2008/3/2
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黄色の次はピンク。早川版の昨年のSFベストでは、伊藤計劃、円城塔という新人作家が1、2位を占めた。対照的な作風を持つ両者ながら、文体の斬新さが際立つのは本書の円城塔の方だろう。
「Boy's Surface」(2007):主人公は“変換”。数学者レフラーが発見した球面を通せば、あらゆるものが変換される
「Goldberg Invariant」*(2008):ゴルトベルク不変量。世界を巻き込む数学的戦争を語る、私の正体は何者なのか
「Your Heads Only」(2007):セル・オートマトンのルール90で始まる、1999から2007年に至る恋愛の物語
「Gernsback Intersection」*(2008):ガーンズバック交点。過去から未来に延びる時間線に横たわる特異点の群れと少女
*:書き下ろし
まず、Boy's Surface (ボーイ曲面。「ボーイ」は人の名前である)とは「実射影平面の3次元空間への嵌め込み」のことなのであるが、わかる読者は少数だろう(評者にも分かりません)。この短編集はそういった数学的な構造を念頭に置きながら、ボーイ・ミーツ・ガール的な恋愛小説を意図している点が大変にユニークなのである。数学用語はそれだけで、エキゾチックな雰囲気を孕んでいるので、読み手にSF的な期待感を抱かせる。ずいぶん過去にも、ノーマン・ケイガン「数理飛行士」(1964)といった作品があった。著者の場合、そういったSF+数学の言葉的な面白さだけでなく、物語構造自体や文体までも一体化させた試みをまず注目すべきだろう。
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2008/3/9
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Sidewise賞という英米SFを対象とした賞がある。これはマレイ・ラインスター「時の脇道」Sidewise
In
Time(1934)に因んで作られた賞で、改変歴史もの、並行世界ものを対象とした年間ベストだ。イアン・マクラウドの「夏の涯ての島」は本書の短編版が1998年度(国際幻想文学賞も受賞)、長編版が2005年度に受賞しており、著者の代表的な作品といえる。
「帰還」(1992):ブラックホールへ探索に向かった宇宙飛行士たちが帰還する。しかし彼らは幻のように存在感がない
「わが家のサッカーボール」(1991):自由に姿形が改変できる未来、家族の中に生まれる不協和音の正体
「チョップ・ガール」(1999):第2次大戦下の英国、不幸の女と呼ばれた主人公と、幸運を呼ぶパイロットの出会い
「ドレイクの方程式に新しい光を」(2001)*:SETIを研究する主人公が反芻する、奔放な女性との思い出
「夏の涯ての島」(1998)*:第1次大戦の勝者が入れ替わり全体主義が蔓延する英国、独裁者と老教授との奇妙な関係
「転落のイザベル」(2001)*:10001世界、夜明けの教会で光をもたらす歌い手となった主人公の命運
「息吹き苔」(2002)*:同じく10001世界、山から下りた一人の少女の成長の物語
*:本邦初訳
英国作家イアン・マクラウドの作品は、これまで「SFマガジン」や山岸真の『90年代SF傑作選』(2002)などで散発的に紹介されてきた。という段階では、分かりにくかった作者の全体像が、本書でようやく見えるようになったわけだ。特に類作ではあまり書かれることのない、家族や男女関係が際立つ。幽霊のような夫と家族(「帰還」)、不定形の家族関係(「わが家の…」)、戦争の影を曳く関係(「チョップ・ガール」)、姿を変えて飛翔する恋人との関係(「ドレイク…」)、同性愛(「夏の涯ての島」「転落のイザベル」)、大人になっていく少女から見た恋(「息吹き苔」)と、多彩だが割り切れないストイックな関係という共通項がある。どこかもやもやとした吹っ切れない印象を残すのも、人間の感性の不確かさを反映しているからだろう。
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2008/3/16
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著者は『ウルフェン』(1981)でデビューし、当時はその斬新な描写に感心したものだったが、この作者が世間に注目されたのは『コミュニオン 異星人遭遇全記録』(1987)を発表して以降のことである。原題に“true
story”=実話とあるように、著者はこれを実体験を交えたノンフィクション風に仕上げ、その後はUFOや超常現象に対する強い興味を反映した作品群を書いていくことになる。
1人の作家が小説を書き続けている。それは、マヤ暦の示した世界の終わり『2012年』を描いたものだ。物語の中では、2012年に世界中に点在する聖地から巨大なレンズが出現し、奇怪な異星人の群れを吐き出してくる。それは人類世界の最後を予言した結果なのか。折りしも作家の世界と、架空のはずの物語の世界とが繋がろうとしていた。
