ハーラン・エリスン『死の鳥』もそうだが、伊藤典夫訳で翻訳されながら単行本未収録、あるいは入手困難な諸作を、高橋良平がまとめた傑作選。ブラナー以外はエリスンより古い世代の作家になる。
・ルイス・パジェット「ボロゴーヴはミムジイ」(原著1943/翻訳初出1965):未来のおもちゃで遊ぶ子供に、ある変化が現れる
・レイモンド・F・ジョーンズ「子どもの部屋」(1947/67):見知らぬ図書室で借りた本は、読む人にメッセージを授ける
・フレデリック・ポール「虚影の街」(1955/65):朝起きると、街は変化し異様な広告が行なわれるようになっている
・ヘンリー・カットナー「ハッピー・エンド」(1948/69):偶然出会ったロボットから、交換条件を持ちかけられた男の取った行動
・フリッツ・ライバー「若くならない男」(1947/77):墓場で生まれ赤ん坊で死ぬ世界、ひとり若返らない男がいた
・デイヴィッド・I・マッスン「旅人の憩い」(1965/77):南に行くほど時間の流れが遅延する世界で、北から南に旅する男の半生
・ジョン・ブラナー「思考の谺」(1959/70):極貧であえぐ女には、そうなった記憶が失われていた
翻訳初出とあるのは、何れもSFマガジンでの掲載年。伊藤典夫訳の中短篇SFが掲載される雑誌は、(スポットを除けば)SFマガジンかMEN'S
CLUB(男性ファッション誌だが、伊藤典夫の翻訳小説枠があった)ぐらいしかなかった。編者によると、2011年に出たアンソロジイ『冷たい方程式』の続刊をイメージしたとある。同書もSFマガジンの掲載作で編まれていた。本書収録作では「旅人の憩い」が他の翻訳アンソロジイでの収録回数が多い人気作品、「子どもの部屋」「思考の谺」は今回が初収録になる。
SFマガジン最初期の60年代から5作、1977年の時間SF特集から2作が採られている。当時(51年〜39年前)の解題がそのまま転載され、伊藤典夫の紹介やインタビュー記事(1980年)まで載せるなど、時代の雰囲気再現に重点を置いているのが特徴だろう。純粋な初心者向け入門書というより、むしろ知識の再整理、再入門にふさわしい内容だ。
作品では、アメリカ戦後の豊かな生活を不安定化させる、未来の玩具や本、コマーシャルやロボットなどが現れるパターンが多い。いまの日常は本物なのか、そんな不安感が根底にある。「思考の谺」などは、不条理な貧困に落とされたヒロインの謎を探る物語だ。一方、ライバーやマッスンの時間SFは、時の流れを大胆に改変したアイデアの面白さが生きている。