2018/12/2

デニス・E・テイラー『われらはレギオン1』(早川書房) デニス・E・テイラー『われらはレギオン2』(早川書房)デニス・E・テイラー『われらはレギオン3』(早川書房)

デニス・E・テイラー『われらはレギオン1 AI探査機集合体』(早川書房)
We are Legion(We are Bob),2016(金子浩訳)
デニス・E・テイラー『われらはレギオン2 アザーズとの遭遇』(早川書房)
For We are Many,2017(金子浩訳)
デニス・E・テイラー『われらはレギオン3 太陽系最終大戦』(早川書房)
All These World,2017(金子浩訳)

カバーイラスト:EVILVIT、カバーデザイン:早川書房デザイン室

 テイラーはカナダ生まれの作家。年齢を明らかにしていないが、最初の著作(2015)を自費出版で出したのが50代後半なので、現在60才前後となる遅咲きの新人作家である。《われらはレギオン》の1作目が最初に売れた長編だ。このシリーズはベストセラーとなり、著者は昨年から専業作家になれた。古くからのSFファンらしく、TVドラマや映画、小説作品に対する言及が、至る所に見られるのが特徴となっている。

 AI探査機集合体:ソフト開発で財を成した社長がSF大会で急死、気が付くと117年後の未来で、レプリカント(複製人)と呼ばれるAIとして復活していた。だが、未来社会に居場所はなく、宇宙探査機と一体化し、第二の地球を探す旅に出る。アザーズとの遭遇:太陽系を離れてまもなく、地球は全面核戦争に沈み人類の大半は死滅する。わずかな生き残り(といっても一千万人を超える)を移民させるため、AIは探査の効率を上げる。自身を次々とコピーし、新たな星系を目指して拡散していったのだ。だが、そこで恐るべき侵略者アザーズと遭遇する。太陽系最終大戦:アザーズから未開人たちを防衛する戦争のあと、AIたちはアザーズが移民途上の太陽系へと押し寄せてくることを察知する。すでに植民した世界ではさまざまなトラブルが発生するが、それらを凌ぎながら、AIは存亡をかけた戦いの準備に着手する。

 設定からして妙にパロディめいている。SFオタクの主人公が頭部だけ冷凍保存され、電子的に蘇生すると、そこはキリスト教原理主義が牛耳るアメリカだったとか、執拗に彼らの邪魔をする悪役がブラジルのレプリカントとか(今は内政混乱でそれどころではないが、ブラジルはアメリカに比肩する大国になると思われていた)、凶悪強大な宿敵アザーズが中国語を使うとか(理由は一応書かれているが)。政治的なのか冗談なのかよく分からないネタが溢れている。

 この三部作を本年のベストに推す人もいる。《われらはレギオン》は別称《ボビヴァース》(主人公ボブの宇宙)、一人のオタクが宇宙を征服する究極の願望充足ファンタジイ(水鏡子流のなろう小説)である。物語はオリジナルなのだが、全編を通して《スター・トレック》ネタが鏤められており、それが人気を呼ぶ要因となったようだ。他にも主に20世紀アメリカで流行った、TVドラマ、コミック、SF小説、映画ネタが随所に投入されている。サブカルチャーの認知度を前提にした、広い意味でのファン・フィクションといえる。


2018/12/9

三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(早川書房) トキオ・アマサワ『ラゴス生体都市』(ゲンロン)麦原遼『逆数宇宙』(ゲンロン)

三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(早川書房)

装画:シライシユウコ、装幀:伸童舎

トキオ・アマサワ『ラゴス生体都市』(ゲンロン)

麦原遼『逆数宇宙』(ゲンロン)

 今週は2つのSFコンテストの受賞作/優秀賞を取り上げる。

 最初は第6回ハヤカワSFコンテスト、今年は大賞受賞作がなく優秀賞1作品の選出となった。著者の三方行成は1983年生まれ、サイト「カクヨム」掲載作を改稿した本編(6編の独立した短編を、表題のくくりでまとめたもの)での受賞となった。受賞作なし、優秀賞がオンラインサイト出身者のパターンは一昨年の第4回と共通する。審査員の中では、小川一水が「機知に富んだ描写と勢いのある文章で、読まされた」と高評価を与えていた。