本書は2つの視点から書かれている。1つは我々の世界に生きる作家のお話、もう1つは並行世界(2つの月があり、19世紀の帝国が未だに世界の覇権を握っている)の考古学者のお話。作家はストリーバー自身を暗示する人物で、エイリアンとの出会いをノンフィクションのように描き、胡散臭い人物と看做されている。しかし、小説はまるで生き物のように自動的に並行世界の惨事を描き出し、フィクションをリアルの世界に現出させようとする。最後は、原題のとおり“魂”と家族愛のお話になってしまう。どこまで本気かはともかく、トンデモ本というより不可思議な“奇書”を読んだ気分になる。
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2008/3/23
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ジョン・スラデックの日本オリジナル短編集。著者の作品は、これまで短編集『スラデック言語遊戯短編集』(1977)、SF『遊星からの昆虫軍X』(1989)、ミステリ『黒いアリス』(1968)、『黒い霊気』(1974)、『見えないグリーン』(1977)が出ており、それなりの紹介はなされてきた。とはいえ、翻訳された分、かえって得体の知れなさが増す作家だった。そもそも、SFとミステリの乖離が大きい。そういった謎のスラデックの全貌を捕らえたのが本書といえる。
違法の赤ん坊を見つけた妻「古カスタードの秘密」(1966)、天才を生む宇宙人のサンドイッチ「超越のサンドイッチ」(1971)、孤島の8人による矛盾した語り「ベストセラー」(1969)、田舎に帰還した宇宙飛行士「アイオワ州ミルグローブの詩人たち」(1966)、体を機械化する人々「最後のクジラバーガー」(1984)、車のレイプ魔「ピストン式」(1975)、終わらないバス旅行「高速道路」(1971)、パラドクスを論じ合う2人の男「悪への鉄槌、またはパスカル・ビジネススクール求職情報」(1975)、月の不在をニセ科学で説明する男「月の消失に関する説明」(1982)、明かされる太古の謎「神々の宇宙靴−考古学はくつがえされた」(1974)、素人探偵が密室殺人に挑む「見えざる手によって」(1972)、あらゆる密室事件を回想する探偵「密室」(1972)、映画館に並ぶ列で起こった殺人事件「息を切らして」(1974)、一般人から隠れた人々「ゾイドたちの愛」(1984)、次第に狂っていく宇宙人「おつぎのこびと」(1979)、残虐なヘンゼルとグレーテル「血とショウガパン」(1990)、酒場で語るロボット「不在の友に」(1984)、酔っ払った父親が持ち帰ったテディ・ベア「小熊座」(1983)、昆虫型宇宙人にとりつかれた人類「ホワイトハット」(1984)、時間改変のため作られた大統領のロボット「蒸気駆動の少年」(1972)、読まれなくなった本が羽ばたいて逃げ去る「教育用書籍の渡りに関する報告書」(1968)、大人になれない大人たちの騒動「おとんまたち全員集合!」(1983)、不安を検出するための調査用紙「不安検出書(B式)」(1969)
400頁余りに、60年代後半から80年代前半までの23編が収められている。SF、ミステリ、ホラーとテーマはさまざまで、どれもごく短い。しかし、全般を通してスラデックの観点には共通項がある。既存の体制/偽者に対するパロディ的な内容が多いが、ユーモア/諧謔というより冷笑的な否定/皮肉が強いのである。例えば、末尾の「不安検出書(B式)」には、作者が感じている現実に対する神経症的な不安感が色濃く表れており、本書を象徴する作品といえる。国書刊行会から、初期の傑作『ミュラー・フォッカー効果』(1970)が出るとも聞いているので、マッドSF作家の本領が明らかになる日も近い。
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2008/3/30
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瀬名秀明がFM東京のラジオドラマ向けに書き下ろした“恋愛小説”の長編。著者はデビュー作『パラサイト・イヴ』(1995)以来、ある種の純愛小説の書き手だった。また本書は、詩人上田假奈代との出会い(トークセッション)を一つの契機に書かれた物語でもあるようだ。
主人公は小学生の頃の帚星の記憶と、高校時代の出来事の影響を受け、科学の道に進もうとする。大学院で物理を学んだ彼女は、証券会社で金融工学の道に進む。そこで、オンラインの仮想空間BREATHの存在を知る。しかし、その空間の中に、自分自身の過去の姿を見る。これを置いたのは誰なのか。物語は、主人公の子供の世代、孫の世代と100年の時間を経て、高校時代の出会いに収束していく。
いわゆるデリヴァティブ取引の基礎には、物理学や数学をベースにした金融工学がある。確率で表現されるそれは、さまざまな人間の活動をリスクとして扱うため、(極めて人工的ではあるが)ある種の自然環境/生命活動に近い。同じようなことは、ネット上に出来上がったセカンドライフのような仮想空間にも当て嵌まる。そういう世界で、新しい“生命”の探求を専攻した主人公は、見え隠れする初恋の相手を探す長い旅を続けることになる。著者は科学者でもある。理が先行するのは自然だが(事実、ミステリ作品は極めて論理的)、本書のように純粋な感情に根ざすウェットな部分にこそ、瀬名秀明の本質があるように思える。
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