2016/12/4

黒岩迩守『ヒュレーの海』(早川書房) 吉田エン『世界の終わりの壁際で』(早川書房) 草野原々『最後にして最初のアイドル』(早川書房)

黒石迩守『ヒュレーの海』(早川書房)
Cover Illustration:Jakub Rozalski、Cover Design:伸童舎

吉田エン『世界の終わりの壁際で』(早川書房)
カバーデザイン:伸童舎、カバーイラスト:しおん

草野原々『最後にして最初のアイドル』(早川書房)
扉デザイン:早川書房デザイン室

 第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞した2作品『ヒュレーの海』『世界の終わりの壁際で』、及び特別賞の『最後にして最初のアイドル』である。今回は審査委員(東浩紀/小川一水/神林長平/塩澤快浩)の意見が割れたため、大賞受賞作はなかった。

『ヒュレーの海』未来のいつか。文明は混沌に呑み込まれ崩壊、情報的記録の海が地球を覆う。人類はシリンダ型の塔のような都市に住み、都市は7つの序列を持ち、さらに資本家と労働階級に分かれる。人類はある種の情報生物となって世界に適応している。そんな中、過去の記録にある本物の海を見ようと、下層民の少年少女は旅立つが。
『世界の終わりの壁際で』未来の東京は山手線の内側に壁を築き、その外部との出入りを遮断している。内側にある〈シティ〉は、大規模な環境変動から逃れるための箱舟なのだ。外側で育った主人公は電脳ゲームの名手だったが、ある日アルビノの少女や奇妙な人工知能と出会ったことで、内側世界の秘密を知ることになる。
『最後にして最初のアイドル』アイドルオタクになった少女が、都会でアイドルになろうともがくが挫折。その一方、地球全体を襲った太陽フレアの猛威により、文明どころか生物相までが激変する。しかしアイドルになるという妄執に囚われた少女は、その意識だけを保ちながら残された生物の進化に干渉する。

『ヒュレーの海』のヒュレーとは、アリストテレス哲学でいう、形相(エイドス)と質料(ヒュレー)に由来する。情報生物が主人公なので、ハードウェアとソフト/ファームウェアとでもいえばよいのか。現職プログラマーの経歴を生かした、ITの専門用語をルビで駆使する異形の世界が印象的だ。塩澤編集長がストロス的(『アッチェレランド』)と指摘する由来になる。一方の『世界の終わりの壁際で』は、ゲーム空間でのバトルと、リアル世界である壁内側/外側の争いが並行して描かれている。黒石迩守(1988年生まれ)、吉田エン(1975年生まれ)ともにオンラインサイト〈小説家になろう〉で活動していることでも話題になった。『最後にして最初のアイドル』は120枚ほどの中篇小説だが、この題名通りステープルドンの哲学的作品『最後にして最初の人類』をベースに、その主体が人類ではなくアイドルだったら、という驚異の発想で書かれている。電子書籍(中篇のため単行本ではない)でベストセラーに上がり、来年刊行予定の『伊藤計劃トリビュート2』への収録が予定されるなど、大きな話題を呼んだ。著者草野原々(1990年生まれ)自身も、インタビュー記事(SFマガジン2016年12月号)などでとても個性的な一面を見せている。

『ヒュレーの海』は、冒頭ウェルズを思わせる未来社会の重厚なイメージで始まり、後半は物理/情報空間での戦い中心となる。『世界の終わりの壁際で』も〈フラグメンツ〉というゲーム空間や、戦闘シーンがキーポイントなので、小説としての完成度は評価できるが、驚きは少なかったといえる。結局、この3作品の中では『最後にして最初のアイドル』が最もインパクトが強い。ステープルドンの『最後にして最初の人類』も到底小説と言えるものではなかった(億を越える年月を、ふつうの小説で描くのは不可能)。この作品がステープルドンを「換骨奪胎」している、といって良いのかは分からない。だが、パスティーシュとしてもユニークであることは間違いない。

 


