2016/8/7

小林泰三『ウルトラマンF』(早川書房)

小林泰三『ウルトラマンF』(早川書房)

Cover Direction&Design:Tomoyuki Arima、Illustration:Masayuki Gotoh

 SFマガジン2015年12月号から16年6月号まで4回連載されたものに、大幅な加筆修正が行われた作品である。円谷プロとのコラボ企画の第3弾にあたる。同じウルトラマンを題材にしたものとして、三島浩司『ウルトラマンデュアル』が今年1月に出ているが、同書はウルトラマンの大枠を生かしながらも、設定や怪獣名などは独自のものだった。いわば別世界のウルトラマンである。

 それに対し『ウルトラマンF』は、登場人物(早田=ハヤタ、嵐=アラシ、井出=イデ、そして富士明子=フジ・アキコ)や怪獣の名前(ゴモラ、ブルトン、ゼットン、ケムール人、メフィラス星人)も含め、オリジナルの設定をできるだけ取り入れているのが特長だ。その範囲は、《ウルトラQ》から《平成ウルトラマン》までを含む非常に広範囲なものになっている。

 《初代ウルトラマン》終了直後の時代、ウルトラマンは地球を去ったが、怪獣の脅威は収まることがなかった。科学特捜隊は、ウルトラマンの技術を応用したアーマーで対抗する。某国では人間の巨大化開発を進め、別の某国でも密かに兵器化を模索していた。しかし、強力な怪獣を倒すためには、不完全な兵器では力不足だ。かつて、メフィラス星人により巨大化した実績のある富士隊員の力が必要だった。

 ウルトラマンに限らず、ヒーローものや怪獣ものを小説にすると、物語に矛盾があったり科学的といえない設定が出てきたりする。しかし、50周年を迎えるウルトラマンともなると歴史的な重みがある。安易な改変をしてしまうと、いらぬ批判を招くことになる。原典はあくまで変えず、別の理屈で説明/解釈するしかない。こういう「解釈改変」は、山本弘の《MM9》などでも見られ、特撮とハードSF両者に拘るマニアックな著者らしい手法といえる。

 本書はそういう《ウルトラシリーズ》全体に対するオマージュ(細かな言及が無数にある)であると同時に、初代ウルトラマン唯一の女性隊員フジ・アキコ(桜井浩子)の物語となっている。コラボという背景がなければ、きわめて良くできた2次創作と言うしかない。さすがにウルトラマンを全く知らない人にはお勧めできないが、ライトなファンであっても楽しめる作品に昇華できている。

 

2016/8/14

ハーラン・エリスン『死の鳥』(早川書房)

ハーラン・エリスン『死の鳥』(早川書房)
The Deathbird and Other Stories,2016(伊藤典夫訳)
カバーデザイン:川名潤(prigraphics)

 本書は11篇を収めた日本オリジナルの短篇集である。先の『世界の中心で愛を叫んだけもの』(この表題は、さまざまに流用されて有名になった)以降の邦訳で、全ての作品がヒューゴー賞やネビュラ賞、もしくはエドガー賞などに関係するのが特徴だ。なぜかというと、過去のSFマガジン/ミステリマガジン受賞特集用に翻訳されたものを集めたからである。結果的にベスト版になっている。

・「悔い改めよ、ハーレクィン! 」とチクタクマンはいった(1965/67): 時間管理者と、それを無視する道化との争い
・竜討つものにまぼろしを(1966/91): 事故で死んだ男は神話のような世界で目覚める
・おれには口がない、それでもおれは叫ぶ(1967/69): 巨大計算機の中を彷徨う男女の恐ろしい運命
・プリティ・マギー・マネーアイズ(1967/2000): カジノのスロットマシンに宿る娼婦の魂
・世界の縁にたつ都市をさまよう者(1967/83): 未来の都市に召喚された切り裂きジャック
・死の鳥(1973/75): コラージュで描く25万年後に目覚めた男の物語
・鞭打たれた犬たちのうめき(1973/74): アパートの中庭で殺人を傍観する人々
・北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中(1974/76): 主人公が持ち掛けられた、ある契約の顛末
・ジェフティは五つ(1977/79): いつまでも5歳のままの子供の秘密とは
・ソフト・モンキー(1987/88): 殺人を目撃したホームレス老女の逃走劇
 *(原著発表年/翻訳年)

 1965年に始まり、もっとも新しいものでも87年、既に30年前の作品になる。とはいえ、ここに書かれた内容(管理社会への反抗、最底辺に住む者の怨念・絶望・怒り、置き去りにされたものの恐怖など)には厳密な意味での時事性は少なく、今読んでも新鮮に感じることができる。同い年なので筒井康隆との類似性を指摘する人もいるが、本書から共通点を感じる人は少ないだろう。もともとの過激さ(受動的なのか、能動的なのか)の方向性が異なるのである。

