2015/3/1

ピアース・ブラウン『レッド・ライジング 火星の簒奪者』(早川書房)
Red Rising,2014(内田昌之訳)

Cover Illustration:緒賀岳志、Cover Design:岩郷重力+A.T

 著者は26歳のとき本書でデビュー、発売第1週でニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに挙がるなど最高のスタートを切った。読書サイトのGoodreadsでは、ウィアー『火星の人』を抑えて、2014年のベスト新人作家にも選ばれている。2011年に三部作の契約をしてから、入念な準備期間を経て出版された作品だ。ユニバーサルでの映画化予定もある。ハリウッドが原作を探していたタイミングとも合ったのだろう(下記紹介記事参照)。

 火星の地下深く、危険な労働に従事するレッドの少年は、妻を絞首刑で失う。その後、レッドの解放を目指す組織に助け出され、最上位階層ゴールドのリーダー養成校に潜入する。未来、人類は太陽系中に広がり繁栄していたが、その一方、14のカーストから成る厳格な身分制が敷かれていた。ゴールドはその頂点に立つ覇者だ。しかし養成校は支配階級の酷薄な性格を反映し、生き残った者だけに栄誉を授ける生存競争社会だった。

 火星が舞台ではあるが、それはほとんど関係ない。テラフォーミングが進み、重力以外は地球と変わりない世界となっている。本書の主眼は、カード『エンダーのゲーム』よりも、高見広春『バトル・ロワイアル』(1999)ばりの、少年少女による残虐な生存競争にある。物語のスケールは異なるものの、孤島で中学生(相当のティーンエージャー)が生き残りを賭けて殺し合うという設定が良く似ている。ただ本書の場合は、そこに主人公やゴールド階級なりの動機があり、裏側の駆け引きや陰謀も描かれていて、過去に『バトル・ロワイヤル』で言われた“意味の分からない残酷さ”という不条理感はない。

 

2015/3/8

ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日(上下)』(東京創元社)
The Violent Century,2013(茂木健訳)

Cover Illustration:スカイエマ、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 ティドハーは、ロンドン在住のイスラエル作家。昨年紹介された《ブックマン秘史三部作》は、フィクションの登場人物が架空のヴィクトリア朝で活躍する冒険シリーズだった。一方本書は、戦争の世紀に生きるコミックヒーローたちの命運を描いたものだ。英国ガーディアン紙の2013年SFベストでは、著者のベスト作とされている。アメリカ版と日本版が本年2月に出るまでは、英国のみの刊行だった。

 第2次世界大戦が始まる前、ある実験の結果、世界には超人たちが生まれるようになる。霧を生み出す者、物質を原子レベルに分解する者、弾丸のように硬化させる者、大英帝国は彼らを機密の諜報機関に組み入れる。ドイツは空を駆けるロケットマンの部隊を作り、ソ連は氷点下の嵐の創造者を、アメリカはコミックヒーロー紛いの特殊部隊を結成する。しかし、世紀は大戦争の時代であり、彼らは各陣営の対立に翻弄され、その運命を捻じ曲げられていく。

 1千枚ほどの長編が164もの断章に分かれ、舞台も現代/大戦前/大戦中/冷戦時、ヨーロッパ各地からラオス、アフガン、イスラエルまで目まぐるしく変転する。本書の原題は『暴虐の世紀』、邦訳ではその真逆のイメージ『完璧な夏の日』となっている。物語の中で、いつでも夏への扉を開く超能力者が現われるが、それが戦争と対極する永遠の平和を象徴しているからだ。本書には、特定のモデルはないものの、アメコミを思わせる超人たちが多数登場する。超人たちは戦争の捨て駒に過ぎないが、その存在はアウシュビッツの効率化された虐殺工場や、ロケットなどの大量破壊兵器生み出す科学の暗黒面を象徴している。そういった重みが、ライトなコミックと対置されている点が印象深い。

 

2015/3/15

田中哲弥『鈴狐騒動変化城』(福音館)
画家:伊野孝行、デザイン:祖父江慎+鯉沼恵一(コズフィッシュ)

佐藤哲也『シンドローム』(福音館)
イラスト:西村ツチカ、デザイン:祖父江慎+鯉沼恵一(コズフィッシュ)

 福音館から出た2冊の本を取り上げる。田中哲弥の本は昨年10月に出た童話風、佐藤哲也の本は今年1月刊で《ボクラノSF》という、ティーンエージャー向けSF叢書の一冊である。前者は賑やかなカラー/墨絵風イラストが豊富に載り、後者もイラストやカットが各ページを飾る。ただし、どちらもそういう外観とは裏腹な、ダークで不条理なお話になっているのが特長だろう。

鈴狐騒動変化城:無理難題を吹っ掛ける殿様に対抗し、町人たちは町娘に化けた子狐を殿様に輿入れさせる。しかし、そのままではすぐに正体がばれてしまう。薬屋から眠り薬を集め、城の井戸に投げ込むことにする。しかし城の中は思惑とは違う様相を呈していた。どこまでも迷宮のように広がる屋敷、殿様を狙う浪人、跳梁する忍者たち、殿様はというと徳利を抱えて酩酊状態。

シンドローム:高校生たちが授業を受けていると上空を隕石のようなものが飛び、裏山に落下する。早速現場に行ってみると、穴はあるのだが肝心の隕石らしきものはない。そのうち、町のある地域から地面の大陥没が始まる。その穴は急激に広がり、高校の校舎へも及んでくる。何ものが穴を穿っているのか、生き物なのか、異星人なのか。主人公は同学年の仲間に対し根拠のない猜疑心を抱きながら、次第に状況に呑み込まれていく。