 地球灰かぶり姫:遠い未来のいつか、人々は半ば電脳化されたトランスヒューマンとなっている。ふつうの体は基本的人体/具体と呼ばれ稀少なものだったが、貧乏な主人公は逆に具体しか持っていない。ある日、具体だけの贅沢な舞踏会が開かれる(シンデレラ)。竹取戦記:低レベルの知性を持つ竹林の中で、竹取の翁は何ものかが竹をハックし赤ん坊を生成させたことを知る(竹取物語)。スノーホワイト/ホワイトアウト:女王と鏡の他は、取るに足らない自動的なキャラばかりの世界に、ある日雪が降り始める(白雪姫)。〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊:エウロパの海の底、知性化された蟹たちとトランスヒューマンが残した回収ロボット〈サルベージャ〉との熾烈な戦いが続く(猿蟹合戦)。モンティ・ホールころりん:太陽系の辺境オールト雲の中で、テクノクラートのお宝を探すおじいさんとおばあさん(おむすびころりん)。アリとキリギリス:仮想環境イメージの管理人アリは、そこで自由に歌うキリギリスと出会う。

 おとぎ話のSF的解釈は、小説やコミックなどで既に数多く行われてきた。それだけに今改めて書く場合に、何らかの新趣向が必要になる。本書では、ガンマ線バーストによる宇宙的災害に襲われるトランスヒューマン社会を、事件の前後に6つののエピソードを配する構成で表現し、本来無関係な6つの童話に関連性を持たせた点がユニークといえる。著者の語り口は澱みがなく諧謔もあり、とても平易に読み進められる。

 対して、ゲンロンSF新人賞は今回で第2回となり、受賞作と優秀賞それぞれ1作が出ている。どちらも電子書籍だが、受賞作は雑誌「ゲンロン9」でも読める。大森望が主任講師を務める「ゲンロン 大森望 SF創作講座」(現在第3期)で、受講生の出した第2期最終課題作から選ばれたものだ。一般公募ではない分、講師陣の現役作家や編集者から、実践的なフィードバックを受けて作品のブラッシュアップができるという、他賞にはないメリットがある。

 受賞作の著者トキオ・アマサワは1985年生まれ。「ラゴス生体都市」は原稿換算で130枚ほどの中編小説。舞台は未来のナイジェリア首都ラゴスである。主人公は焚像官(リムーヴァー)と呼ばれる、ポルノムービーを取り締まる政府保全局のエージェントだ。この未来社会では全市民の情動はコントロールされ、セックスも禁止なのである。ポルノは反社会活動の象徴になっていた。そこで、一枚の奇妙なノーブランド・ディスクが見つかる。

 優秀賞の著者麦原遼は1991年生まれ。「逆数宇宙」は原稿換算で170枚を越える中編。宇宙の果てを目指し、4億年の旅を続ける光で造られた組織体〈方舟〉は、偶然の事故で惑星の内部に閉じ込められてしまう。自律的な脱出ができない状況下、1億5千万年もの間惑星生命の進化を待ち続けた乗員は、やがて知性を持つ存在に接触することに成功する。

 両作品とも中編小説であり、複数のアイデアを連ねた多層的な作品だ。「ラゴス生体都市」では、ラゴス(映画産業が盛ん)→管理都市化→焚書ならぬ焚像→政府と反政府派→謎のVCDディスクの存在→ビデオ製作者の正体と畳みかける。ルビや造語を駆使する文体は、解説では黒丸尚訳の翻訳文体流(『ニューロマンサー』など)とあるが、田中光二「幻覚の地平線」風でもある。本作の場合、翻訳調というより、猥雑ながら軽快な印象を残す文章だ。作品世界に思わず引き込まれる文体だろう。スラップスティック感はあまりしなかった。

 一方の「逆数宇宙」は、光で造られた宇宙船→電子的な乗員→惑星での生命進化→宇宙の果てへの旅→縮小する宇宙の境界と続き、高度に抽象化されたハードSFになっている。著者は理系だが、イーガンのように理論背景を前面に押し出す作品ではない。一人の主人公の中に存在する、もう一人の自分との葛藤の物語でもあり楽しめる。


2018/12/16

森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)

森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)

