2010/4/4
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亡くなる1年前のアーサー・C・クラーク(90歳)と、フレデリック・ポール(88歳)の超高齢合作長編である(2008年出版)。2人ともSFWAグランド・マスター賞を受賞した“過去に偉大な功績を上げた巨匠”なので、新作を今さら書く必然性は何もない。クラークは単独の長編を書かなくなっていたが、ポールにとっても、10年ぶりの新作長編になる。
17世紀にフェルマーの走り書きによって始まった「最終定理」の証明は、20世紀末アンドリュー・ワイルズによって一旦は行われるのだが、もっとシンプルな証明があるはずだった。近未来21世紀半ば、スリランカに住む一人の青年が、海賊事件で拘束された後、その証明を手にすることになる。その一方、遠い宇宙で核の爆発を検知した知的生命は、地球に生まれた文明の危険性を認識し、派遣艦隊を送り込もうとしていた。
スリランカが舞台、『楽園の泉』(1979)の宇宙エレベータ、「太陽からの風」(1964)の太陽風ヨット、あるいは『トリガー』(1999)のアイデアなど、本書にはさまざまなクラークのアイデアと、最終定理や数学マジックなどポールの蘊蓄が込められている。しかし、思索的な作品ではないし、もちろん冒険/アクション小説とも違う。人類を凌駕するオーバーロードたちも、本書では『幼年期の終り』(1953)ほど威圧的な存在ではない。そういう、“自ら書いたトリビュート長編”(自己作品をソフトに語り直した長編)というところが、本書最大の特徴なのだろう。最後のお披露目として読まれるべき作品だ。
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2010/4/11
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大森望編の時間をテーマにしたアンソロジイである。明記されてはいないが、角川文庫から出ている若い読者向けアンソロジイ(十代のための新名作)と同様のコンセプトで編まれている。SFの専門的な読者というより、そもそも小説の熱心な読者でなくとも、読みやすいように配慮されている。2冊併せても短編10作余りなので、すぐに読める分量だろう。
梶尾真治「美亜へ贈る真珠」(1971):自らの時間を遅らせ、未来へと飛行する乗員と残された恋人
恩田陸「エアハート嬢の到着」(1999):大西洋横断するエアハートが到着した日に出会った一人の少女
乙一「Calling You」(2000):ほんの少しずれた時間に住んでいる男女の出会いは
貴子潤一郎「眠り姫」(2004):眠りから覚めない奇病に侵された少女
太宰治「浦島さん」(1945):シニカルに語られる浦島太郎のもう一つのお伽噺
ジャック・フィニイ「机の中のラブレター」(1959):古い机の中から出てきた未投函のラブレター
筒井康隆「しゃっくり」(1965):わずか10分という時間ループに閉じ込められた町角で起こる騒動
大槻ケンヂ「戦国バレンタインデー」(2009):戦国時代にタイムスリップしたゴスロリ少女
牧野修「おもひで女」(1999):その不気味な女は、記憶の中でありえない位置を占めるようになる
谷川流「エンドレスエイト」(2003):夏休みも終わる8月、しかし何かおかしい(涼宮ハルヒ・シリーズ)
星新一「時の渦」(1966):その日を境に未来がなくなり、時間が進まなくなる
大井三重子「めもあある美術館」(1961):特定の部屋しか入れない美術館の絵とは(仁木悦子の童話)
スコット・フィツジェラルド「ベンジャミン・バトン」(1922):70歳で生まれた主人公は年と共に若返る
時間SF/ファンタジイはアイデアの宝庫である。ここで注目すべきなのは、この設定がラヴストーリーに使いやすいという点だろう。究極のすれ違いドラマ(そもそも暮らしている時間帯が異なるから、尋常な手段では絶対に会えない)として、何度もアニメや映画にもなっている。『時をかける恋』には、そういう観点での作品が収められている。一方、『時間がいっぱい』では、ループする時間/逆流する時間/異なる流れの時間/タイムスリップなど時間物のバリエーションが、コメディ/ホラー/ファンタジイなどさまざまなジャンルから渉猟されている。SFのアイデアは古びて忘れ去られるものも多いが、時間だけは話題が尽きない。科学も哲学も、その正体を解明できない謎の代表だからだろう。
