2019/10/6

ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ『物体E』(早川書房)

ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ『物体E』(早川書房)
Steal the Stars,2017(金子浩訳)

カバーイラスト:加藤直之、カバーデザイン:早川書房デザイン室

 2017年に公開されたポッドキャスト・ドラマ(ラジオドラマのオンライン版)のノベライゼーションである。日本ではまだ少ないが、ポッドキャストでオーディオ・ドラマを販売するサイトはSpotifyなどを中心にたくさんある(この作品も含め、Spotify以外でも多くで聴ける)。本書の著者は同作の出演者と脚本家でもある。

 近未来のアメリカ、かつては軍が管轄していた多くの機密案件は、いまや民間軍事企業に委託されている。11年前に落下したエイリアンの宇宙船もそうだった。厳重に隔離された地下基地で、少数のチームにより解析が続いている。死んでいるとしか思えないエイリアンはなぜか体温を保っており、ハープと呼ばれる存在は基地全体のエネルギーを定期的に吸い取ってしまう。そういう非日常的な現場で主人公は警備主任をしていたが、ある日配属されてきた新人に心を奪われてしまう。

 もともとのドラマは14のエピソードに分かれている。本書は最終章と併せて28章なので、2章で1話のイメージで読めばいいのかもしれない(ポッドキャスト版は未視聴なので推測)。短いエピソードを積み上げながら、全体のサスペンスを盛り上げるというスタイルだ。オーディオ・ドラマは、CGが多用できる映画や、役者の顔が見える演劇と異なり、セリフと簡単なナレーション/効果音だけで聞き手を引き付けなければならない。本書は小説なので人物の内面まで描写可能になるが、もともとの構造からは大きくは変わっていないだろう。

 ドラマは警備主任(女)が若い警備員(男)と「禁断の恋」の墜ちるところから始まる。民営化されているとはいえ、半軍事組織の機密基地では同僚同士の恋愛は禁止、見つかれば二度と会うことができなくなる。一方、遅々とした研究にしびれを切らした会社幹部は、エイリアンの処分を考え始める。そこから一転、物語は基地の外へと広がり、思わぬ急展開を見せる。

 恋愛禁止の民間警備会社とエイリアン、しかもグレイタイプで秘匿された墜落UFOという、陰謀説を皮肉ったような設定(内容はシリアス)が面白い。冷静かつタフなマッチョタイプ(女性だが)の警備主任が、後半自壊するように転落していくありさまが本書のサスペンスの肝だろう。最後には、エイリアンの由来も明らかになる。


2019/10/13

ジョー・ヒル『怪奇日和』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

ジョー・ヒル『怪奇日和』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
Strange Weather,2017(白石朗、玉木亨、安野玲、高山真由美訳)

表紙イラスト:Photo illustration and design by Alan Dingman、表紙写真:Marcin Perkowski,armo.rs,Sabphoto,Digital Storm,tatui suwat,Barandash Karandashich/Shutterstock.com、ブックデザイン:albireo

 2008年に出た『20世紀の幽霊たち』(2005/2007)以来のジョー・ヒル作品集である。といっても、前作が17作を収めていたのに対し、本書は長編級の中編4編のみ、いかにも長編型の著者らしい作品集といえる。2013年から16年にかけて書かれたもの。

 スナップショット:主人公はかつてベッビーシッターをしてくれた老女が彷徨しているところを助けるが、ポラロイドマンに気を付けろという謎の警告を受ける。こめられた銃弾:モールの警備員を務める男は妻子との接触を禁じられていた。だが、ある日モールでの銃撃事件に遭遇し英雄に祭り上げられる。雲島:親友の追悼を兼ねてスカイダイビングに挑戦した主人公は、一人奇怪な空中に浮かぶ雲の島に囚われてしまう。棘の雨:コロラド州デンヴァ―周辺に棘の雨が降る。それは文字通りの棘(とげ)、鋭い切っ先を持つ針のような雨で、何千人もの人々を容赦なく切り裂いた。

 これらの作品は『ファイアマン』などの大長編を書き終えた合間に、寸暇を惜しんで書き上げられたものである。信じられないが、ジョー・ヒルは2000枚クラスの大長編であってもノートに手書きで執筆するらしい。ノートが余ると、その「余白」にこういう中編を書くという(著者あとがき)。まだ40代なのでデジタルデバイドではないだろう。タイプするのではなく文字を書くことで、創作のモチベーションを高める作家なのである。

