初期短篇は、日本ではSFマガジンなどの雑誌掲載作以外では、創元推理文庫から出た短篇集によって紹介されてきた。『時の声』(原著1962/翻訳69)、『時間都市』(1962/69)、『永遠へのパスポート』(1963/70)、『時間の墓標』(1964/70)、『溺れた巨人』(1966/71)である。本書には、このうち『時間の墓標』までの15作品が、書かれた順番に収められている。バラードの意向もあり、発表順以外での出版は許可されないからである。過去の短篇集が、そのまま復刊されることはもうないだろう。本書では監修者柳下毅一郎が、既存の翻訳を精査し、必要に応じて新訳を起こすなどの改訂を行っている。この巻には初紹介作品は含まれない。
デビュー作「プリマ・ベラドンナ」(1956)は、砂漠のリゾート〈ヴァーミリオン・サンズ〉にある歌う草花を扱う店に、エキセントリックな歌手が訪れ騒動を巻き起こすお話で、その後のバラードの作風を決定づけたものだ。主な作品には、上下左右に広がる巨大都市で、飛ぶことを夢見る男「集中都市」(1957)、無限にスケールアップする深層時間を描く「待ち受ける場所」(1959)、家々や壁面に残留する音を清掃する男「音響清掃」(1960)、時計が廃止された都市の廃墟「時間都市」(1960)などがある。奇怪な進化を呼び起こす遺伝子と、カウントダウンする謎の数字が登場する「時の声」(1960)は、ここに自分の作品のすべてがあるとする代表作だ。巻末の「深淵」(1961)では、乾燥し干上がる地球で、主人公はただ一人脱出せず残留する。
これらの作品は、最初から新しいSF、ニュー・ウェーヴとして読まれてきた。「内宇宙への道はどちらか」(1962)がNW-SF1号1970年7月、「新しい波」特集が載るのがSFマガジン1969年10月号なのだが、66年に翻訳された「時の声」や、68年に出た『沈んだ世界』(1962)伊藤典夫解説などによって、バラード=ニュー・ウェーヴの旗手という見方は既に出来上がっていた。それは「SF的思考とシュールレアリスムの手法を融合させた」(前記解説)というものである。このムーブメントは既存SFと対立するものとされたため、当時の読み方に先入観が入るのはやむを得ないだろう。
ところが、今読み返してみると、これら作品はバラード的な要素(作家的な個性)こそ含まれているものの、われわれがふつうに感じとるSF要素(人の情動に反応する植物や建築物、遺伝子、時間ループ、異星人のメッセージ、環境変動など)も十分に大きいことが理解できる。バラードは繰り返し「私こそSFの味方だ」とか「私はいつでもSFを書いてきた」と述べているのだが、あながち韜晦を騙っていたわけではない。初期のバラードは確かに前衛文学ではなく、SFを書いているのである。