本書もまた、日本SF作家クラブ創立50周年企画のアンソロジイである。1000枚余りのボリュームだが、全12編とも書下ろし新作なのが特徴だ。日本SF大賞や新人賞を始めとして、何らかの賞を受賞した有力な作家が収められている。
冲方丁「神星伝」:遠い未来、木星圏を支配する神道的な宗教国と、国家思想主義者との戦い 吉川良太郎「黒猫ラ・モールの歴史観と意見」:恐怖政治下のパリで、犠牲となった少女が見た存在とは 上田早夕里「楽園(パラディスス)」:主人公は、仮想人格として存在する死んだ女友達と接触する 今野敏「チャンナン」:空手の指導者でもある作家は、突然琉球空手が始まった時代にタイムスリップする 山田正紀「別の世界は可能かもしれない。」:識字障害の娘が育てていたマウスには、恐怖心が欠落していた 小林泰三「草食の楽園」:一切の暴力を禁じた隔絶された惑星は、楽園となるはずだったが 瀬名秀明「不死の市」:神話の名前を持ち、時空を放浪する登場人物たちが目指す不死の市 山本弘「リアリストたち」:バーチャルが当たり前で、リアルがおぞましいとされる近未来 新井素子「あの懐かしい蟬の声は」:第六感を持たない主人公が、手術でそれを得たあとに知ること 堀晃「宇宙縫合」:失われた自身の記憶を探り続ける男は、それがある一点に収斂することに気付く 宮部みゆき「さよならの儀式」:古いロボットが廃棄される工場で、窓口を担当する青年と相談に訪れた娘 夢枕獏「陰態の家」:その資産家の豪邸には、妖異を増殖させる何ものかが存在する
このうち巻頭の冲方丁、巻末の夢枕獏は長編の一部、シリーズものの1編という雰囲気の作品。吉川良太郎、上田早夕里は生命観に対する2つの見方、今野敏はクラシックなアイデアSF、山田正紀は遺伝子をキーとした中編級の力作、瀬名秀明は雄大な叙事詩、小林泰三と山本弘は著者流の皮肉が印象深い。また、新井素子、宮部みゆきは心情を前面に出し、堀晃はもっともSFらしいが、小松左京の長編に対するオマージュ作品でもある。と、各作品とも個性豊かだが、現在という時点で書かれたため、テーマ面で似通ったものや時事的なものもある。読み応えでいけば、山田、瀬名の両作が劈頭で、宮部のいかにも日本的心情も楽しめるだろう。
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