2018/10/7

デイヴィッド・レヴィサン『エヴリデイ』(小峰書店)

デイヴィッド・レヴィサン『エヴリデイ』(小峰書店)
Every Day,2012(三辺律子訳)

装画:星野ちい子、装幀:川名潤

 著者は1972年生まれの米国作家。2003年にYA向けの『ボーイ・ミーツ・ボーイ』でデビューし、以降LGBTなどをテーマにベストセラーを含む30冊近い著作を書いてきた。その中でも、本書は設定が特異である。主人公は生まれた時から一日も欠かさず、毎日毎日別の人間として、見知らぬ身体で目覚めるのだ。本書は、2月に映画公開(日本ではAmazon Primeビデオで『エブリデイ』として公開)もされている。

 5994日目、主人公は一人の男子の中で目覚める。あまり性格の好い人物ではないが、主人公は自分が借主(精神/知性)であることを承知している。何しろそんなふうに生まれついたからだ。毎日変わる、一日限りの宿主(肉体)なのである。夜半を過ぎると、別人に転移してしまう。同じ人物には二度と戻らない。平穏なまま過ごせば、その日の出来事が宿主に不確かな記憶として残るだけで、憑依されたと気付かれることはない。だが、一人の少女と出会ったことで、孤立した主人公の運命は大きく変わっていく。

 遠く離れた男女の体が入れ替わるアニメ『君の名は』など、"精神交換”ものの作品はジャンルにできるほど数多くある。ただ、本書ではその特性が、外観による差別を客観化するツールとして、最大限生かされている。日々別の体で目覚める主人公は、決まった肉体ではなく、男女、人種、美醜、肥満痩身、障がいや性向を問わずあらゆる体を遍歴するからだ。肉体の違いは優劣の差ではないが、人の持つ感情面に影響を与える。唯一共通するのは、宿主全員が主人公の生きたのと同じ16才であること。主人公はひとりの女の子に恋するが、同じ体では2度と会えない。しかも近くに住んでいるとは限らない。借主の恋のために、宿主は理不尽な行動を強いられるようになる。

 映画では主人公は「精霊」と表記されているが、本書の中でそういったスピリチュアル寄りの描写はない。なぜ主人公がこんな風に生まれついたのか、他に同じ境遇の転移者はいないのか、外観が異なっても中身が同じだと分かれば恋愛は可能なのか、さまざまな問いかけが物語の中で繰り返されるのである。


2018/10/14

ヴィクトル・ペレーヴィン『iPhuck 10』(河出書房新社)

ヴィクトル・ペレーヴィン『iPhuck 10』(河出書房新社)
iPhuck 10,2017(東海晃久訳)

装幀:川名潤

 人類はアルゴリズムらしい(『ホモ・デウス』)のだが、本書の主人公はアルゴリズムそのものである。ソローキン(1955年生まれ)とペレーヴィン(1962年生まれ)は、SF的で壮大/猥雑な道具立てで知られ、日本でもっとも人気のある現代ロシア文学の作家だ。その中でも大部の本書は、昨年出たばかりの最新長編である。

 近未来のいつか、物語は刑事文学ロボットの独白で始まる。彼はポルフィーリィ・ペトローヴィチ(『罪と罰』の予審刑事と同名)を自称するが、実体はなく電子的なアルゴリズム(ネットの中だけに存在するAI)なのだ。警察当局に所属し、事件を文学(小説)の形で報告する。ある日、彼は一人の美術史家兼アートキュレータに貸し出される。この時代では、費用さえ厭わなければ、刑事ロボットを守秘義務付きで自由に借りることができる。最初の指令は、21世紀初頭に勃興した石膏時代の藝術作品=ギプスを探すことだった。

 ペレーヴィンは毎年1作品を発表し、そこには時々の最新時事風俗ネタが取り入れられる。表題のアイファック10は、昨年発表されたiPhoneXを意識したもの。もちろんそれはスマホなどではなく、最新鋭の性遊具なのだ。近未来、人々はナマのセックスを忌避するようになる(なくなったわけではないが、野蛮で無思慮な行為とみなされる)。その代わり性遊具が高度にロボット化し、性的なVR映画を伴った一大産業となっている。世界は混沌としている。ロシアは帝国に、アメリカは内戦状態、中国は宗教国家、欧州を含むそれ以外はイスラム圏となって、小競り合いが続いているらしい。

 ポルフィーリィの語りのあと、お話はアートキュレータの独白となり、途中評論に対する批判、小説内小説、ついにはVR映画(上記)の中身とそれに対する評論が出てくるなど、あらゆるパターンが登場して飽きさせない。ある種サイバーパンク的な作品なのだが、純粋な仮想空間であるはずなのに、全くそうは感じさせない。明確に政治的とはいえないが、妙にリアルな社会背景が透けて見えてくるようだ。


2018/10/21

マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』(早川書房)

マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』(早川書房)
How to Stop Time,2017(大谷真弓訳)