 「スナップショット」では記憶を抜き取ってしまうポラロイドカメラが登場する。一方「こめられた銃弾」は、2012年に起こった小学校での銃乱射事件を契機に書かれたもの。銃社会や絶え間のない大規模な山火事という、アメリカ社会の(簡単には根絶できない)病巣が、超自然現象抜きで描かれている。「雲島」は空中に浮かぶ正体不明の浮遊物に漂着するお話。「棘の雨」はある種の破滅ものなのだが、結晶化した棘が雷鳴と共に無数に降り注ぐという、恐ろしいありさまが描かれる。

 物語の構成はそれぞれユニークだ。「スナップショット」は物語の決着がついたあとも、何章分かのエピソードが続く。「こめられた銃弾」の方はある程度結末が読めるのだが、そこに至る前に突然の終わりが来る。「雲島」がなぜ浮いているか(エイリアンの技術なのか)、「棘の雨」はどのように作られるのか(何ものかの陰謀か)、一応のつじつまを付けてはいるものの、SFで通常みられるロジックとは明らかに異なる不思議な雰囲気がある。


2019/10/20

スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント『死んだら飛べる』(竹書房)

スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント『死んだら飛べる』(竹書房)
Flight or Fright,2018(白石朗、中村融他訳)

カバーイラスト:タケウマ、カバーデザイン:坂野公一(welle design)

 編者の一人ヴィンセントは、先週の『怪奇日和』を読みながら本書の収録作を考えたという(「雲島」が該当するが、結局ヒルは別の作品を書下ろした)。最初に企画を思いついたのがスティーヴン・キング(各作品の前書きも担当)、作品の選定実務にあたったのがベヴ・ヴィンセントという分担だ。基本的には再録アンソロジイなのだが、キングとジョー・ヒルの親子コンビは書下ろしを寄せている。とはいえ、日本読者にとっては17作中10作が初訳なのだから、再録/オリジナルの違いはあまり重要ではないだろう。

 E・マイクル・ルイス「貨物」(2008)*殺された子供の遺体を運ぶ輸送機で声が聞こえる。アーサー・コナン・ドイル 「大空の恐怖」(1913)高度記録の更新を狙った複葉機や単葉機が不可解な事故で墜落する。リチャード・マシスン 「高度二万フィートの恐怖」(1961)夜間飛行中の旅客機で眠れない主人公は、機外の翼の上に人影を見る。アンブローズ・ビアス 「飛行機械」(1899)飛行機械を作った男が人々に盛大なお披露目をする。E・C・タブ 「ルシファー!」(1969)*死体保管所の係員は事故で亡くなった金持ちと思われる男から小さな指輪を盗む。トム・ビッセル 「第五のカテゴリー」(2014)*エストニアでの講演を終えた元政府関係者の男は、帰りの機中でただ一人取り残されている事に気が付く。ダン・シモンズ 「二分四十五秒」(1988)*高所恐怖症の男は仕事の関係でやむを得ずビジネスジェットに乗り込む。コーディ・グッドフェロー 「仮面の悪魔」(2017)*ラテンアメリカの国から失われた民族の仮面を持ち出した男は、なぜか税関を通り抜け搭乗に成功する。ジョン・ヴァーリイ 「誘拐作戦」(1977)ゲートでつながる旅客機に送り込まれたチームは任務を着々とこなす。ジョー・ヒル 「解放」(書下ろし)*飛行中の乗客に機長から不穏なメッセージが告げられる。デイヴィッド・J・スカウ 「戦争鳥(ウォーバード)」(2007)*第2次大戦中、ドイツ空襲に参加したB-24の乗組員は襲いかかる戦争鳥を目撃する。レイ・ブラッドベリ 「空飛ぶ機械」(1953)中国の皇帝はある日空を飛ぶ男を目にする。ベヴ・ヴィンセント 「機上のゾンビ」(2010)*ゾンビたちに追われる生存者たちは、コミュータージェットに乗って北を目指す。ロアルド・ダール 「彼らは歳を取るまい」(1946)第2次大戦中シリアで偵察に出たハリケーン戦闘機のパイロットが行方不明となる。ピーター・トレメイン 「プライベートな殺人」(2000)*ファーストクラスの客がトイレで死亡、拳銃自殺と思われるのだが銃器が見当たらない。スティーヴン・キング 「乱気流エキスパート」(書下ろし)*主人公は不定期に呼び出され、いつもエコノミーの指定席に坐ることになる。ジェイムズ・ディッキー 「落ちてゆく」(1967)*高空でのドア開閉事故で、空中に客室乗務員が投げ出される(実話からインスピレーションを得た詩)。
*:初訳

 古典のドイル(怪獣ドゴラの元ネタと論じる人もいるようだ)、マシスンやブラッドベリ、ダール、SFファンならお馴染みのヴァーリイを収め、このテーマなら落とせないという定番作品が網羅されている。ただ最初にも書いたように、本書の過半数は未訳(初訳10編+新訳3編)で、あまり知られていなかった作品が占める。

