『ブラインドサイト』とその続編『エコープラクシア』で話題を浚った著者の、日本オリジナル中短編傑作選である。ピーター・ワッツの原著短編集はこれまで2冊しかなく、最新作が網羅されていない。本書は全部で11作品を収め、表題作となる予定だった(と思われる)「島」が2010年のヒューゴー賞受賞作、「遊星からの物体Xの回想」が2011年のシャーリイ・ジャクソン賞をそれぞれ受賞している。
天使(2010)
AIを備えたドローンは任務を重ねるうちに変化を遂げていく。
遊星からの物体Xの回想(2010) 南極に落ちた物体Xは、さまざまな人格に変異しながら自ら語る。神の目(2008)
飛行の安全を目的として、人々は騒音ボックスと呼ばれる装置につながれる。乱雲(1994)
あるときから雲が知性を持ち、人類に害をなそうとする。肉の言葉(1994) 死の瞬間の脳活動を記録しようとする一人の科学者。帰郷(1999)
深海底で生きるため脳機能まで改変された主人公が帰還する。炎のブランド(2013)
遺伝子改変が原因で人体発火が頻発する未来。付随的被害(2016)
意識よりも早く行動できる兵士に課せられた決断の意味。ホットショット(2014)
小惑星を改造したワームホール運搬船〈エリオフォラ〉の乗る主人公は、自由意志の意味を知るために太陽近接旅行に参加する。巨星(2014)
やむを得ぬ偶然で〈エリオフォラ〉は赤色巨星を直撃する衝突進路を取る。島(2009)
〈エリオフォラ〉は目的地である恒星付近から、正体不明の信号を受信する。
オリジナル・アンソロジイ収録作が6、ウェブマガジン掲載作が2、雑誌(カナダのSF誌、文芸誌)掲載3という内訳になる。巻末の宇宙船〈エリオフォラ〉を舞台とする作品は、《サンフラワー・サイクル》と名付けられた連作で、既存4編中3編までが訳出されている。
人間と異なる価値観を持つAI、人に化けている異星の知性(ジョン・カーペンター版映画『物体X』に準拠)、意識を遮断する装置、雲に知性があるなど不条理な世界、死の記録、人体と共に脳の改変、遺伝子改変、無意識の意識に対する優先などなど、共感や同情を一切拒絶する設定といえる。ふつうの小説では、設定がいかに非人間的でも、登場人物には(いくばくかの)共感の余地がある。それがないのは、著者の考え方(人間に自由意志など存在しない、世界はデジタル計算機の計算結果にすぎない)を反映した意図的な効果なのだ。好悪は別にして、これこそが著者の特徴といえる。
その中で、ヒューゴー賞を取った「島」では、他の作品より濃厚な人間関係が描かれている。〈エリオフォラ〉はワームホールを設置して回るのだが、設置船自体は亜光速で飛ぶしかない。その旅の過程で十億年の歳月が流れ、人類とはもはや越えがたい隔絶がある。主人公は、そこで遺伝子的な息子により覚醒させられる。息子は船のAIの言いなりだが、しだいに母である主人公の声にも耳を傾けるようになる。AIは主人公の指示には従わない。加えて、未知の知性が接近してくる。過度に反抗的な人物に描かれるが、この主人公には感情移入の余地があるだろう。