2014/7/6

ローレン・ビュークス『シャイニング・ガール』(早川書房)
The Shining Girls,2013(木村浩美訳)

カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン、カバー写真:(C)Robbert van der Steeg/Flickr/Getty Images (C)shaunl/Flickr/Getty Images (C)Stockbyte/Getty Images


 2月に出た本、原著は昨年出たばかりの新作だ。

 1931年、ケチな犯罪者だった男は偶然「家」を見つける。外観は荒廃した廃屋のようだが、中は綺麗に片付いており、そして別の時代に開く扉があるのだ。しかし、「家」は彼に要求を突きつける。さまざまな時代に赴き、シンボルとなる小道具を決められた手順で渡し、最後にその目標を殺すのだ、と。目標はすべて女だった。こうして時代を超えた連続殺人鬼が生まれる。主人公は少女のころ殺されかかるが、辛うじて生き残り、その殺人犯の正体を暴こうとする。

 舞台は目まぐるしく変わる。1943、1954、1974、1980、1988、1992年などなど。主な舞台は、殺人鬼の生きた時代1931-32年と、主人公が新聞社のインターンになって犯人の痕跡を探す1992-93年になる。それ以外は、いわば「殺人現場」だ。個々の時代で、女たちが何ものだったが描かれるのだ。殺人鬼は「家」からターゲットを全て殺すように指示されるが、主人公は偶然が幸いしてその目から逃れることができる。本書の中では、家の正体が明らかになるわけではない。現象は超自然的だがオカルトめいた雰囲気はなく、タイムトラベルについてのSF解釈がなされることもない(著者自身は、タイムトラベルについて興味を持っているようだ)。なぜこの男が、なぜ女ばかりをという謎が残る。快楽殺人を目的にしたシリアルキラーが男で、ターゲットが女性という傾向があることは経験則的に分かっているといわれる。ただし、本書でそういう説明はない。最後までサスペンスに終始するので、謎解きを期待する人には向かないが、それなりの見せ場を作って終わっている。

 

2014/7/13

米澤穂信編『世界堂書店』(文藝春秋)


装画・デザイン:森ヒカリ


 邦訳のある海外短篇集から、15篇を選んで作られたアンソロジイ。アンソロジイ(花束を作るように集められたもの)とは、もともとそういうものなのだが、本書の場合は、アンソロジイ/コレクションを問わず翻訳短篇集から再収録された短篇である。翻訳短篇集は数多く出ており、海外翻訳ファンなら知っているといっても、部数も少なく高価なため一般読者の目には留まらない。名の知れたミステリ作家 米澤穂信が、文庫で出す意義も十分にあるだろう。

 マルグリット・ユルスナール「源氏の君の最後の恋」(1938):山中に隠居した源氏の下に一人の女が訪れる
 ジェラルド・カーシュ「破滅の種子」(1947):プレゼントすることで、相手に不幸を送ることができる指輪
 レオン・ブロワ「ロンジュモーの囚人たち」(1893):見えない呪縛に閉じ込められた若い夫婦
 張系国「シャングリラ」(1981):石の生命が棲む星に残された地球の置き土産はそのまま模倣され定着する
 ヘレン・マクロイ「東洋趣味」(1965):清朝末期の北京でロシア公使は禁断の名筆を手に入れる
 シュテファン・ツヴァイク「昔の借りを返す話」(1941):アルプスで静養中の夫人が出会う一人の老人
 ジュール・シュペルヴィエル「バイオリンの声の少女」(1931):その声に悩むうちに、少女は成長していく
 キャロル・エムシュウィラー「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」(2005):→リンク先参照
 レーナ・クルーン「いっぷう変わった人々」(2000):無意識に空中に浮かんでしまう少女とその仲間たち
 蒲松齢「連瑣」(柴田天馬訳1919):幽霊の女と恋した男の運命(『聊斎志異』の一篇)
 ヒュー・ウォルポール「トーランド家の長老」(1933):田舎町を割って対立する一方の家の老婦人
 ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」(1943):医者の秘密集会では、自身の犯した医療ミスが告白される
 パノス・カルネジス「石の葬式」(2003):死産したはずの赤子の棺桶には石が詰められていた
 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「墓を愛した少年」(1861):見捨てられた墓地で墓に魅せられた少年
 久生十蘭「黄泉から」(1946):ニューギニアの戦場で病死した女は夢の中で巴里に憧れていた

