2016/10/2

上田早夕里『夢みる葦笛』(光文社)

上田早夕里『夢みる葦笛』(光文社)

装幀:鈴木久美、装画・本文イラスト:山本ゆり繪

《異形コレクション》や《SF宝石》などのアンソロジイ収録作7編、雑誌掲載2編と未発表作1編を含む、計10作品をまとめた短篇集である。表題作をはじめ、創元推理文庫の《年刊日本SF傑作選》に収録された作品も多い。

・夢みる葦笛(2009): 白い異形の存在が奏でる音楽が人々を魅了する
・眼神(2010): 片田舎に住むいとこは異界を視ることができた
・完全なる脳髄(2010): 人工的な人間シムが夢見る完全な頭脳とは
・石繭(2011): 電柱に巣食う繭からは無数の石が出てくる
・氷波(2012): 土星の氷の輪を巡る壮大なサーフィンの試み
・滑車の地(2012): 涯なき泥海に建つ無数の塔から成る世界
・プテロス(未発表作): 液体メタンの雲を飛ぶ飛翔生物プテロス
・楽園(パラディスス)(2013): 秘書AIは死んだ友人の記録から作られた
・上海フランス租界祁斉路三二〇号(2013): 戦前の日中共同研究所に勤めた科学者の運命
・アステロイド・ツリーの彼方へ(2015): 深宇宙を飛ぶ探査機用猫型人工知性との友情

 SFやホラーのアンソロジイで発表された関係で、アンソロジイのテーマを意識した作品が中心となるが、「眼神」や幻想色が濃い「石繭」を除けば、宇宙空間を舞台とした「氷波」「アステロイド・ツリーの彼方へ」、異形の世界を描く「滑車の地」「プテロス」、AIと人との問題「完全なる脳髄」「楽園」などSFの主要テーマを組み合わせたものが大半を占める。「プテロス」などは、《司政官》に出てきそうな惑星の雰囲気があり面白い。「上海フランス租界……」だけは、歴史に埋もれた実在の人物像をモデルにした作品で新境地といえる。

 本書は著者が書いた最新の短篇集である。どこにもSFと銘打たれていないが、それは著者の意向によるものだろう(読めばわかるから、あえてレッテルは貼らない)。これを集大成として以降どちらに進むのか、方向が楽しみになる。

 

2016/10/9

J・G・バラード『J・G・バラード短編全集1 時の声』(東京創元社)

J・G・バラード『J・G・バラード短編全集1 時の声』(東京創元社)
The Complete Short Stories,2001(柳下毅一郎監修、浅倉久志他訳)
装画:エドゥアルド・パオロッツィ、装幀:岩郷重力+Wonder Workz。

 バラードの初期短篇は、日本ではSFマガジンなどの雑誌掲載作以外では、創元推理文庫から出た短篇集によって紹介されてきた。『時の声』(原著1962/翻訳69)、『時間都市』(1962/69)、『永遠へのパスポート』(1963/70)、『時間の墓標』(1964/70)、『溺れた巨人』(1966/71)である。本書には、このうち『時間の墓標』までの15作品が、書かれた順番に収められている。バラードの意向もあり、発表順以外での出版は許可されないからである。過去の短篇集が、そのまま復刊されることはもうないだろう。本書では監修者柳下毅一郎が、既存の翻訳を精査し、必要に応じて新訳を起こすなどの改訂を行っている。この巻には初紹介作品は含まれない。

 デビュー作「プリマ・ベラドンナ」(1956)は、砂漠のリゾート〈ヴァーミリオン・サンズ〉にある歌う草花を扱う店に、エキセントリックな歌手が訪れ騒動を巻き起こすお話で、その後のバラードの作風を決定づけたものだ。主な作品には、上下左右に広がる巨大都市で、飛ぶことを夢見る男「集中都市」(1957)、無限にスケールアップする深層時間を描く「待ち受ける場所」(1959)、家々や壁面に残留する音を清掃する男「音響清掃」(1960)、時計が廃止された都市の廃墟「時間都市」(1960)などがある。奇怪な進化を呼び起こす遺伝子と、カウントダウンする謎の数字が登場する「時の声」(1960)は、ここに自分の作品のすべてがあるとする代表作だ。巻末の「深淵」(1961)では、乾燥し干上がる地球で、主人公はただ一人脱出せず残留する。