Cover Photo:Tatsuya Tanaka(MINIATURE LIFE)、Book Desigh:Akiko Okubo

 デビュー(『太陽の塔』)15周年作品。著者は2011年ごろ、大きなスランプに陥ち込み、多くの連載を投げ出して沈黙したことがある。その後復活し、2013から16年にかけてそれら作品を次々完成させていった。本書は最後に残された一冊である(現在はもう読めないが、2010年にネット文芸誌「マットグロッソ」に第3章までの原型版を連載)。「自分にとっての小説とは何だということを、そのまま小説にしてしまおうというのが『熱帯』だった」(毎日新聞のインタビュー)とある。

 最初に著者を思わせる「私」が登場する。小説を書きあぐね、自信を失っていた私は、友人の勧めで沈黙読書会に参加する。それは謎を持つ本を、参加者自らが披露する不思議な読書会なのだ。そこで私は、学生時代に失くした一冊の本について語る女性と出会う。本の題名は『熱帯』だった。

 物語は多重の入れ子構造で出来上っている。読書会の女性は、誰も読み終えたことのない本について、次のように語る→『熱帯』を読みかけた人々が集う「学団」の1人は、詳細を次のようにノートに記す→36年前の京都で起こった3人の男女のエピソード、ノートの中の人物がさらに昔の秘密を語りはじめる→『熱帯』の物語の中へ、不可視群島の中へ。

 本書の背景にはアラビアンナイト、『千一夜物語』がある。そこからの引用が随所に姿を見せる。登場人物が作中で物語内物語を語りだし、関係のないエピソードまで取り込まれるという、原典(フランス語等の重訳版)のメタ構造が踏襲されているのだ。入れ子の奥底に至るほどに、非現実、ファンタジイの色合いが濃くなる。後半あらわれる不可視群島などは、まさにプリーストの夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)のようだ。そして、入れ子は弾けて、最終章で現実に戻ってくるのだが、最初の現実とは違うものになっている。

 登場人物は、癖のある「学団」メンバーなど、森見作品にみられる奇妙だが憎めないキャラである。しかし、章を経るにつれて、よりリアルな裏表を持つふつうの人間へと変貌していく。ファンタジイの度合いが深まるほど、人物はリアルになる。物語は、初期京都ものの破天荒さが薄まり、精巧に組み立てられたミステリ、寓話(ただし、社会的倫理的な意味での寓意はない)のように展開する。良し悪しは別にして、これが著者の「自分にとっての小説」に対する総括であり、再始動の標なのかもしれない。

  • 「阿呆の血のしからしむるところ 森見登美彦」評者のシミルボンコラム


2018/12/23

コニー・ウィリス『クロストーク』(早川書房)

コニー・ウィリス『クロストーク』(早川書房)
Crosstalk,2016(大森望訳)

カバーイラスト:旭ハジメ、カバーデザイン:川名潤

 著者の最新長編である。『ブラックアウト』『オール・クリア1,2』(2010)の2部作が訳出されたのが2012-13年だったので5年ぶりになる。本書は1400枚を越える大作ではあるが、著者はそもそも21世紀になってから、千枚を優に超える長編4作(上記に加えて『航路』)しか書いていないのだ。中短編も多くはない。それだけ、長編執筆に集中してきたともいえる。

 主人公はスマートフォンメーカに勤め、社内一の出世候補兼イケメンと付き合っている。2人は絆の証として、簡易な脳外科手術EEDを受けることにした。EEDは、施術された夫婦や恋人同士の感情的なを結び付きを強めるもので、セレブたちの評判を集めていたのだ。ところが手術のあと、主人公は思いもつかない声が聞こえるようになる。淡い感情どころではない、他人の心そのものが。

 EEDの施術内容はよくわからない(怪しい医者が登場し、怪しい説明がされる)が、物語の時代はほぼ現在である。スマホメーカのライバルはアップルで、アイフォンの新製品が出たらギブアップかと焦っている。とはいえ、本書はIT企業、SNSや個人情報の未来を予測するような(『ザ・サークル』みたいな)内容ではない。SFの伝統的テーマと、現代のスマホ的なコミュニケーション・ツールとをむりやり結び付け、表裏のあるイケメン、他人との付き合いを嫌うオタク風エンジニアや、行ったこともないのに伝統に固執するアイルランド系親族など、癖のある人物を配したコメディなのである。

