2019/12/1

春暮康一『オーラリメイカー』(早川書房) 

春暮康一『オーラリメイカー』(早川書房)

イラスト:rias、装幀:早川書房デザイン室

 第7回ハヤカワSFコンテストは2年連続で大賞なしに終わったが、優秀賞と特別賞が出た。優秀賞「オーラリメイカー」はハードSFの本流を思わせる作品で、著者はアマサワ・トキオと同じ1985年生まれである。本書には、受賞作「オーラリメイカー」300枚と、140枚ほどの「虹色の虹」(英米基準で見ると、どちらもノヴェラ級の中編)を収める。

オーラリメイカー
 銀河辺境に位置する恒星アリスタルコスに、太陽系人類を含む5つの種族が集結する。ここにオーラリメイカー(星系儀製作者)と呼ばれる、何ものかの痕跡が認められたからだ。恒星系内の惑星を大改造するその存在は、銀河の至る所に痕を残すが正体がわからなかった。ここに本体は残っているのだろうか。
虹色の虹
 太陽系から2000光年離れた〈白〉星系惑星〈緑〉、そこは電荷を喰う空中生命〈彩雲〉が見られる星で、費用と時間を厭わない少数の観光客がやってくるだけだ。主人公は元外交官だったが、特殊能力を生かして個人営業のガイドをしている。ある日、保護者も連れない一人の子どもからガイドの依頼がくる。

 表題作の各章には、説明抜きで数字が記されている。-18万地球標準年、-265地球標準年、-40億地球標準年とあり、そういう相対的な時間差を持つ世界が描かれる。注意が必要なのは、数字がマイナスだということ。過去から現在に向かって、物語は進むのだ。加えてイーサー、わたし、オーラリメイカー、恒星〈篝火〉の知的生物たちと、人類に似たもの/似ていないもの、肉体を持つ《連合》/持たない《知能流》が混然となって描かれる。そういう、とても複雑な構造を背景に有している。

 「オーラリメイカー」は「SF的センスは抜群なので、魅力ある人物造型を組み合わせれば化ける可能性がある」(選者:東浩紀)「仕掛けが精緻でタイムスケールが大きい」(同:小川一水)と、宇宙SFとしての設定面が評価された。大賞に至らないのは、さまざまな登場人物(事物)が消長するものの、必ずしも絡み合わずばらばらなままで、物語が大きくならない点だろう。

 その点でいえば、「虹色の虹」は主人公の造形、絡んでくる無痛者の特性などがよくできている。ハードSF的な事象が〈彩雲〉に絞られているのもバランス的に良い。この作品も大きな意味では「オーラリメイカー」と同設定のようなので、ペアで読めば楽しめるだろう。


2019/12/8

テッド・チャン『息吹』(早川書房) 

テッド・チャン『息吹』(早川書房)
Exhalation,2019(大森望訳)

装幀:水戸部功

 前作『あなたの人生の物語』(2002)が2003年に翻訳されて以来、16年ぶりの新作である。原著は今年5月に出たばかり。何しろ「当代最高の短篇SF作家による当代最高のSF短篇集」なのである。超寡作な作家ながら日本での人気は高く、デビュー以来30年間の作品はすべて翻訳されている(SFマガジン2019年12月号の特集を含む)。

商人と錬金術師の門(2007)
 バグダッドの商人は、ある日市に見慣れぬ店ができていることに気が付く。そこの工房には奇妙な仕掛けがあり、どこかへと通じる〈門〉があった。店主は門にまつわる3つの物語を語る。
息吹(2008)
 その世界では、住人たちは文字通り空気から生命を得ている。毎日肺を1つづつ交換することで平穏な生活しているのだ。ある時、彼らの生活サイクルと時報との間にわずかなずれが生じていることが報告される。
予期される未来(2005)
 きわめて単純な予言機が生まれてから、人々は自らの自由意志を疑うようになる。
ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル(2010)
 職探しに苦しんでいた主人公は、思いもよらない企業から、前職の経験を生かせるオファーを受ける。それは仮想環境のデジタル生物を訓練するというものだった。育てることで、子どものように成長していくのだ。
デイシー式全自動ナニー(2011)*
 19世紀の数学者が開発した乳母ロボット全自動ナニーは、世間に受け入れられないまま忘れられた。だが、その息子は、埃をかぶった在庫を再度世に出そうとする。
偽りのない事実、偽りのない気持ち(2013)*
 リメンと呼ばれる新しいライフログツールが製品化される。それは未整理のまま蓄積された個人の音声画像記録から、任意の出来事を抽出する画期的なツールだった。その結果、忘れていた過去が主人公の記憶を揺さぶるようになる。
大いなる沈黙(2015)*
 大いなる沈黙とは、宇宙に知的種族が見つからない「フェルミのパラドックス」を意味する。しかし人類はもっと身近な声を聴かない。
オムファロス(書下し)*
 神の存在が事実とみなされる社会で、考古学者の主人公は科学的に世界創造の瞬間を実証しようとする。ところが、それらを覆す、天文学者による新発見が世界を震撼させる。
不安は自由のめまい(書下し)*
 プリズムは量子的に分岐する二つの時間線を結ぶ装置だった。それは、分岐後の世界の自分との対話を可能にする。主人公たちは装置の性質を利用して、詐欺まがいの巧妙な商売を行っていた。 
*:初訳

