瀬名秀明のSF短編集。アンソロジイや雑誌の特集に向けた内容が大半で、2008年以降の新しい作品が中心だ。著者によると、「SF」と明記される短編集は本書が最初になるという。
「魔法」(2010):テーブルマジックを続ける主人公のもとにマジックを断念した恋人が帰ってくる
「静かな恋の物語」(2010):生命科学者の夫と、宇宙物理学者の妻、真理を探る2人の静かな恋
「ロボ」(2010):かつて科学者で今は隠棲した自然史家は、強大な狼の王を捕らえようとする
「For a breath I tarry」(2009):画廊の入口に置かれた2枚の絵、どちらを選ぶかで運命は分かれる
「鶫(つぐみ)と鷚(ひばり)」(2008):第一次大戦後、アフリカと南米を結ぶ郵便空路を飛ぶ男たち
「光の栞」(2010):生まれつき声を持たない女性が、装丁家に修復を依頼した一冊の生きている本
「希望」(2010):世界を変えてしまう両親の下で、奇妙な育てられ方をした少女の知る希望とは
本書の主な登場人物は科学者である。ロボット工学者、生命科学者、宇宙物理学者(という組み合わせが多い)など、男女を問わず専門分野の研究者が描かれる。しかし、彼らは夢だけに生きる世捨て人ではなく、彼らなりの世俗的な欲望に左右される。そして、彼らが知る真理もまた、エレガントで美しいものとは限らない。
表題作「希望」の主人公は養子。父親が開発するダミー(車の衝突実験に使われる)ロボットの原型として、事実上幽閉されて暮らしている。父親はそのロボットから、人と人との「コミュニケーション」の定量化を提唱する。母親は怜悧な物理学者で、やがて宇宙の本質は「エレガント」ではないことを立証する。その結果、世界はある物理的なきっかけを契機に、衝動とテロルとの混沌に埋もれていく。
著者は物語の中で、グレアム・グリーンの著作を引いて、エンタテインメントでは常道のドラマツルギー(作り物めいた盛り上げ)を否定する。そのため、お話の展開は論理的であっても感覚的理解が難しい。例えば、本編の語り手は少女ともう一人なのだが、その行動の意味/破局に至る結末などは、単純に納得できないだろう。しかし、21世紀の今を考えてみたとき、世界と我々との関わりは、唐突で不連続に変化するものと分かってきている。瀬名秀明が描く科学者たちの物語は、現代の延長を超えた見知らぬ明日を予見しているのである。
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