 これらの作品は、最初から新しいSF、ニュー・ウェーヴとして読まれてきた。「内宇宙への道はどちらか」(1962)がNW-SF1号1970年7月、「新しい波」特集が載るのがSFマガジン1969年10月号なのだが、66年に翻訳された「時の声」や、68年に出た『沈んだ世界』(1962)伊藤典夫解説などによって、バラード=ニュー・ウェーヴの旗手という見方は既に出来上がっていた。それは「SF的思考とシュールレアリスムの手法を融合させた」(前記解説)というものである。このムーブメントは既存SFと対立するものとされたため、当時の読み方に先入観が入るのはやむを得ないだろう

 ところが、今読み返してみると、これら作品はバラード的な要素(作家的な個性)こそ含まれているものの、われわれがふつうに感じとるSF要素(人の情動に反応する植物や建築物、遺伝子、時間ループ、異星人のメッセージ、環境変動など)も十分に大きいことが理解できる。バラードは繰り返し「私こそSFの味方だ」とか「私はいつでもSFを書いてきた」と述べているのだが、あながち韜晦を騙っていたわけではない。初期のバラードは確かに前衛文学ではなく、SFを書いているのである。


2016/10/16

グレアム・ジョイス『人生の真実』(東京創元社)

グレアム・ジョイス『人生の真実』(東京創元社)
The Facts of Life,2002(市田泉訳)
装画:庄野ナホコ、装幀:岩郷重力+Wonder Workz。

 創元海外SF叢書の一環として7月に出た本で、2003年の世界幻想文学大賞を受賞した作品である。著者のグレアム・ジョイス(1954-2014)は、世界幻想文学大賞最終候補作『鎮魂歌』(1995)が、2004年にハヤカワ文庫プラチナ・ファンタジイとして翻訳されている(プリースト『奇術師』、ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』などと同時ラインアップ)。とはいえ当時も地味な扱いで、翻訳はそれきりとなっていた。

 第2次大戦の空襲のさなか、イングランド北中部のコヴェントリーで私生児として生まれた少年は、叔母姉妹と祖母ら8人の女たちに育てられる。祖母や母親には超常的な力があり、その能力は少年にも受け継がれていた。母親が精神的に不安定になるため、少年は叔母たちの家を転々しながら、さまざまな体験をする。戦後の英国地方都市を舞台に、少年は成長を遂げていくのだ。

 少年は母親と、たまたま出会ったアメリカ兵との間に生まれる。どこの誰かは分からない。一家を率いる祖母には7人の娘がいる。母親は末子だ。長女の夫は死体の防腐処理が仕事、双子の次女と三女は怪しげな交霊術に嵌まり、四女の夫は戦友から託された奇妙な遺言に囚われる。五女は農夫の夫と農場を仕切り、六女はカレッジを経て政治活動に目覚める。そして少年は秘密の隠し場所に眠る〈ガラスの中の男〉から、さまざまな託宣を受けるのである。

 コヴェントリー空襲については、コニー・ウイリス『犬は勘定には入れません』でも描かれている。本書では少年の母親が体験する、大聖堂が燃える重要な大火の場面だ。しかし、SFの枠組みを重視するウイリスと違い、本書にSF的なこだわりは少ない。超常現象が解明されないまま「超常」として残るからだ。また、超常的な現象が描かれても、主眼は主人公たちの生きる日常生活にある。幼少期の夢に似た体験は、たいてい偽記憶(思い込み)なのだが、もしかするとこんな真実=秘密をはらんでいるのかも、と思わせる不思議さがある。


2016/10/23

ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(早川書房)

ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(早川書房)
United States of Japan,2016(中原尚哉訳)
カバーイラスト:John Liberto、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 ハヤカワ・SF・シリーズとSF文庫で同時刊行という異例の出版形態となった話題の作品。同時刊行は京極夏彦の『ルー=ガルー2』(単行本、新書、文庫、電子書籍同時)など前例がないわけではないが、SFの翻訳書では初めてだろう。著者は1979年ソウル生まれのアジア系(韓国系)アメリカ人で、本名はピーター・トライアス・リュー。本書は、2016年3月にSFやファンタジイの出版で知られるアングリー・ロボットから出たばかりの3冊目の著作にあたる。これまでは純粋なSFというより、奇妙な味の小説を書いてきたようだ。