 ウィリスの小説に登場する人々は、たいてい相手の気持ちが分からないか、もしくは相手を完全に誤解している。人間の相互理解などたかが知れている、と作者は考えているのだろう。その結果、ハラハラドキドキのすれ違い/行き違いドラマが生まれるわけだ。しかし、他人の心の中が分かったらどうなるのか。本書は、ウィリス小説のセルフパロディ/批評のような設定になっている。主人公は、得られた能力に振り回され、気持ちが二転三転する。

  とはいえ、アイデア自体はとてもシンプルで、並の作家なら短編で終わってしまうところを、1400枚書けるウィリスの筆力はすごい。過去の著名作品でもおなじみのジャマー(障害物)、心の中で歌を唄うとか本を読む(『フィネガンズ・ウェイク』が最適らしい)とか、壁や城を想像するとか、お約束がリニューアルされているのも楽しい。


2018/12/30

大森望責任編集『NOVA 2019年春号』(河出書房新社)

大森望責任編集『NOVA 2019年春号』(河出書房新社)

装幀:川名潤

 大森望編集のオリジナル・アンソロジイ《NOVA》の新シリーズ。NOVA1から10まで番号が振られた第1期(2009-13)、NOVA+となった第2期(2014-15)、続く第3期は不定期の文庫版雑誌を目指すようだ。とはいえ「IN POCKET」や「文蔵」などとは違って外観はふつうの文庫である。ソフトカバーで出た《創元日本SFアンソロジー》も雑誌風なので、専門誌が退潮した今、短編小説に新たな市場を提供するという意味もある。例えば「SFマガジン」1年間/隔月6冊に掲載された、特集や連載を除く創作短編は14作のみなので、この2冊で1年分をまかなえる計算になる(翻訳短編がさらに少ないのは問題だが)。

新井素子「やおよろず神様承ります」 介護に悩む主人公に奇妙な神様へのお誘いがやってくる。小川哲「七十人の翻訳者たち」ヘブライ語からギリシャ語へと翻訳された聖書には驚くべき秘密が隠されていた。佐藤究「ジェリーウォーカー」映画界を席巻するCGアーティストには隠された裏の顔があった。柞刈湯葉「まず牛を球とします。」牛肉などがすべて人工合成されるようになった未来。一方、世界は別の脅威にさらされていた。赤野工作「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」因縁の過去を持つ2人のゲーマーが、困難な環境のもとで再び戦いを開始する。小林泰三「クラリッサ殺し」 マニアしか知らない古典スペースオペラをテーマにしたVRゲームで、ありえない殺人事件が発生する。高島雄哉「キャット・ポイント」売り上げをあげるため、猫の存在を応用した新広告プロジェクトは、思わぬ現象を引き起こす。片瀬二郎「お行儀ねこちゃん」いいかげんで場当たりの主人公は、留守中にペットの猫ラスコルニコフを死なせ処分に困る。そこで、SNSのフォロワーが名案を提供してくれる。宮部みゆき「母の法律」親子を分離し虐待から救済する「マザー法」には正負両面があった。飛浩隆「流下の日」40年間独裁を続けた首相の統治には、義務化された技術による裏付けがあるのだが。

 ベテラン新井素子、小林泰三、宮部みゆき、飛浩隆らと準/純新人6作家を交えた、全10作を収める。新井素子はリアル(だが奇妙)な処世術風、小林泰三はSFファン向けの論理的不条理ミステリ、宮部みゆきは人間関係を読ませる近未来社会派、対して飛浩隆は現実とリンクした新境地のディストピア小説である(ストレートな風刺ではない)。小川哲は聖書をテーマにした虚実と現在過去が入り混じる作品、佐藤究は遺伝子改変ネタの新たな切り口、柞刈湯葉は2つの関連性のない独特のアイデアを組み合わせ、赤野工作は十八番のゲームネタを設定で捻り、高島雄哉は理論物理ネタをソフトに語り直したもの、片瀬二郎はグロなブラックネタで読み手を引き付ける。

 前回までのNOVAと比べると、ネット系新顔(柞刈湯葉、赤野工作)、SF新人賞作家(小川哲、高島雄哉)らが目新しい(もっとも、すでに多くの実績を挙げている)。また、著者の個性を生かした定番ネタ、新たな境地を開拓する実験ネタで読み分ける楽しみもあるだろう。なお、途中に「猫特集」の2作品がはさまるのだが、猫SFと呼ぶには外しすぎと思われる(作品自体は面白い)。