2013/8/4

大森望編『NOVA10』(河出書房新社)


カバー装画:西島大介、カバーデザイン:佐々木暁

 大森望編のオリジナル・アンソロジイ『NOVA』の10冊目で、第1期完結(いったん終了)となる。最初の『NOVA1』が出たのが2009年12月だったので、予定通り年3冊(3年7か月/年2.8冊)のペースで出たことになる。(SF短編の掲載機会が減った)最初期と比較すると、一般雑誌にもSFが多数載るようになり、存在意義が薄れたともある(前作『NOVA9』の「編集後記」より)。

菅浩江(1963)「妄想少女」:孤独な中年女性は、ゲーム形式のトレーニングで闘う少女と自分を重ねていた
柴崎友香(1973)「メルボルンの想い出」:オーストラリアで撮影取材中に主人公は奇妙な集団にとり込まれる
北野勇作(1962)「味噌樽の中のカブト虫」:会社の健診で、頭の中にカブト虫が居ると診断された男の困惑
片瀬二郎(1967)「ライフ・オブザリビングデッド」:ゾンビになってもサラリーマンたちは生活を変えない
山野浩一(1939)「地獄八景」:死んだ男がたどり着いた、日本的地獄の光景とその意味とは
山本弘(1956)「大正航時機綺譚」:大正時代、タイムマシンを大ネタに詐欺を企んだ男たち
伴名練(1988)「かみ☆ふぁみ!」:宇宙創成以来のあらゆる可能性を、一瞬でシミュレートできる少女の話
森奈津子(1966)「百合君と百合ちゃん」:近未来、強制的な結婚と人工的な子づくりが義務付けられた日本
倉田タカシ(1971)「トーキョーを食べて育った」:ロボットが暴走し廃墟化した東京、半ば機械となった人々
木本雅彦(1972)「ぼくとわらう」:ダウン症でもある主人公が語る、自分自身の物語
円城塔(1972)「(Atlas)3」:見る間に変化する地形、地図製作者は既に何度も殺されている
瀬名秀明(1968)「ミシェル」:天才音楽家ミシェルは、やがて言語学者となり“SS”との接触に関与する

 とりあえず最後なので、収録作家の生年を書いてみた。60年代から70年代にかかる40から50歳代が中心だが、今現在もっとも活躍している世代なので、全巻を通じて目立つのは当然かもしれない。「メルボルン…」はスタージョン「昨日は月曜日だった」のような、現実の間にある舞台裏の世界。「味噌樽…」は表題だけストガルツキー、「ライフ…」は哀感漂うゾンビ、「大正航時機…」、「百合君…」、「(Atlas)3」は著者の持ち味が横溢したユーモアが楽しめる。「かみ☆…」は萌えハードという新機軸、「妄想…」、「トーキョー…」、「ぼくと…」は生き方の物語だ。注目は山野浩一「地獄八景」で、現代的解釈の地獄八景は、落語とは裏腹の妙に論理的な世界として描かれる。著者33年ぶりの小説。もう一作、瀬名秀明「ミシェル」は、「Wonderful World」の続編でもある。複数の箇所で小松左京に対するオマージュが書かれ、これ自体別視点から成る『虚無回廊』となっている。ただし、あくまでも瀬名流なので、小松SFという雰囲気はあまり感じられない。

 

2013/8/11

チャイナ・ミエヴィル『クラーケン(上下)』(早川書房)
KRAKEN,2010(日暮雅通訳)

Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

  ミエヴィルの新刊。原著は『言語都市』(2011)と『都市と都市』(2009)のちょうど間に出た作品だが、実際は3作同時に書き進められ、刊行順とは異なり、本書は一番最後に書きあがったものだという。例によってというべきか、特定のジャンルに囚われない、広義のファンタジイである。原題のクラーケン(海の巨大な怪物)とは、ダイオウイカのこと。

 ロンドン自然史博物館に収められている、巨大なダイオウイカの標本が盗まれる。部門の責任者である主人公は、事件の容疑者にされてしまう。しかし、その捜査を担当しているのは、普通の警察ではなく、魔法担当の特別部隊なのだ。いったい事件の背景には何があるのか。やがて、ロンドン中の闇に隠れたさまざまなオカルト集団が姿を現し、ダイオウイカの行方を探し始める。