 1948年サンノゼへの原爆投下を経て、アメリカの西半分は降伏、属領の日本合衆国(USJ)となる。東側はナチスドイツの占領下に入る。40年後の1988年、特高警察の女性課員が、検閲局に勤める陸軍大尉とともに、USJに広まる発禁ゲーム「USA」の開発者を追う。そのゲームは、アメリカが日本に勝利するという反社会的なものなのだ。しかしゲームを巡っては、アメリカ人反体制派ジョージ・ワシントン団や、大尉のかつての上司の陰が見え隠れする。

 本書はP・K・ディック『高い城の男』の精神的な続編になるという。ディックは同書の続編を構想していたが、残された遺稿ではドイツ側の物語になっていた。著者は、アジア側の視点を持って、USJを書こうと試みたのだ。主人公は日系人収容所に収監された父母の子供で、生き残るために過酷な決断をする。純血の日本人ではない特高の捜査官は、天皇に忠誠を誓うあまり過激な行動に出る。USJは反体制派との戦闘で荒廃し、硬直化した占領政策は腐敗や統制の緩みを産む。絶妙な翻訳文とも相まって、本書には椎名誠の一連の未来史もののような存在感がある。

 著者は幼少時に日本のゲームに魅了され(ファミコン世代)、日本映画やアニメーションからも深い影響を受けてきた。それらが後に、ゲーム業界映画関係の仕事に就くきっかけとなった。新しい『高い城の男』の世界に、VRゲームや巨大ロボットメカが登場するのは、そういう意味で必然なのだろう。ただし、本書に明確に現れているのは、ゲームやアニメのポジティブなジャパンだけではない。背景に流れるネガティブな「大日本帝国」が、強い陰影を与えている点に注目する必要がある。


2016/10/30

ケイト・ウィルヘルム『翼のジェニー』(書苑新社)

ケイト・ウィルヘルム『翼のジェニー』(書苑新社)
Jenny with Wings,2016(伊東麻紀・尾ノ上浩司・佐藤正明・増田まもる・安田均訳)
装画:coco

 アトリエサード/書苑新社によるナイトランド叢書は、出版困難と思われていた怪奇/幻想小説の古典を新訳/改訳で渉猟するユニークなシリーズで、順調に点数を増やしている。本書はその分類には入らないが、同一版型でSFを狙ったオリジナルの短篇集である。翻訳権10年留保の範囲で著者別のSF短篇集を出す企画は、1980年代に青心社がデーモン・ナイトやラファティなどの《青心社SFシリーズ》で始めたものと似ているが、30年を経て当時より古典としての価値が深まったといえるだろう。

翼のジェニー(1963): 翼を持ち、空を自由に飛べる少女の出会い
・決断のとき(1962): ドアに恐怖を覚える中年の大学教授の見たもの
・アンドーヴァーとアンドロイド(1963): 禁じられたアンドロイドを妻とした男の運命
・一マイルもある宇宙船(1957): 交通事故で入院した男が夢に見る巨大な宇宙船
・惑星を奪われた男(1962)*: 火星に飛ぶ船に乗り組む一人の男の過去 
・灯かりのない窓(1963)*: 恒星間宇宙船乗員を目指す夫婦それぞれの結末
・この世で一番美しい女(1968)*: 皆からかしずかれる女が朧げに知ること
・エイプリル・フールよ、いつまでも(1970)*: 2回続く死産に疑問を抱いた主人公が知る真相
 *:初訳

 初期傑作選とあるが、過去サンリオSF文庫で出た『カインの市』から『杜松の時』までの4長編は、原著が1974〜79年に出たものだった。本書の中短編はそれ以前のもの、まさに原点の作品が選ばれている。ジュヴナイルのような幻想譚「翼のジェニー」、ウィルヘルムの名を高めた「一マイルもある宇宙船」、中編「エイプリル・フール……」などは、『クルーイストン実験』(1976)でより深く考察された、医療サスペンスものの原型を思わせる。

 初紹介の1970年代ごろ、ウィルヘルムはル・グィンやラスらと共に、ジェンダーをテーマとする代表作家とされた。本書に収められた60年代作品では、男女の能力差、夫婦、結婚、出産といった古い価値観/社会構造がまず提示され、それがさまざまな要因で覆るものが多い。半世紀ぶりのいま読むと、テーマ性は薄らぎ、個人の内省的な物語としての普遍性が高まっているように思える。