2016/12/11

チャイナ・ミエヴィル『爆発の三つの欠片』(早川書房)

チャイナ・ミエヴィル『爆発の三つの欠片』(早川書房)
Three Moments of an Explosion:Stories,2015(日暮雅通・他訳)

カバーイラスト:引地渉、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 ミエヴィルの『ジェイクを探して』(2005/翻訳2010)に続く第2短篇集である。中篇クラスから掌篇まで28編、1000枚余を収めたものだ。たっぷり読める。内容は書下ろし、一般誌、FACTの展示配布物、オンラインサイト掲載作などさまざまで、SF専門誌に載ったものはない。

 ロンドン上空に現れた巨大な塊の正体、足の向きを変える死体、カードに混じる必勝の絵札、遺跡で見つかる屍者の鋳型、町から見える沖で次々と座礁する船、酒場で取引される因縁ある品、異国の神に対する独白、湖から蘇る鶏のように鳴くもの、セラピストが執る究極の療法、舞台の残忍なパフォーマンスが生み出した何か、病気を演じる模擬患者、燃える角、感染者が生み出す円形の溝、海から上がってくる失われた人工物、死体の骨に描かれた細密画などなど。

 長めの作品のイメージは、凡そこんな感じになる。著者の主張するウィアード・フィクションが中心となる。ホラーや厭な話(イヤミスなど)に近いが、結末は不明瞭で闇に隠れている。簡略化されたシナリオのような掌編もある。テーマやアイデアに共通点はなく、いろいろなお話が楽しめる。

 本書自体は、今年のローカス賞短篇集部門で第2席を得ているが、個々の作品は特段SFを意識していない。SFプロパー作品を手に取らない読者、《クレストブックス》や《ストレンジ・フィクション》を読む外国文学ファンに、むしろお勧めできる。中ではライバー「骨のダイスを転がそう」を思わせる「〈蜂〉の皇太后」や、ミエヴィル版「海の指」ともいえる「コヴハイズ」(2011)の不気味さが面白い。海から這い上がるのはテクノロジーのゾンビなのだ。

 


2016/12/18

バリントン・J・ベイリー『ゴッド・ガン』(早川書房)

バリントン・J・ベイリー『ゴッド・ガン』(早川書房)
The God-Gun and Other Stories,2016(大森望・中村融訳)

カバーデザイン:川名潤(prigrahics)

 3月に『カエアンの聖衣』(1976)の新訳版、9月には『時間衝突』(1973)の新装版が出るなど、再評価の機運が高まったベイリーの邦訳第2短篇集となる。第1短篇集『シティ5からの脱出』(1978)が出てから31年ぶり。ベイリーは80作の中短篇がありながら、版元とのトラブルが災いして短篇集が2冊しか出ていない(アンソロジイ収録作は多いが)。本書は、大森望がそういう単行本未収録作から10篇を精選した、日本オリジナルの傑作選である。

・ゴッド・ガン(1979): 神を殺すことができる銃は、ついに撃たれるが
・大きな音(1962)*: 巨大な音を交響楽で生み出そうとした男の執念
・地底潜艦〈インタースティス〉*(1962): 原子配列を変えることで高密度の地底に潜る船
・空間の海に帆をかける船(1974): 海王星の外側で、宇宙空間に浮かぶ奇妙な船が見つかる
・死の船(1989): 戦争が恒常化した未来、等冪性のない未来へと飛ぶ船が開発される
・災厄の船(1965): 蒸気が立ち込める海を進むエルフのガレー船
・ロモー博士の島(1995)*: 天才生物学者が住む孤島へ、インタビューのため記者が乗り込むが
・ブレイン・レース(1979)*: 事故死した友人を蘇生させるため、禁じられた異星人居留地に入った男たちの運命
・蟹は試してみなきゃいけない(1996)*: 最大の関心が雌との交尾という雄蟹たちの青春
・邪悪の種子(1973)*: 不死の異星人からその秘密を盗もうとした男
 *初訳、既訳作も多くは新訳。