 9編の収録作のうち4作は長中編を含む中編で、総ページ数430(原稿用紙900枚)越え、著者による全作品の解題、訳者解説付きと読み応え十分の内容だ。集中の3作品だけで、過去にヒューゴー賞3回、ローカス賞/星雲賞2回、ネビュラ賞/英国SF協会賞1回を受賞している。

 過去/未来を変えられない決定論的なタイムトラベル、100%正確な予言があるときの自由意志、人間とAIとの感情的結びつき、機械による子育ては何をもたらすか、曖昧な記憶と機械による真実との差異、宇宙で孤独な人類の真相、神の実在が無意味となるような事件、人間の意思決定による結果が分かる社会。こうやって並べると、テッド・チャンのテーマはAIやSNS勃興期に書かれていたものを含めて、極めて今日的だったことが分かる。

 加えて、読者の共感を誘う登場人物による「人生」が描かれている。夫婦間、親子関係、手間ばかりかかるAIたち、画期的なハイテク製品をどう倫理的に使うのか、そこではさまざまな人々の生きざまが垣間見える。哲学的テーマと、世俗的な人間ドラマとのシームレスな(無理のない)融合がチャンを際立たせているのだ。

 表題作「息吹」はロジカルに考えられた設定がいかにもSF的なのだが、山尾悠子を思わせる幻想色も濃い。世界の緻密さとボルヘス「バベルの図書館」で共通するのだろう。


2019/12/15

アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』(竹書房) 

アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』(竹書房)
The Universe of Xuya Collection #1,2019(大島豊編訳)

カバーイラスト:Kotakan、装幀:坂野公一(welle design)

 著者自身が「素晴らしい」と感想を述べた華麗なデザインの表紙がまず目を惹く。アリエット・ド・ボダールは、1982年ニューヨーク生まれのフランス作家(パリ在住)。エコール・ポリテクニーク卒のソフトウェアエンジニアでもある。英国に住んだ経験もあり、作品は英語で発表している。母親がヴェトナム人というアジア系二世で、本書はそういう雰囲気を前面に出した《シュヤ宇宙》から、セレクトされた9編を収めた日本版オリジナル。日本ではSFマガジン2014年3月号で故小川隆さんの「没入(包嚢)」紹介があったのみで、ほぼ知られていなかったが、2007年デビュー以降10冊以上の著作がある中堅作家だ。

蝶々、黎明に墜ちて(2008)
 メヒカ地区で事件が起こる。被害者はホログラム作家で、その恋人は既に拘束されていた。シュヤ政府では珍しいメヒカ人判官が事件の真相を探るうちに、過去の紛争から続く複雑な人間模様が浮かび上がる。
船を造る者たち(2010)
 新たな宇宙船を建造中の意匠和合棟梁は、予定よりも早く船の胆魂(マインド)が生まれると聞いて慌てる。だが、微妙な調整期間を設けないと船は完成しないのだ。
包嚢(2012)
 頭に装着する包嚢は、データ端末であると同時に、装着者の外見までも変容させる装置だ。主人公は宇宙ステーションのレストランで異文化の国ギャラクティクの夫婦と出会うが。
星々は待っている(2013)
 隔離された遺棄船区域、そこには廃船となった船の残骸が浮かんでいた。潜入した一隻のシャトルは、どこかに生き残っている船魂の大叔母を探そうとする。
形見(2014)
 主人公は犯罪集団の末端で、詐欺的な言動を弄してメモリチップ=永代者を奪おうとする使い走りだった。だが、警察の内偵捜査の網に引っかかり、取り引きを求められる。
哀しみの杯三つ、星明かりのもとで(2015)
 研究者であった母のインプラント・メモリは、相続者、長子である兄から奪われ別の科学者に引き継がれる。有魂船である妹は、その兄を慰め歌を奏でる。
魂魄回収(2016)
 難破船から回収品を引き上げるダイバーたち。その一人は、かつてダイブ中に死んだ娘を回収しようとする。
竜の太陽から飛びだす時(2017)
 惑星劉王愛、過去の戦争で廃墟となり、故郷を追われた人々が還ることもできない世界。その歴史と伝説の混淆。
茶匠と探偵(2018)
 船塊《影子》が茶匠をする部屋に一人の客が訪れる。お客は深宇宙へと旅をする際に、平静を保つお茶の調合を依頼してきたのだ。深宇宙とはある種のハイパースペースで、素のまま入ることはできない。しかし依頼には裏の意味があった。