カバーイラスト:青井秋、カバーデザイン:川名潤

 著者は1975年生まれのイギリス作家で、ノンフィクションのベストセラー『#生きていく理由 うつヌケの道を、見つけよう』(2016)など邦訳が複数ある。全部で8冊ある著作の中には、世界25か国で翻訳された児童書もあり、幅広い分野の書き手と言えるだろう。本書は一人の長命者の半生を描いた、昨年出たばかりの最新長編である。カンバーバッチ主演で映画化も予定されている

 主人公は1581年に生まれた。それから現在まで400年を越える歳月を生きてきたが、一見40代の中年男性にしか見えない。不老不死ではなく、普通の人々と比べて老化が15倍遅いだけなのだ(大人になって以降遅くなる)。しかしその違いは人々の猜疑心を呼び、中世では魔女狩り、現代では老化研究の材料にされる危険をはらんでいる。同じ体質を持つ人々は、自分たちの秘密を守るために定期的に住処を変え、人とのかかわりをできる限り避けるようにする。特に、普通人との恋愛は禁止事項だった。

 この原題How to Stop Timeは、物語の中でスコット・フィッツジェラルドが語る「時間を止める方法が見つからないものかね」からきている。「幸福の瞬間に網を投げ、蝶のようにつかまえて、永久にとどめておけるようにするのさ」と続く。長命者は数百年も生きるのだが、(歳をとらないことを)怪しまれず、安心して生活できる時間は逆に普通人よりも短い。10年未満で居所や仕事を変えないといけないからだ。普通人よりも時間をとどめるのが難しいという、本書のテーマがここに象徴される。

 物語では、16世紀末のイングランド(母との別れ、最初の恋人と出会い、シェイクスピアのグローブ座加入)、18世紀の太平洋諸島(ウォリス、クック船長と航海し、最初の同類の仲間と出会う)、19世紀末から20世紀初頭の欧米(長命者のリーダーや、フィッツジェラルドと出会う)、それらと現代とがカットバックの形でモザイク状に置かれている。タイム・トラベルとは違うので、順序はランダムではない。主人公誕生から現在までの時間と、今現在の時間が順方向に流れる形で対比されている。

 長命者をどう描くかは、SFでも重要なポイントである。神のように超越的な視点(究極の上から目線)も多いが、400年生きた本書の主人公は世俗的な煩悩を捨てきれない。人類は過去の教訓から学ばない、本書中ではそう指摘されている。人間がせいぜい半世紀単位で、次々入れ替わっていくことが原因かもしれない。しかし、たとえ千歳生きても、人間という器をまとっている以上、神さまにはなるのは難しいのだ。


2018/10/27

 

飛浩隆『零號琴』(早川書房)

飛浩隆『零號琴』(早川書房)

装幀:早川書房デザイン室

 出版忽ち重版。著者がSFマガジン2010年2月号から翌年10月号まで連載した長編を、ほぼ7年間がかりで全面改稿した大作である。「著者16年ぶりの長篇」とあるが、そもそも最初の長編は初単行本だったのだから、そこからの時間を惹句とするのは適切とはいえないだろう。

 惑星〈美縟〉の首都〈盤記〉では、開府500年祭を迎えるにあたり、埋蔵楽器〈美玉鐘〉を復活させ、絶えていた伝説の音楽〈零號琴〉を奏させようとしていた。美玉鐘は首都全部を覆いつくすほどの鐘の集合体である。奇妙な出自の特種楽器技芸士と、これも常人を凌駕する身体能力を有する相棒は、とある超大富豪から演奏への参加を促される。

 いつとは知れぬ未来、人類は〈轍世界〉と称される星間文明をベースとした宇宙に広がり、独特の文化を育んでいる。異星人は人類に技術を与えただけで姿を見せない。楽器技芸士は、遺跡に残された異星人の〈楽器〉を扱える特殊技能者ギルドの一員である。その〈轍世界〉でも美縟の美玉鐘、さらに美縟に住む人々は謎めいている。假面を付け、假面に操られるまま、假劇と称するシナリオ付きの演劇を興じるのだ。

 冒頭、エキゾチックな固有名詞を繰り出すことで、クラシック宇宙SF(ヴァンスなど)の雰囲気が濃厚に漂うが、怪獣に似た怪物牛頭にまつわる事件で状況が一転、その後は「仙女戦隊 あしたもフリギア!」というもう一つの現代的(というか、ゼロ年代的)モチーフが姿を現し、最後になると最新作『自生の夢』と同等の深い物語に変質していく。これはある意味、自身の体験したSF的なるものに対するオマージュで組み立てられた作品といえる。

 著者と同年代SFファンに対するくすぐり、「緊張、懸念、不和がきた」(『分解された男』)とか「霜だらけβ」(「フロストとベータ」)や、プリキュア、ルパン三世、鉄人、仮面ライダー、ゴ・レンジャー、ウルトラマン、加えて手塚漫画などからインスパイアされたキャラクタ、背景に流れるクラシック交響楽などなど、7年分というより飛浩隆半生分の蓄積が重厚に楽しめ、コストパフォーマンス的にお得すぎる福袋作品だろう。キャラクタも、この作品だけで終わらせるのはもったいない。