 ベイリーは1980年代から90年にかけて紹介が進み、その後翻訳は途絶えていた。2008年に71歳で亡くなるのだが、創作のピークは当時翻訳された40歳から50歳にかけての作品だったと思われる。30年前は、スケールの大きなアイデアSF(大森望の表現では「バカSF」)という意味で、その原初性が評価されていた。今回のベイリーの短篇でも、神を撃つ銃、巨大なオーケストラ、地底に潜る船(穴を掘るのではない)、多次元世界、等冪という言葉、異星人の所業、蟹の青春小説など、長篇とは違って単発のアイデアながら、ユーモアと奇想のバランスが楽しめる内容である。最後の「邪悪の種子」などは、オチを含めてSFのレガシー(のひとつ)といえる。

 


2016/12/25

ルイス・パジェット他『ボロゴーヴはミムジイ 伊藤典夫翻訳SF傑作選』(早川書房)

ルイス・パジェット他『ボロゴーヴはミムジイ 伊藤典夫翻訳SF傑作選』(早川書房)
Mimsy were the Borogoves and Other Stories,2016(高橋良平編/伊藤典夫訳)

カバーイラスト:網中いづる、カバーデザイン:早川書房デザイン室

 ハーラン・エリスン『死の鳥』もそうだが、伊藤典夫訳で翻訳されながら単行本未収録、あるいは入手困難な諸作を、高橋良平がまとめた傑作選。ブラナー以外はエリスンより古い世代の作家になる。

ルイス・パジェット「ボロゴーヴはミムジイ」(原著1943/翻訳初出1965):未来のおもちゃで遊ぶ子供に、ある変化が現れる
レイモンド・F・ジョーンズ「子どもの部屋」(1947/67):見知らぬ図書室で借りた本は、読む人にメッセージを授ける
フレデリック・ポール「虚影の街」(1955/65):朝起きると、街は変化し異様な広告が行なわれるようになっている
ヘンリー・カットナー「ハッピー・エンド」(1948/69):偶然出会ったロボットから、交換条件を持ちかけられた男の取った行動
フリッツ・ライバー「若くならない男」(1947/77):墓場で生まれ赤ん坊で死ぬ世界、ひとり若返らない男がいた
デイヴィッド・I・マッスン「旅人の憩い」(1965/77):南に行くほど時間の流れが遅延する世界で、北から南に旅する男の半生
・ジョン・ブラナー
「思考の谺」(1959/70):極貧であえぐ女には、そうなった記憶が失われていた

 翻訳初出とあるのは、何れもSFマガジンでの掲載年。伊藤典夫訳の中短篇SFが掲載される雑誌は、(スポットを除けば)SFマガジンかMEN'S CLUB(男性ファッション誌だが、伊藤典夫の翻訳小説枠があった)ぐらいしかなかった。編者によると、2011年に出たアンソロジイ『冷たい方程式』の続刊をイメージしたとある。同書もSFマガジンの掲載作で編まれていた。本書収録作では「旅人の憩い」が他の翻訳アンソロジイでの収録回数が多い人気作品、「子どもの部屋」「思考の谺」は今回が初収録になる。

 SFマガジン最初期の60年代から5作、1977年の時間SF特集から2作が採られている。当時(51年〜39年前)の解題がそのまま転載され、伊藤典夫の紹介やインタビュー記事(1980年)まで載せるなど、時代の雰囲気再現に重点を置いているのが特徴だろう。純粋な初心者向け入門書というより、むしろ知識の再整理、再入門にふさわしい内容だ

 作品では、アメリカ戦後の豊かな生活を不安定化させる、未来の玩具や本、コマーシャルやロボットなどが現れるパターンが多い。いまの日常は本物なのか、そんな不安感が根底にある。「思考の谺」などは、不条理な貧困に落とされたヒロインの謎を探る物語だ。一方、ライバーやマッスンの時間SFは、時の流れを大胆に改変したアイデアの面白さが生きている。