 編集意図は、時代を問わず(19世紀から21世紀までを含む)、世界の作家(フランス、アメリカ、台湾、オーストリア、フィンランド、中国、イギリス、ギリシャ、日本)から集めたファンタジイの選集になるのだろう。ユルスナール、カーシュ、ツヴァイク、シュペルヴィエルなど(過去に)日本で人気を得た作家や、フィンランドのクルーン、ギリシャのカルネジスなど知られていない作家も対等に並べられていて、飽きずに楽しめる(と書いたが、クルーンは翻訳が既に6冊あり、フィンランドではSFとしても評価されているらしい)。ちくま文庫や扶桑社のもの、まして創元文庫、ハヤカワ文庫ではジャンル色が強すぎるので、翻訳ファンではない誰もが手に取れる、本書のような雰囲気には得がたいものがある。

 

2014/7/20

勝山海百合『狂書伝』(新潮社)


装画:田尻真弓、装幀:新潮社装幀室


 2011年の日本ファンタジーノベル大賞を受賞した著者の、5月に出た新作だ(6月には続いて『月の森の真弓子』が出ている)。本書は受賞作に続く中国ファンタジイとなっている。

 明の時代の終わり、自身名筆家で書画の収集家でもある男がいた。男は国の高級官僚で実力者だったが、書に入れ込むあまり、地所の管理を乱暴者の息子に任せ、その結果人心を失いつつあった。書の奥深さに比べれば、市井の声など、どうでもよいのだ。そのころ、巷では男を揶揄する書が出回り始めていた。

 本書には「書」にまつわるエピソードが複数描かれている。池の中に古書のための収蔵庫を作った男、唐代の懐素の書など貴重なコレクションを見せられた若い男、内容より手紙の文字や紙の手ざわりなど不定形の雰囲気に魅せられる男、父親に似て器量は優れないが文才の溢れる娘、風刺本を書いたと責め殺される男などなど。加えて、犬に変身する毛皮といった魔法の要素も混じり合う。物語の枝葉/要素が伸び放題で、少し混乱した印象が残るが、「書」の不思議さを求心力にした点がポイントになるだろう。

 

2014/7/27

ヴィクトル・ペレーヴィン『ジェネレーション<P>』(河出書房新社)
Generation"P",1999(東海晃久訳)

装幀:木庭貴信(Octave)


 ペレーヴィンの代表作とされる作品。ソビエト崩壊後、ロシアで繁栄する広告産業を描いたものだが、まあそういう言葉から想像できる世界をはるかに超えている。

 主人公は詩人に憧れ文学大学に入学、ソビエト内の民族語を翻訳する仕事を目指そうとしたが、ソビエト崩壊でそういう職業はなくなってしまった。旧秩序が崩壊し、代わって虚妄の資本主義がモスクワを席巻していた。売店の店員をしていた主人公は、ある日同級生からコピーライターの仕事を紹介される。信じられないほどの報酬を得られる一方、そこで宣伝されるものはすべて外国の商品ばかり。コカ・コーラ、スプライト、パーラメント、ネスカフェ、タンパックス、パナソニック、ソニー…。

 ジェネレーション<P>とは、60年代に生まれ、青年時代に政治の大異変を迎えた世代を指す。舞台は1990年代、ソ連はなくなり資本主義ロシアとなっていたが、そこで売られるものにロシア製品はない。市場は外国に支配されているのだ。その一方、金を持っている海外資本からバブリーな資金が流入し、ほとんど虚飾の事業計画を出すだけで莫大なお金を得ることができた。誰も市場経済の仕組みを知らないから、資金は投資に回るのでなく、放蕩と蓄財に費やされる。そんな中で主人公が書く広告コピーは、不気味な暗さを背景に湛えているにも関わらず、クライアントの好評を得る。やがて、彼は国家級のクライアントの仕事を得るのだが、そこでは政治自体が広告と化しているのだ。ペレーヴィンの筆致は、国の体制を問わず鋭く、奥深く、底知れないダークサイドを映し出す。ソローキンからも同様のトーンを感じる。まさにロシア的だ。