『TAP』(2008)から2年半ぶりとなる、日本オリジナル作品集である。ちなみに翻訳された著者の短編集は、全て編訳者によるオリジナル版。非常にハードな作風でありながら、一般読書界でも多くのファンが存在するのは、作者の提示する命題が極めて哲学的(誰も深く考えたことのない洞察を含む)でもあるからだ。科学的素養がなくても、その部分は理解できる――人間の本質に迫るものだからである。
「クリスタルの夜」(2008):結晶構造をベースとしたプロセッサ上に生じる“知的生命”の是非とは
「エキストラ」(1990):クローンを用いた移植技術により、寿命を著しく伸ばすことが当たり前となった
「暗黒整数」(2007):「ルミナス」で明らかになった別の数学体系を“証明”できる理論が現れようとする
「グローリー」(2007):はるかな異星に到達した知性が探しだそうとする非物質的遺産とは
「ワンの絨毯」(1995):異星の海に生きる巨大な絨毯状生命。削除版が『ディアスポラ』の一部となる。
「プランク・ダイヴ」(1998):決して誰にも伝えられない実験成果のためブラックホール突入を図る意味
「伝播」(2007)*:ナノマシンを経由して、意識だけを遠い異星に伝播する試み
*初訳、他は過去「SFマガジン」に訳載されたもの。
本書で繰り返し論じられるのは、以下のようなテーマである。ソフトウェア上の知性の生殺与奪権は開発者=創造者にあるのか、人間の意識/個性は体の特定部分にだけ宿るのか、生存/消滅が二者択一となったとき数学的に存在する世界と和解は可能なのか、宇宙を解明できる公理と物質的豊かさは比較可能なのか、果たして生命は(普遍的に)物質的なものなのか、絶対に他者に知られないと分かっていても真理は探求すべきものなのか、なぜ我々は広がろうとするのか=生き続けようと思うのか。これらは、どれ一つとっても容易に結論が出ない問題である。ソフトウェア知性の存在などは、ロボットに人権があるか、といった形で昔から知られている。しかし、プロセッシング・パワーが過去と比べ物にならない“仮想の未来”が見え、人を物理的/ヴァーチャルに創ることが容易となった我々の時代だからこそ、誰もが考えてみようと思う課題となったのだ。
|