 9編の収録作のうち4作で、ネビュラ賞/英国SF協会賞2回、ローカス賞1回などを受賞している。短編5編、中編3編、長中編1編と中身も幅広い。

 なんと言っても、設定のユニークさが際立つ。シュヤとは、アメリカ大陸西半分に築かれた中国の植民地が独立してできた国である。原住アメリカ人の国メヒカからの移住者(難民)も多く住む。ヨーロッパ侵入のないアメリカなのだ。そういう並行世界を背景に、さらには宇宙に進出した未来で、シュヤ、メヒカ、ギャラクティク、ロン、大越(ダイ・ヴィエト)と、さまざまな国名、民族名が登場する。どこかの国を風刺的に表現したものもあれば、文化的な繋がりだけのものもある。

 面白いのは、宇宙船人工知能の擬人化(文字通り人の化身をまとう)。マキャフリィ《歌う船》的なのだが、アリエット・ド・ボダールが描く船魂は母親の胎内から生まれ、子どもと同様に家族として育つ。そして、アヴァターとして人間の姿をとるのだ。表題作は新機軸のホームズものでもある。

 創作にはさまざまなスタイルがあるが、著者はプロットを厳密に定めてから書くようだ。自身は英仏で教育を受けたが、ヴェトナムに対するフランスの帝国主義的な支配など、歴史的な背景も考慮したという。翻訳がまた絶妙で、グランド・マスター・オブ・デザイン・ハーモニー=意匠和合棟梁など、カタカナでは雰囲気の出ない造語を、意味の損なわれない適切な漢字に当て嵌めている。


2019/12/22

チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(集英社) 

チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(集英社)
옆집의 영희 씨,2015(吉川凪訳)

装画:ぬQ、ブックデザイン:森敬太(合同会社 飛ぶ教室)

 著者は、1983年生まれの韓国作家である。ソウル大学を卒業後ロースクールに進み、現在は人権派弁護士として活動する傍ら、2005年のケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』の翻訳をはじめ、2017年には韓国SF作家連盟の初代代表に就くなどSF作家・翻訳家としても活躍中。本書は2015年に出た著者初の短編集で15編を収めたものだ。「開花」はアメリカのオンラインマガジンClarkesworldにも掲載されている

第一部 となりのヨンヒさん
デザート つきあう恋人を次々とデザートの名前で呼ぶ彼女。宇宙流 宇宙飛行士にあこがれる主人公が、夢を達成する直前に遭遇した過酷な運命。アリスとのティータイム 多世界を調査する主人公は、ある世界で自殺しなかったアリス・シェルドンと出会う。養子縁組 地球にエイリアンが隠れて生きていると分かったあと。馬山沖 主人公の故郷は、死者の残存エネルギーが海に漂う馬山だった。帰宅 幼いころ地球から火星に来た主人公が、残された姉と会う日。となりのヨンヒさん 格安の部屋のお隣にはヨンヒさんと自称する異星人が住んでいる。最初ではないことを 海外研修に出た友人から、未知の伝染病蔓延の知らせがとどく。雨上がり 主人公は誰からも存在を憶えてもらえない。無視されるのではなく記憶に残らないのだ。開花 刑務所に収監された姉は、ある花を植えただけだと言う。跳躍 始まりは音だった。やがて触角が生えてくる。
第二部 カドゥケウスの物語
引っ越し 妹の治療のために家族は移住を決意するが、それは兄の思いとは違っていた。再会 最優秀だった恋人が宇宙飛行士の最終テストで落ちた。その20年後2人は再会するが。一度の飛行 主人公は、飛行士を諦め別の道に就いた人々をインタビューする。秋風 食糧生産惑星で原因不明の収量減が発生する。本社からは、究明のため監視チームが派遣される。

 各作品とも、20から40枚(20ページ以内)くらいまでの短編である。日本では翻訳短編集が好まれるので、このぐらいの長さの短編を収めた幻想小説/ファンタジイ集はいくつも見かけるが、明確にSFとして書かれているものは逆に少ない(線引きは難しいが)。どれも、設定やガジェットを生かした硬質のアイデア・ストーリーではなく、登場人物への思いが感じられる温かみのある物語だ。

