大森望のアンソロジイ・シリーズの中で、これは再録アンソロジイになる。2000年代に発表された作品を、大きく《宇宙・未来編》(S)と、《世界・奇想編》(F)に分け、計23編を収録したもの。過去の筒井康隆アンソロジイ『’60年代日本SFベスト集成』に準えて『ゼロ年代日本SFベスト集成』としている。収録範囲が直近10年ながら、新陳代謝の激しい出版界ではこれらを書籍から見つけ出すのは容易ではない。その点に本書の意義はある。
ゼロ年代日本SFベスト集成<S>
野尻抱介「大風呂敷と蜘蛛の糸」(2006):蜘蛛をヒントに、高度80キロで有効な凧を思いついた女子大生
小川一水「幸せになる箱庭」(2004):地球の危機を救うため、異星人と接触を試みたチームの視たもの
上遠野浩平「鉄仮面をめぐる論議」(2001):宇宙から襲いかかる謎の敵に対する究極の兵器
田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」(2000):宇宙飛行遊泳中に吐き気を感じた訓練生の運命
菅浩江「五人姉妹」(2000):臓器提供用に作られた4人のクローンと、オリジナルとの出会い
上田早夕里「魚舟・獣舟」(2006):陸地の大半が水没した世界、異形の生物“舟”と人類との結びつきとは
桜庭一樹「A」(2005)*:かつてスキャンダルで消えたバーチャル・アイドルが復活するとき
飛浩隆「ラギッド・ガール」(2004):数値海岸を開発する研究所で出会ったラギッド・ガールとは
円城塔「Yedo」(2007):異星から来た超越知性体に対抗するため開発された“喜劇知性体”の行動
伊藤計劃+新間大悟「A.T.D Automatic Death」(2002)**:『虐殺機関』と設定を共通するコミック
神林長平「ぼくの、マシン」(2002)***:子供のころ深井零が手に入れた、世界で最後のPC
*単行本未収録、**本作解説で言及された同人誌コミック、***戦闘妖精・雪風シリーズ
ゼロ年代日本SFベスト集成<F>
恩田陸「夕飯は七時」(2005):食事を待つ兄弟たちの会話、見知らぬ言葉が奇妙な創造物を産みだしていく
三崎亜記「彼女の痕跡展」(2007):小ギャラリーの展示物は、どこかで失われた彼女の痕跡だった
乙一「陽だまりの詩」(2002):死が近づいた男は、墓を掘らせるために一人のロボットを作成する
古橋秀之「ある日、爆弾がおちてきて」(2005):爆弾を自称する彼女は、病弱だった級友に似ていた
森岡浩之「光の王」(2003)*:何かを忘れている、そう思った主人公の思いは彼だけの問題ではなかった
山本弘「闇が落ちる前に、もう一度」(2004):もし、この宇宙が“まぐれあたり”でしかないとしたら
冲方丁「マルドゥック・スクランブル“−200”」(2004)*:親類が次々殺される少女を最強コンビが護衛
石黒達昌「冬至草」(2002):強い放射線を放つ植物標本と、その採取者の戦前戦後の運命
津原泰水「延長コード」(2007)*:娘を亡くした父親は、部屋に残された延長コードの目的を知る
北野勇作「第二箱船荘の悲劇」(2009):安アパート第二箱船荘で起こる、さまざまな怪奇現象の顛末
小林泰三「予め決定されている明日」(2001):“手計算”でシミュレーションされた世界で生きる女
牧野修「逃げゆく物語の話」(2004):非合法化され廃棄されようとする物語たちの逃亡劇
*単行本未収録
良く似た表題のアンソロジイ『ゼロ年代SF傑作選』が、年初に出ている。しかし同じ“ゼロ年代”でも、本書の視点はあくまでも“ゼロ年代に書かれた作品”であり、この年代にデビューした作家のみが対象ではない。結果として、本書は21世紀初頭のSFトレンド(仮想空間と現実との相似性、ロボットやクローンと“本物”との相似性、並行宇宙に対する様々なヴァリエーション等)を反映しながら、小説的にも落ち着いた雰囲気のものが多くなった。S編では、設定のスケールで「魚舟・獣舟」、稠密さで「ラギッド・ガール」が優れ、F編では描写が濃厚な「冬至草」、他にない抒情性で「逃げゆく物語の話」が印象に残る。
|