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2010/4/18
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1926年生まれ、今年で84歳になるマシスンは、スピルバーグの『激突!』(1971)、『アイ・アム・レジェンド』(1964/1971/2007)、『ヘルハウス』(1973)など、多数の映画や、「ミステリー・ゾーン」などのTVシリーズの原作/脚本を書いたことで知られている。そもそも本書が翻訳されたのも、映画『運命のボタン』の公開を意識したものだろう。しかし、映画だけではなく、1950年のデビュー以来書かれた小説も膨大で、多数の作家に影響を与えた。本書はそういった作家たちによるトリビュート作品集である。
ジョー・ヒル&スティーヴン・キング「スロットル」:「激突!」のチェイスがキング父子によって甦る
F.ポール・ウィルソン「リコール」:トラブルの種を流す「種子まく男」が出会った困難とは
ミック・ギャリス「伝説の誕生」:『アイ・アム・レジェンド』の主人公の前日譚
ジョン・シャーリー「OK牧場の真実」:『ある日どこかで』の方法を使って、主人公は別の時間に旅する
トマス・F.モンテルオーニ「ルイーズ・ケアリーの日記」:『縮みゆく人間』の妻からみた視点
リチャード・クリスチャン・マシスン「ヴェンチュリ」:マシスンの息子が描く「陰謀者の群れ」の新作
ジョー・R.ランズデール「追われた獲物」:甦った「狙われた獲物」のブードゥ人形
ナンシー・A.コリンズ「地獄の家にもう一度」:『地獄の家』で書かれなかった驚くべきエピソード
本書は、限定本を出版するGauntlet Pressから出た同題の豪華本収録作16編中8編を翻訳したものである。一部とはいえ、150ドルもする本の内容が文庫で読めるのだから、日本の読者は幸運だろう。中では、登場人物たちの行動の背景を加えた「スロットル」、パラノイアックな主人公を描いた「ヴェンチュリ」、もともとのテーマを正統に展開した「地獄の家に…」などが印象に残る。各作家の個性が、そのままマシスンのアイデアで読めるのがトリビュートの楽しみ方になる。
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2010/4/25
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著者は脚本家。父親が映画監督のメル・ブルックスということで話題になった。本書はゾンビ小説だが、甦った死者が群れで襲ってくるというアイデアは、前掲リチャード・マシスンのオリジナル(『アイ・アム・レジェンド』)である。ホラーとアクションが混じり合う映画向きな素材だったため、無数のゾンビ映画を生み出すきっかけとなった。さて、そういう一般化したゾンビものに対して、本書は“アフター・ホロコーストもの”という、ちょっと異なるアプローチを採った。
それは中国で始まった。高熱を発して死に至る病は、やがて無数の死者を甦らせ、世界を大規模に破壊していく。ロシア、インド、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、日本で、死者たちのアウトブレークをとどめる手段はなかった。近代兵器は何の役にも立たず、政府やインフラは麻痺し、国家は機能を停止する。しかし、崩壊する文明の中から、反攻の兆しが見えるようになる。それは、対ゾンビ世界大戦
WORLD WAR Z と名付けられる。
ゾンビにより世界が崩壊する過程は、キーパーソンへのインタビューというドキュメンタリ形式で、世界各地を転々としながら、重層的に描写されている(作者が、資料を丁寧に調査した形跡が認められる)。パニックそのものは最小限しか描かず、崩壊後の社会の再建までが書かれている。そういう意味から、パニック/ホラー小説ではない、アフター・ホロコーストもの(最終戦争後の世界)の要件は整っているだろう。ただし、本書では、世界の様子が並列に置かれただけだ。普遍性のある文明論が見えるまでには至らない。本当の意味でのデザスターノベルにはやや物足りない印象である。
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