最初は第6回ハヤカワSFコンテスト、今年は大賞受賞作がなく優秀賞1作品の選出となった。著者の三方行成は1983年生まれ、サイト「カクヨム」掲載作を改稿した本編(6編の独立した短編を、表題のくくりでまとめたもの)での受賞となった。受賞作なし、優秀賞がオンラインサイト出身者のパターンは一昨年の第4回と共通する。審査員の中では、小川一水が「機知に富んだ描写と勢いのある文章で、読まされた」と高評価を与えていた。
地球灰かぶり姫:遠い未来のいつか、人々は半ば電脳化されたトランスヒューマンとなっている。ふつうの体は基本的人体/具体と呼ばれ稀少なものだったが、貧乏な主人公は逆に具体しか持っていない。ある日、具体だけの贅沢な舞踏会が開かれる(シンデレラ)。竹取戦記:低レベルの知性を持つ竹林の中で、竹取の翁は何ものかが竹をハックし赤ん坊を生成させたことを知る(竹取物語)。スノーホワイト/ホワイトアウト:女王と鏡の他は、取るに足らない自動的なキャラばかりの世界に、ある日雪が降り始める(白雪姫)。〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊:エウロパの海の底、知性化された蟹たちとトランスヒューマンが残した回収ロボット〈サルベージャ〉との熾烈な戦いが続く(猿蟹合戦)。モンティ・ホールころりん:太陽系の辺境オールト雲の中で、テクノクラートのお宝を探すおじいさんとおばあさん(おむすびころりん)。アリとキリギリス:仮想環境イメージの管理人アリは、そこで自由に歌うキリギリスと出会う。
おとぎ話のSF的解釈は、小説やコミックなどで既に数多く行われてきた。それだけに今改めて書く場合に、何らかの新趣向が必要になる。本書では、ガンマ線バーストによる宇宙的災害に襲われるトランスヒューマン社会を、事件の前後に6つののエピソードを配する構成で表現し、本来無関係な6つの童話に関連性を持たせた点がユニークといえる。著者の語り口は澱みがなく諧謔もあり、とても平易に読み進められる。
対して、ゲンロンSF新人賞は今回で第2回となり、受賞作と優秀賞それぞれ1作が出ている。どちらも電子書籍だが、受賞作は雑誌「ゲンロン9」でも読める。大森望が主任講師を務める「ゲンロン 大森望 SF創作講座」(現在第3期)で、受講生の出した第2期最終課題作から選ばれたものだ。一般公募ではない分、講師陣の現役作家や編集者から、実践的なフィードバックを受けて作品のブラッシュアップができるという、他賞にはないメリットがある。
受賞作の著者トキオ・アマサワは1985年生まれ。「ラゴス生体都市」は原稿換算で130枚ほどの中編小説。舞台は未来のナイジェリア首都ラゴスである。主人公は焚像官(リムーヴァー)と呼ばれる、ポルノムービーを取り締まる政府保全局のエージェントだ。この未来社会では全市民の情動はコントロールされ、セックスも禁止なのである。ポルノは反社会活動の象徴になっていた。そこで、一枚の奇妙なノーブランド・ディスクが見つかる。
優秀賞の著者麦原遼は1991年生まれ。「逆数宇宙」は原稿換算で170枚を越える中編。宇宙の果てを目指し、4億年の旅を続ける光で造られた組織体〈方舟〉は、偶然の事故で惑星の内部に閉じ込められてしまう。自律的な脱出ができない状況下、1億5千万年もの間惑星生命の進化を待ち続けた乗員は、やがて知性を持つ存在に接触することに成功する。
両作品とも中編小説であり、複数のアイデアを連ねた多層的な作品だ。「ラゴス生体都市」では、ラゴス(映画産業が盛ん)→管理都市化→焚書ならぬ焚像→政府と反政府派→謎のVCDディスクの存在→ビデオ製作者の正体と畳みかける。ルビや造語を駆使する文体は、解説では黒丸尚訳の翻訳文体流(『ニューロマンサー』など)とあるが、田中光二「幻覚の地平線」風でもある。本作の場合、翻訳調というより、猥雑ながら軽快な印象を残す文章だ。作品世界に思わず引き込まれる文体だろう。スラップスティック感はあまりしなかった。
一方の「逆数宇宙」は、光で造られた宇宙船→電子的な乗員→惑星での生命進化→宇宙の果てへの旅→縮小する宇宙の境界と続き、高度に抽象化されたハードSFになっている。著者は理系だが、イーガンのように理論背景を前面に押し出す作品ではない。一人の主人公の中に存在する、もう一人の自分との葛藤の物語でもあり楽しめる。