著者は1975年生まれのイギリス作家で、ノンフィクションのベストセラー『#生きていく理由 うつヌケの道を、見つけよう』(2016)など邦訳が複数ある。全部で8冊ある著作の中には、世界25か国で翻訳された児童書もあり、幅広い分野の書き手と言えるだろう。本書は一人の長命者の半生を描いた、昨年出たばかりの最新長編である。カンバーバッチ主演で映画化も予定されている。
主人公は1581年に生まれた。それから現在まで400年を越える歳月を生きてきたが、一見40代の中年男性にしか見えない。不老不死ではなく、普通の人々と比べて老化が15倍遅いだけなのだ(大人になって以降遅くなる)。しかしその違いは人々の猜疑心を呼び、中世では魔女狩り、現代では老化研究の材料にされる危険をはらんでいる。同じ体質を持つ人々は、自分たちの秘密を守るために定期的に住処を変え、人とのかかわりをできる限り避けるようにする。特に、普通人との恋愛は禁止事項だった。
この原題How to Stop
Timeは、物語の中でスコット・フィッツジェラルドが語る「時間を止める方法が見つからないものかね」からきている。「幸福の瞬間に網を投げ、蝶のようにつかまえて、永久にとどめておけるようにするのさ」と続く。長命者は数百年も生きるのだが、(歳をとらないことを)怪しまれず、安心して生活できる時間は逆に普通人よりも短い。10年未満で居所や仕事を変えないといけないからだ。普通人よりも時間をとどめるのが難しいという、本書のテーマがここに象徴される。
物語では、16世紀末のイングランド(母との別れ、最初の恋人と出会い、シェイクスピアのグローブ座加入)、18世紀の太平洋諸島(ウォリス、クック船長と航海し、最初の同類の仲間と出会う)、19世紀末から20世紀初頭の欧米(長命者のリーダーや、フィッツジェラルドと出会う)、それらと現代とがカットバックの形でモザイク状に置かれている。タイム・トラベルとは違うので、順序はランダムではない。主人公誕生から現在までの時間と、今現在の時間が順方向に流れる形で対比されている。
長命者をどう描くかは、SFでも重要なポイントである。神のように超越的な視点(究極の上から目線)も多いが、400年生きた本書の主人公は世俗的な煩悩を捨てきれない。人類は過去の教訓から学ばない、本書中ではそう指摘されている。人間がせいぜい半世紀単位で、次々入れ替わっていくことが原因かもしれない。しかし、たとえ千歳生きても、人間という器をまとっている以上、神さまにはなるのは難しいのだ。