アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』(竹書房)
The Universe of Xuya Collection #1,2019(大島豊編訳)
カバーイラスト:Kotakan、装幀:坂野公一(welle design)
著者自身が「素晴らしい」と感想を述べた華麗なデザインの表紙がまず目を惹く。アリエット・ド・ボダールは、1982年ニューヨーク生まれのフランス作家(パリ在住)。エコール・ポリテクニーク卒のソフトウェアエンジニアでもある。英国に住んだ経験もあり、作品は英語で発表している。母親がヴェトナム人というアジア系二世で、本書はそういう雰囲気を前面に出した《シュヤ宇宙》から、セレクトされた9編を収めた日本版オリジナル。日本ではSFマガジン2014年3月号で故小川隆さんの「没入(包嚢)」紹介があったのみで、ほぼ知られていなかったが、2007年デビュー以降10冊以上の著作がある中堅作家だ。
蝶々、黎明に墜ちて(2008)
メヒカ地区で事件が起こる。被害者はホログラム作家で、その恋人は既に拘束されていた。シュヤ政府では珍しいメヒカ人判官が事件の真相を探るうちに、過去の紛争から続く複雑な人間模様が浮かび上がる。
船を造る者たち(2010)
新たな宇宙船を建造中の意匠和合棟梁は、予定よりも早く船の胆魂(マインド)が生まれると聞いて慌てる。だが、微妙な調整期間を設けないと船は完成しないのだ。
包嚢(2012)
頭に装着する包嚢は、データ端末であると同時に、装着者の外見までも変容させる装置だ。主人公は宇宙ステーションのレストランで異文化の国ギャラクティクの夫婦と出会うが。
星々は待っている(2013)
隔離された遺棄船区域、そこには廃船となった船の残骸が浮かんでいた。潜入した一隻のシャトルは、どこかに生き残っている船魂の大叔母を探そうとする。
形見(2014)
主人公は犯罪集団の末端で、詐欺的な言動を弄してメモリチップ=永代者を奪おうとする使い走りだった。だが、警察の内偵捜査の網に引っかかり、取り引きを求められる。
哀しみの杯三つ、星明かりのもとで(2015)
研究者であった母のインプラント・メモリは、相続者、長子である兄から奪われ別の科学者に引き継がれる。有魂船である妹は、その兄を慰め歌を奏でる。
魂魄回収(2016)
難破船から回収品を引き上げるダイバーたち。その一人は、かつてダイブ中に死んだ娘を回収しようとする。 竜の太陽から飛びだす時(2017)
惑星劉王愛、過去の戦争で廃墟となり、故郷を追われた人々が還ることもできない世界。その歴史と伝説の混淆。 茶匠と探偵(2018)
船塊《影子》が茶匠をする部屋に一人の客が訪れる。お客は深宇宙へと旅をする際に、平静を保つお茶の調合を依頼してきたのだ。深宇宙とはある種のハイパースペースで、素のまま入ることはできない。しかし依頼には裏の意味があった。
9編の収録作のうち4作で、ネビュラ賞/英国SF協会賞2回、ローカス賞1回などを受賞している。短編5編、中編3編、長中編1編と中身も幅広い。
なんと言っても、設定のユニークさが際立つ。シュヤとは、アメリカ大陸西半分に築かれた中国の植民地が独立してできた国である。原住アメリカ人の国メヒカからの移住者(難民)も多く住む。ヨーロッパ侵入のないアメリカなのだ。そういう並行世界を背景に、さらには宇宙に進出した未来で、シュヤ、メヒカ、ギャラクティク、ロン、大越(ダイ・ヴィエト)と、さまざまな国名、民族名が登場する。どこかの国を風刺的に表現したものもあれば、文化的な繋がりだけのものもある。
面白いのは、宇宙船人工知能の擬人化(文字通り人の化身をまとう)。マキャフリィ《歌う船》的なのだが、アリエット・ド・ボダールが描く船魂は母親の胎内から生まれ、子どもと同様に家族として育つ。そして、アヴァターとして人間の姿をとるのだ。表題作は新機軸のホームズものでもある。
創作にはさまざまなスタイルがあるが、著者はプロットを厳密に定めてから書くようだ。自身は英仏で教育を受けたが、ヴェトナムに対するフランスの帝国主義的な支配など、歴史的な背景も考慮したという。翻訳がまた絶妙で、グランド・マスター・オブ・デザイン・ハーモニー=意匠和合棟梁など、カタカナでは雰囲気の出ない造語を、意味の損なわれない適切な漢字に当て嵌めている。
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