 『鈴狐』では罠で捕まえた子狐が町娘を助け、さらに病気の娘に代わって美少女に変身、城に薬を持ち込む町人は忍びの達人で、城の中には殿様を狙う凄腕の刺客がいてと、ナンセンスが連鎖していく。確かに童話なのだから、少々の飛躍は許容されるのかもしれないが、そういう伏線について、作者はほとんど説明をしない。そのまま、物語をハッピーエンドにまとめてしまう。この結末も、落語風のオチのために付けられている。不条理を、さらに助長するような不思議さだ。
 『シンドローム』は隕石が落下し、町が穴に落ちていくという、パニック小説の体裁で書かれている。物語は「ぼく」の一人称で描かれる。ぼくは常に「精神的」であろうとし、「非精神的」なものを嫌悪する。精神的/非精神的は、普通なら理性的/感情的と書かれるべきものだ。クラスメートの女性と精神的な範囲で交際しようとするが、別のクラスの男子が非精神的に好意を持っていると疑っている。そういったぼくの心理は、文章自体に反映される。同じ文字数のセリフと、同じフレーズの繰り返しが執拗に現れるのだ。町の容赦ない崩壊と、パラノイアめいた主人公の思いがない交ぜとなって、物語全体にダークな凄みを与えている。

 

2015/3/22

チャーリー・ヒューマン『鋼鉄の黙示録』(東京創元社)
Apocalipse(Apocalypse) Now Now,2013(安原和見訳)

カバーイラスト:鷲尾直広、カバーデザイン:常松靖史〔TUNE〕


 本書は、南アフリカ在住の新鋭作家、チャーリー・ヒューマンのデビュー作である。ケープタウン大学の創作コース(出身者にはローレン・ビュークスらも含まれる)を卒業後、メディア関係の仕事をしながら、オンラインで発表をしてきた。本書は国内だけでなく、英国でも話題を集め、昨年には続編が書かれるまでに至っている。

 主人公はケープタウンの高校生。学内は乱れており、2つの勢力が暴力的な抗争中だった。主人公はその裏でポルノ写真や動画を売って商売をしている。そんな中、彼の恋人が失踪する。近くでは、若い女性を狙った連続殺人が起こっており、巻き込まれた可能性もあった。そこで、彼は裏事情に詳しい賞金稼ぎを雇うのだが、次第に裏社会どころか異形の怪物が跳梁する裏の世界にとりこまれていく。

 むしろ、カタカナで『アポカリプス・ナウナウ』とした方が、いかにも軽薄な感じがして、雰囲気が出たかもしれない。アナーキーな高校は、日本的な乱れた学校をさらにエスカレーションさせた雰囲気だが、授業が行えないほどではない。南アフリカはもともとのサン(コイサン)族、バンツー(コサ)族などアフリカ人の他に、アフリカーンズ(オランダ系移民)、英国系、東西ヨーロッパ系の移民が混じり合った国なので、多少の乱れは許容範囲なのだ。魔法の世界にも、アフリカ神話だけでなく、無国籍の怪物、妖怪、トコロシュ(コサ語が起源らしい)などの民間伝承/都市伝説までが混じりあう。著者自身、タブロイド新聞(日本でのスポーツ新聞)の、通俗超常ネタを意図的に取り入れたようだ。そういう怪しさが溢れかえる後半は、ついに大怪獣激突にまで至る(表紙イラスト参照)。『アポカリプス・ナウナウ』のナウナウは、現地の俗語で「間もなく」を意味するらしい。つまり、終末はすぐそこ、なのだ。

 

2015/3/29

上田早夕里『薫香のカナピウム』(文藝春秋)


装画:鈴木康士、装丁:大久保明子


 上田早夕里の最新長編。2012年から約2年間Web誌「マトグロッソ」に連載した作品を、加筆修正したものだ。表題のカナピウムはカノピー=キャノピーからきた造語で、キャノピーとは航空機の風防や天蓋を意味するが、この場合は樹林の林冠を指している(地面からは見えないので、キャノピーウォークという方法により、研究や観光がなされてきた)。巨木が育つ熱帯雨林では、林床は日が差さず植生も乏しいが、一方高さ40メートルにもなる林冠は果樹が実り豊かだ。本書の舞台も、その林冠の世界なのである。

 数百年後の未来、東南アジアの熱帯降雨林には、香り(薫香)を頼りに林冠で生活する人々がいた。一定の地域にとどまる定住者、各地を巡り歩く一族、猿に似たパートナーを伴う狩猟民、必需品を届ける隊商たち。宇宙には巨人と呼ばれる人種がいて、森の中にも遺物を残している。そういうバランスを保った共生関係は、しかし、森を焼く大規模な火災の発生を契機に変転を迎える。

 熱帯の森は、生物の多様性/遺伝子的遺産を守るため、国際的な保護の対象となっている。だが、かつての文明が失われた未来の地球では、別の意味での重要性を持たされる。本書の中では、前半森にすむ人々の生態/樹上生活が描かれたのち、後半明らかにされる実験の是非が強く問われることになる。人類文明よりずっとミニマムな(もはや人類とはいえないかもしれない)少数者の生存権を、こういった極限状態で認められるかが重要なポイントだ。