 今年82歳(日本でいえば第1世代の作家)、短篇集だけでも60冊弱、その他著作を含めると120冊近くあり、よく名前も知られているハーラン・エリスンなのに、単独の翻訳が1冊しかなかったと聞くと誰もが驚くだろう。大人の事情があったわけで、そこを責めてももはや仕方がない。本編が出たことを素直に喜び、国書刊行会で予定される新刊(若島正編のオリジナル短篇集)を期待することにしよう

 

2016/8/21

川端裕人『青い海の宇宙港 春夏篇』(早川書房)川端裕人『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)

川端裕人『青い海の宇宙港 春夏篇/秋冬篇』(早川書房)

Cover Illusration:スカイエマ、Cover Design:岩郷重力+Wonder Workz。

 SFマガジン2015年2月号から16年8月号まで連載された著者の最新長編である。種子島で実際に行われている南種子町宇宙留学制度をモデルに、小学生たちがロケットを打ち上げるまでの1年間を描くものだ。

 南国の多根島には、ロケット打ち上げのできる宇宙港がある。島ではその特性を生かし、宇宙遊学生を受け入れてきた。主人公はそんな一人、町の小学校で6年生として1年間を過ごすのだ。自然豊かな島での生活、全国から集まった個性豊かな仲間、受け入れてくれる里親や、宇宙港の職員たちと交わりながら、彼らはついに手作りロケットを打ち上げるまで成長していく。

 近未来、宇宙港はロケット打ち上げの管制をするだけで、ロケット作りを夢見てきた職員にとっては物足りない。分業化が進み、何もかも1組織で行なう時代ではないのだ。その職員が、ロケットより島の自然を好む主人公に巻き込まれて、黒糖を燃料とする簡単なロケットにアドバイスし、やがて本格的なロケット開発にのめり込んでいく。

 この物語には2人の主人公がいる。1人は小学生のロケット少年で、友人たちには軌道計算マニアや活発な島の少女などがいる。もう1人はJAXAならぬJSA職員の広報担当で、知識がありながら、ロケット開発に携われないことにわだかまりを抱いている。島には、ロケットのメンテナンスに関わる小企業があり、凄腕の職人がいて、技術的には可能なのだ。たった1年で本格的なロケットを、小学生が一発勝負で飛ばせるのか、という疑問に対する伏線はきちんと張られているわけだ。

 インタビューの中で著者は「宇宙はもう(国家やNASA/JAXAのものではなく)あたり前にある、みんなのものだ」と述べている。小学生が飛ばすロケットは、そういう世界を垣間見せてくれる。


2016/8/28

グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』(早川書房)

グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』(早川書房)
The Eternal Flame,2012(山岸真・中村融訳)

カバーイラスト:Rey Hori、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)

 昨年に出た『クロックワーク・ロケット』の続編で、《直交》三部作の2作目にあたる作品である。引き続き、前半とまとめを山岸真、後半を中村融が担当する共訳スタイルだ。

 母星から直交方向に飛ぶ巨大な宇宙船〈孤絶〉内部では、すでに数世代の時が流れている。故郷を救う方法は未だ得られず、帰還に要するエネルギーも不足する。しかし、接近する直交星群の1つ〈物体〉を探査した結果、意外な事実が判明する。一方、乏しい食料と人口抑制の切り札として、彼らの生理作用を変える実験も続けられていた。

 前作では直交宇宙における相対性理論=回転物理学と、その理論を解明する主人公たちが描かれていた。今回は量子論である。前野昌弘の解説で書かれているように、20世紀から21世紀にかけての量子力学の成果が、形を変えて直交宇宙で再演されている。光が波なのか粒子なのか、といったおなじみの議論もなされるが、当然我々の宇宙と同じにはならない。

 物理学上の大発見と並行して起こるのが、ジェンダーの差による宿命を揺るがす生物実験だ。それは、宇宙船内を巻き込む大事件へと広がっていく。物理学の再発見という静的な物語の中で、これだけは感情に左右される問題だ。ある意味、とてもイーガン的なアイデアなので、インパクトを与えるものとなっている。

 巻末には、「補填」という設定資料集(数式を含む)があり、著者あとがき、物理学専門家による解説、訳者あとがきと、重装備なのは相変わらず。読者が身構えてしまう究極のハードSFなのだが、意外にも軽快に読めてしまう。別の宇宙の物理を組み立て(著者のHPにはさらに詳しい設定資料がある)、ノーベル賞級の発見をこれだけコンパクトにまとめた、イーガンの手腕には改めて驚かされる。