昨年の『ヴァンパイア』から1年4ヶ月ぶりの新作長編。帯には「ファンタジー小説」とあるが、文字や記録が一切残されていない旧石器時代の東北にまで遡るお話である。
中学生の主人公には、肩に鮮やかな痣があった。それは狼の姿をしている。彼は鮮明な夢を見るようになる。旧石器時代、狼を守護精霊とし一族を率いた遠い祖先。縄文時代、森に暮らす狩猟文化を守ろうとする祖先。やがて米が伝来し、狩猟から農耕文化へと移行する弥生時代、自然と共存できた縄文とは根本的に異なる文化の対立から、神々の戦いが始まろうとするありさまを。
過去と現在が霊的にシンクロナイズするお話は、ファンタジイ/SFの境界で多く書かれてきた。古代人たちは、失われた文明の主であり、滅び行くものの哀惜が込められることも多い。ここで、言及されるのは自然と共存できた縄文と、人工的な労働力を必要とする弥生の対立である。史実でも、日本で大規模な戦争が起った痕跡は、弥生以降のことだ。農耕文明は、労働力と耕作地の奪い合いで成り立つからである(より大きな/強いものが勝つ)。本書では、狼に守護される一族が、中国大陸に端を発した文明に対抗する自然の守り手とされる。これは、半村良が好んだ設定でもある。平谷美樹は岩手県出身で在住だが、半村は東京生まれだったので、地域の対立というより、縄文=東北(自然の精霊)/弥生=京都/東京(万世一系の天皇)を象徴したものといえる。夢に見た祖先たちの姿は、最後に主人公の視点を大きく変化させる。文明の究極が遠い過去と繋がる結末は、人間の本当に求めるものを作者なりに結論付けたものだろう。
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