 航空機は、それが戦闘機であれ旅客機であれ、一度離陸したら下りるまで究極の密室状態が続く。船と違って旅客が脱出するのも容易ではない(たいていそんな時間は取れない)。特殊かつ閉鎖的な環境(つまり、ヴァリエーションが少ない)が舞台なので、ユニークな作品とするには相当の工夫が求められる。「貨物」は機内環境をストレートに使ったホラー、「プライベートな殺人」は同様のミステリ、「第五のカテゴリー」はそこに政治テーマを組み合わた現代的な作品だ。「ルシファー!」はタイムループとの組み合わせ、「二分四十五秒」は墜落するまでの時間、「墜ちてゆく」も同じで、航空機に許されたタイムリミットが印象的にクローズアップされている。「戦争鳥」「彼らは歳を取るまい」は生存率が低く死屍累々だった当時の戦場を象徴する。「解放」は破滅ものの新趣向、「乱気流エキスパート」は著者の嫌いな航空機の危うさを揶揄している。

 収録作の発表年は1899年から2018年まであり、航空機の歴史と同じぐらいの幅がある。飛行する機械は、新奇な発明品だった時代、消耗品の兵器だった時代を経て、今や大量輸送の担い手である。しかし考えてみれば、これほど制約が多く理不尽な乗り物はない(例えば、出発/到着時間がルーズで便のキャンセルは日常茶飯、その割にセキュリティは厳しい)。編者のキングは、そこに目を付けて本書を考えたわけだ(序文参照)。ホラー、サスペンス、SF、ミステリ、ファンタジイが新旧織り混ぜて選ばれているが、この並びの中なら旧作も含めて十分楽しめるだろう。


2019/10/27

フォンダ・リー『翡翠城市』(早川書房)

フォンダ・リー『翡翠城市』(早川書房)
Jade City,2017(大谷真弓訳)

カバーデザイン:川名潤

 著者フォンダ・リーは本書が初紹介だが、1979年にカナダに生まれ現在はアメリカ在住の作家。2015年からYA向けの長編を書いており、3作目の本書で世界幻想文学大賞を受賞した。《グリーン・ボーン》というシリーズの最初の作品にあたる(第2作まで出ている)。

 ケコン島は、翡翠からパワーを得られる超能力者グリーン・ボーンたちによって、植民地からの独立を勝ち取った島だった。時代は下り、グリーン・ボーンは主に2つの大集団〈無峰会〉〈山岳会〉に別れ、島内の縄張りを分け合っている。〈無峰会〉を仕切るコール家には、若い指導者である温厚な長男ラン、腕力と人望を併せ持つ次男ヒロ、束縛を嫌って外国人と駆け落ちした長女シェイがいた。シェイは恋人と別れ帰国している。しかし島内では翡翠を巡る闇取引を契機に、血で血を洗う大規模な抗争が発生する。

 翡翠は意識を高揚させるある種の麻薬である。訓練を積んだもの、才能のあるものだけが、翡翠に呑まれずに使いこなせるのだ。しかし能力がなくても、薬の力で翡翠をコントロールする方法がある。翡翠と薬という儲けの源泉を巡って、組織間の軋轢は高まっていく。

 架空の島、架空の集団を描いたファンタジイである。ただし、舞台は20世紀頃(著者は1960-70年代を想定したと述べている。携帯電話などのない時代)の香港を思わせる。超能力集団といっても、縄張りを決め商店からみかじめ料(用心棒代)を徴収する組織といえばヤクザそのもの。息のかかった政治家を抱えて、島の議会/政治をもコントロールする。西部劇のように流れ者のガンマンや保安官(警察関係者)は登場せず、ひたすらファミリー内の兄弟/疑似家族の葛藤を描く点はアジアン・テイストといえる。

 「非情城市」を連想する標題ながら、舞台が香港風の本書は、リアルな政治告発/風刺を描こうとした作品ではない。フォンダ・リーはアジア系の二世、生まれも育ちもカナダで、スタンフォードでMBAを取得し経営コンサルタントで働くなど、価値観は欧米の第三者的な立場にある(登場人物シェイの経営知識には、自身の体験が反映されている)。本書のグリーン・ボーンは著者のオリジナルだが、香港の三合会、日本ヤクザやマフィアもののノンフィクション/フィクションと、香港映画などにインスパイアされたものだ。義理人情をそぎ落としたヤクザ映画、カンフー映画、あるいは番長もののマンガ風で、兄弟の屈折した愛情と組織への愛着/束縛/抗争を軸に、迫力のある超能力アクションを描いている。