 アリス・シェルドンとは、ジェイムズ・ティプトリーのこと。ジェンダーに関わる傑作を多く残しながら、アルツハイマーの夫を殺して自殺する。もし自殺しなかったら、という並行世界のお話だ。安いマンションの隣には、地球で一般人に交って生活したいエイリアンが住んでいる。そのエイリアンは醜い姿をしているが、人間には表現できない方法でものごとを「語る」ことができる。とてもテッド・チャン的なテーマといえる。第2部のカドゥケウスとは惑星の名前、一連の連作は共通の宇宙を舞台にしている。

 どの物語も、著者の体験や経歴から生まれたものだという。例えば、馬山は著者が生まれた港町だ(釜山に近い)。ジェンダー的なテーマが多いのは、本書が現代的な作品集であるからだろう。とはいえ、ここに書かれたSFが、現実の風刺だけを目的としているわけではない。宇宙飛行士へのあこがれ、並行宇宙への旅、隠れ住む長命族、残留思念、エイリアンとの生活、パンデミック、宇宙飛行によるウラシマ効果と、多くの既存アイデアを著者なりにアレンジする手法が面白いのだ。とりわけ登場人物たちに対する共感の描かれ方は、他の作家ではあまり見られない著者独特のものだ。


2019/12/29

マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー(上)』(東京創元社) マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー(下)』(東京創元社)

マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー(上下)』(東京創元社)
The Muderbot Diaries,2017-2018(中原尚哉訳)

カバーイラスト:安部吉俊、カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 著者は1964年生まれの米国作家。1993年デビュー以来、YA向けを含むファンタジイなど20冊以上の著作がある。多くの賞でノミネートされてきたが、本書の上巻に収められた「システムの危殆」が2018年のネビュラ、ヒューゴー、ローカス賞ノヴェラ部門受賞、「人工的なあり方」が2019年のヒューゴー、ローカス賞同部門受賞するなど注目を集めている。

システムの危殆(2017)
 惑星探査チームの警備ユニットは、未知の生命の襲撃からメンバーを救出する。だが、もともと準備されたデータベースには情報の欠落があるようだった。折しも、この星に下りたもう一つのグループからの通信が途絶える。
人工的なあり方(2018)
 自由の身になった警備ユニット、マーダーボットは低知能の無人輸送船をハックしながら、汚名の原因となった殺戮事件の真相解明に向かう。ところが、たまたま乗船した調査船には高度な知能を持つARTが搭載されていて、遠慮なくマーダーボットの行動に干渉してくる。
暴走プロトコル(2018)
 過去の事件の黒幕には別の会社が絡んでいる。マーダーボットはテラフォーミングが放棄された辺境の惑星へとむかう。そこでペットロボットを連れた科学者の一行と出会うが、何ものかが彼らを襲う事件が発生する。
出口戦略の無謀(2018)
 有力な証拠をつかんだマーダーボットは、自身を開放してくれた恩人に証拠を手渡すため、敵の会社の中枢施設のあるステーションへと赴く。しかし、駆け引きは大規模な騒乱へと拡がっていった。

 4作はもともと小冊子形式(ショーニン・マグワイアの三部作と同様)で出版されたもので、翻訳版は2編づつ2冊に再編集している。

 主人公は人型警備ユニット。名前を持たず、自身をマーダーボット(殺人ボット)と称している。ただ、このユニットは無機的なロボットではなく、体組織や脳細胞に人間の有機細胞を取り入れたハイブリッド・ロボットなのだ。人間の判断力とロボットのパワーを併せ持つ、危険な殺戮兵器なのである。通常は命令を順守させるために、意志を縛る統制モジュールを取り付けられている。しかし、本書の主人公はそのモジュールをハックして、自由な自我を目覚めさせた。

 実質的に主人公は人間なのだが、人と直接接触したり話したりするのは嫌いで、素顔を見せたがらない。空き時間は、ひたすら連続ドラマを見続ける(それが生きがいで、かつそこから行動を学ぶ)。体細胞の大半を失っても再生可能、情報ハックはお手のもので、同じユニット以外は敵なしというスーパーロボットと、その自閉的な性格との乖離が面白さでもある。

 本書はマーダーボットの一人称で描かれる。自身を「幣機」(へいき)とへりくだるのだが(原文ではふつうの「I」)、凄惨な殺人兵器にとぼけたニュアンスが被さり、主人公に対する共感につながっているようだ。