2007/10/7
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8月に出た北野勇作の新作長編。著者の作品では『人面町四丁目』(2004)が関西を舞台にしていたが、本書の場合その言及がより直截的になっている。例えば、
ウニのように棘を生やし、アトラクションが放射状に配置された、ウニバーサル・スタジオ
その世界では、船体にタコが絡みついた水上バス、オクトバスが存在し、
四天王寺の亀の池に隠された巨大亀型メカは、異星人の侵略に立ち向かい、
通天閣から天に伸びる軌道エレベータの先には、イカ星人の本拠イカリングワールドがあり、
近日上映される映画のポスターには、巨大クラゲに破壊される近未来の町並みが描かれ、
レストランの牛丼には、ウミウシが使われ、
アルバイトで集められるエキストラが扮するのは、カエル型異星人ケロリストであり、
そのケロリストを指揮するのは、道頓堀川に投げ込まれたカーネル・サンダースで、
巨大蟹を阻止すべく、グリコーゲンをエネルギーとした巨人が300メートルを疾走し、
そして、東方のネズミランドからはウニバーサル・スタジオにスパイが送り込まれる
もちろん、この世界の命運を握るのは阪神タイガースなのである。阪神タイガースだけは現実そのままの名称で登場するが、固有名詞「タイガース」が仮想/幻想と等価であることは、この世界にとって何ら不思議ではない。という意味では本書はノスタルジイの書ではなく、現実の裏返し=本物と極めて近いが、標準的日本人(関西人以外)からみればぜんぜん異質な別世界の物語なのだろう。
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2007/10/14
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著者のSF長編としては『ストリンガーの沈黙』(2005)以来の作品となる。宇宙物ではないため、むしろ『記憶汚染』(2003)の直系かもしれない。
2036年、スマトラ沖では日本の巨大な移動海上都市ムルデカが、海底資源基地を設けるために活動を続けている。同じ海域で原人の化石が見つかる。氷河期には陸地スンダランドだったそこでは、人類進化上重大な変化が起こっていた可能性があった。一方日本では、世界最高を誇る気象シミュレータに誤差が生じる。また、大阪の郊外に位置する阪神北市で遺棄された大量の死体が発見される。これら事件は、社会の根幹を揺るがす情報処理の異変を意味していた。しかもその背後には、人類進化は神の設計だと称する原理主義団体ユーレカの影があった。
いつもながら、著者の道具立ての豊富さには感心する。メガシップ・ムルデカ(全長2キロ、高さ450メートル)、気象シミュレータの誤差、原人の化石、メタンハイドレードを巡る海底資源探査、情報ネットワークに特化した生物(猫?)、インテリジェント・デザイン(ID)説(リンク先はID理論肯定派のサイト)の後継者ユーレカなどなどである。という、アイデアの豊富さと裏腹なのが、枝葉同士の有機的結合=物語の緊密性になる。本書では、かなりの分量を裂いて伏線の統合/謎の解明がなされており納得できる。ただし、登場人物の会話中心なのは、バランス的に難がある。悪役が饒舌過ぎるのでは。
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2007/10/21
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8月に出た本。著者は“知性化"シリーズでわが国でも人気が高い作家で、横浜のワールドコンでゲストとして来日したことでも知られている。本書は4年ぶりの翻訳でシリーズ外の作品となる。
遠くない未来、人々の生活は画期的なある技術によって一変していた。それがゴーレム技術である。自分の意識を特殊な陶土で作られた土人形(ゴーレム)に複写し、そのゴーレムが本人に代わって働くことで、誰もが複数の仕事(汚れ仕事はゴーレムが担当する)をこなせるようになる。しかし、ゴーレムの寿命は24時間、体験を回収するためには記憶の統合が必要になる。主人公はそんな社会で私立探偵を営んでいる。原型(本物)を傷つける行為は違法でも、複製品であるゴーレムは単なる器物に過ぎない。法体系の矛盾を突いた犯罪は、“違法コピー”問題として無数に発生していた。折しもゴーレム製造の巨大企業のオーナーから、技術の創案者を調査するよう依頼が舞い込む。
もちろんゴーレムはクローンの変形だが、24時間の生命(土でできているから脆い)/窯(キルン)で安価にいつでも焼成できる/グレード(性能)による色分けがされている等など、よりライト(深刻さがない)でコミカルな設定になっている。複数作られたグレードの異なるゴーレムたちによる、同時間/別の場所で体験する事件(お互いの情報交換はできない)は、錯綜した雰囲気があってなかなか面白い。クローン技術が出た当時、さまざまに論議された問題点(例えば、オリジナルとコピーの人格権、道義的責任)が本書でパロディの形で再現されているのも、ブリンの既存作で見られない点だろう。二転三転、真犯人を探す冒険は、遂に真相にたどり着く。ただし、ミステリではないので、意外な結末とまではいかない。
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2007/10/28
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8月に出た、ある意味でのSF稀覯本を集めた研究書。SFマガジンで2001年から2005年にかけて連載されたものの改稿版。時代的には戦後以降(45年)から90年代までを守備範囲としている。
40-50年代、酒を飲むと体を自由に変形させて悪事を働く『醗酵人間』に始まり、黒沼健らの名の知られた作家の他、戦争直後の雰囲気が色濃く表れた作品群。
60年代、ミステリ作家西村京太郎の書いた未来小説、『ノストラダムス大予言』五島勉のスパイ小説、胡桃沢耕史がペンネームで書いた007パロディ小説など。
70年代、『日本沈没』の影響を受けた破滅物が多数現われる。また、ポルノ系の作品で注目すべき作品、マルツバーグ、プラット、クーンツも出ている。沼正三の『家畜人ヤプー』が単行本化されたのもこの時期。菊地秀行がもともと翻訳を手がけていたことは知られているが、第1作はポルノだった。
80年代、吾妻ひでおの架空の本が現実化した『へろ』、和久峻三がペンネームで書いたバイオレンスSF、この頃にはSファンである川島ゆぞ、嬉野泉、渡辺恒人らの作品も見られる。
90年代、平岡正明の大作『皇帝円舞曲』、また新風舎、鳥影社などから自費出版SF・ファンタジイが大量に出版されるようになる。フランス書院ナポレオン文庫には、多くのSF系ポルノが入る。
古本の世界は良く分からないが、人気があって入手困難なものが稀覯本として高値を呼ぶ一方で、関係者周辺だけで話題になった「奇書」(変な本)も多数ある。SFが一般化するにつれて、SF的な奇書も拡大してきた。自費出版ブームになればプロパーSFより多くなる可能性もある。そういった本は(中には例外もあるが)、ごく少数が出回っただけで人知れず埋もれていく。本書は奇書を面白おかしく紹介することに重点が置かれており、いわゆる書誌研究的な観点はあまりない。という点では『未読王購書日記』を思わせるが、内容紹介や索引は完備されている。せめて年代別の考察をもう少しすべきではないかとも思うものの、それでは奇書探求という趣旨に反するのかもしれない。
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