精査する「SF短編講義」で、主人公/個人を排し、初めて人類の視点から小説を書いたウェルズの意義からスタートする。キャラクターで異彩を放つワインボウム、パルプ時代の異端児ラヴクラフト、ハインラインの究極の時間SF、スタージョンの凝集された傑作中編、背景に深い洞察を見せるル・グィンなど、各短篇の見どころを実に詳細に解読する(長編ではとても1回の講義に収まらない)。読書の深みを理解/再確認するには最適な講義といえるだろう。次の「SF夜ばなし」でもそのスタイルは同じながら、長編についての解説が含まれるようになる。ウェルズを論じたオールディス、ウォマックプリーストベイリーワトスンパングボーンバラードラファティらの長編、孤高のレムという流れだ(リンク先は評者のレビュー。古いものはコメントのみ)。そして、第3部は、ウラジミール・ナボコフと比肩しうるジーン・ウルフだけを論じた6編である(著者はナボコフを20世紀最大の作家と称賛する)。ややマイナーかも知れないが、本書で言及された作品は、何度でも読み返せるだけの奥行きを備えている。アカデミックな研究や斜め読みの時間潰しから離れ、本来の読書の楽しみに立ち還る意味でも、本書の内容は参考になるだろう。