 こちらのインタビュー記事に、本書を読む上での参考資料として、ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」(1966)、サキ「スレドニ・ヴァシュター」(1929)、映画「ファンタジア」(1940)や、《スタートレック・シリーズ》(おなじみの“転送”、“フェーザー”銃とかが登場)などが挙げられている。これを聞いただけでも、ずいぶん混沌としたお話であることが予想できるだろう。登場人物も異様、制服を着崩し魔法を使う女性警官、イカを神として信奉するクラーケン教徒、大人と子供のペアで出没する残虐な暗殺者、使い魔の労働組合、ナチスカルト、ロンドンの精霊信奉者、生きている刺青、意思を持った海。そういった多神教カルト団体の跋扈する物語は、やがてロンドンを燃やし尽くす陰謀へと連なっていく。良しも悪くもこの乱雑さが本書の特徴だろう。『都市と都市』は殺人事件の謎解きが軸、『言語都市』ではコミュニケーションを軸に、まだその枠内と読めなくはないが、本書は二千年都市ロンドンを舞台とした妖怪大戦争の雰囲気だ。

 

2013/8/18

野アまど『know』(早川書房)


カバーデザイン:有馬トモユキ(TATSDESIGN)
題字プログラミング:坪谷サトシ
カバーイラスト:シライシユウコ

  第16回電撃小説大賞(2009)で、この年から創刊された新レーベルのメディアワークス文庫賞を受賞。この受賞時の年齢から、1980年生まれと思われる(プロフィールでは、東京生まれのみ記載)。表題の“know”とは、文字通り“知る”という意味で、本書のテーマともなっている。

 2081年、大半の日本人は電子葉と呼ばれる人工器官を脳に埋め込み、無尽蔵な情報ネットワークとシームレスにつながっている。主人公は京大出身の天才的な情報官僚で、情報庁の拠点である京都に勤務する。そんな彼に、長年行方不明だった恩師から暗号化されたメッセージが届き、教え子となる14歳の少女を託される。やがて、日本を覆い尽くす情報ネットに隠された目的が明らかになっていく。

 電子葉は脳の補助器官となるインタフェースに過ぎないが、その間口を究極的に広げた結果、無尽蔵の計算パワーが生まれ、あり得ないレベルのシミュレーションが可能となる、というイメージがポイントだ。無限の計算力があれば、世界のあらゆる事象を記述できる。同一アイデアで書かれた作品は、グレッグ・イーガンのフェムトマシン(「クリスタルの夜」)、小林泰三の手計算世界(「予め決定されている明日」)など、個人の運命と結び合わせる形で近年多く書かれるようになった。単なる確率の話ではなく、理論的に見えてきたことも理由だろう。本書では、14歳の少女をキーに、さらに一歩踏み込んだ結末が注目である。その計算パワーによって何を“知る”ことになるのか。

 

2013/8/25

クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』(早川書房)
The Islanders ,2011(古沢嘉通訳)

カバーイラスト:引地渉、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

  英国SF界の重鎮クリストファー・プリーストの、オムニバス形式で書かれた作品である。今年出た最新長編の1つ前ながら、執筆に9年余りを要した力作だ(その間は、エッセイや初期短編集を出している)。地元の英国SF協会賞(BSFA)は当然としても、米国ではジョン・W・キャンベル記念賞など、やや渋い受賞となったわけは、逆に本書の重層性/重厚さを味わえば分かるだろう。

 どことも知れない彼方に、70パーセントが水圏で覆われた海洋惑星がある。南北2つの大陸があるが、赤道を巡る何十万ともいわれる無数の島々こそが世界の主体、夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)なのである。本書は、その島々を紹介するガイドブックなのだ。航空機が飛び、インターネットが結ぶ世界でありながら、諸島には正確な地図はない。時間とともに変化し、無限の変貌を続ける島々は永遠の謎のように思える。

 まず、作家の序文が置かれている(依頼を受けた著名作家という体裁だ。この部分は、読み終わってから改めて読んだほうが分かりやすい)。しかし、本書の中に、その作家自身を描いたミステリアスな物語が収められている。加えて、人権運動で名が知られる社会活動家、天才的で気まぐれな画家や、巨大なトンネルを掘るインスタレーションアーティスト(空間芸術家)などの破天荒な生き方が、島との関連を含めて描き出されている。さらに、恐るべき毒を持つ節足動物や、冤罪に巻き込まれる知的障害の青年、呪いに満ちた古代の塔、時間が歪む渦巻、無人機からの情報で地図を完成させようとする人々など、合わせて35の物語が内包される。SF、ファンタジイ、ホラーといったジャンル分けができない、まさに夢幻のお話が連なる。『見えない都市』のような放射状に広がった関係ではなく、蜘蛛の巣の横糸で緩やかに繋がった物語だ。あまりに朦朧とした設定/抽象的な説明では、なかなか没頭できないものだが、本書は様々な仕掛けを凝らして読者を迷宮に誘い込む。そのバリエーションが35もあるのだから、いかにも贅沢な内容といえる。