2018/7/1

シルヴァン・ヌーヴェル『巨神覚醒(上)』(東京創元社) シルヴァン・ヌーヴェル『巨神覚醒(下)』(東京創元社)

シルヴァン・ヌーヴェル『巨神覚醒(上下)』(東京創元社)
Walking Gods,2017(佐田千織訳)

Cover Illustration:加藤直之、Cover Design:岩郷重力+W.I

 前作の『巨神計画』(2016)は、日本では無名作家の初紹介だったにもかかわらず、巨大ロボットが登場する異色作として好評で迎えられた。本書はその続編、三部作の第2部に相当する(第3部は原著が出たばかりなので、翻訳版は来春になる)。

 ロンドンのリージェンツ・パークに金属の巨人が出現する。国連管理となった女性型ロボットのテーミスと異なり、男性型をしているようだった。一切の応答をしない巨人に対し、イギリス政府は軍による威嚇を行うが、結果的にロンドン市民の半分を失う大惨事を招く。しかも、巨人の出現はそれだけに終わらなかった。世界各地の大都市圏それぞれに現れ、人類そのものの抹殺を図ろうとする。彼らは何ものなのか、テーミスとの関係は、そして目的は何なのか。

 6000年間埋もれていたテーミス、謎の対話者、ロボットを発見した主人公との関係など、前作でも謎がたくさん表れ(しかも大半は謎のまま)だったが、今回はその一部が明らかになるとともに、新たなより大きな謎が提示されるわけだ。

 本書、ピーター・トライアス『メカ・サムライ・エンパイア』や、映画ノヴェライゼーション『パシフィック・リム:アップライジング』などを解説する専門家の堺三保も指摘するように、巨大ロボットは虚構だけでしか成り立たないガジェットだ。戦車や戦闘機のような実在する兵器ではなく、アニメの中だけに存在する。それが、著者らの少年時代の記憶にとどまらず、小説や映画により拡大再生産されたわけだ。ガジェットがメタフィクション化するという、特異な作品群といえる。

 状況説明をする文章は最小限、ひたすら会話を抜き書きしたスタイルで物語は進む。上下巻といってもすぐに読めてしまうだろう。登場人物は大きく変化する。本書で初めて登場する新主人公エヴァは、もちろんアニメのあのエヴァから採られている。


2018/7/8

高木刑『ガルシア・デ・マローネスによって救済された大地』(genron)
 八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社)

高木刑『ガルシア・デ・マローネスによって救済された大地』(genron)

八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社)

イラスト:加藤直之 デザイン:東京創元社装幀室

 今週は第1回ゲンロンSF新人賞受賞作と、第9回創元SF短編賞受賞作を取り上げる。両者とも電子書籍版で読むことができるが、前者は紙版のゲンロン6号(2017年9月)、後者はアンソロジイ『プロジェクト・シャーロック』(2018年6月)にも収録されている。

 著者の高木刑は1982年生まれ。昨年出た『SFの書き方』に実作例として初登場、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」第1期(2016年度)のエース級でもある。本作は受賞作品を大幅に改稿した決定版のため、出版までに相当の時間がかかった。八島游舷はカクヨムやエブリスタなどで作品を発表する傍ら、今年の第5回星新一賞でグランプリ「Final Anchors」と優秀賞「蓮食い人」をダブル受賞してデビュー。ただ、星新一賞は文藝新人賞とは性格が異なるので、今回が本当の意味でのデビューかもしれない。また、ゲンロン第2期(2017年度)の受講生でもある。両者ともゲンロンなのだが、この講座がこれまで日本になかった、クラリオンワークショップ型の実作重視である点が、優れた才能を呼び込むきっかけになったのだろう。なお本稿は前者を電子書籍版、後者を紙版で読んで書いたものである。

ガルシア・デ・マローネスによって救済された大地:異星の荒野に十字架が立てられている。そこに磔にされているのは、イエスではない異星の何かだ。これは奇跡なのか。時は17世紀、ポルトガル沖に来訪した異星人の力を借りて、修道士たちは生き物の存在しない惑星に植民している。物語はバチカンから派遣された奇跡調査官が遭遇する、奇怪なできごとを中心に描かれる。

天駆せよ法勝寺:30億仏教徒の祈りを祈念炉に収めた巨大な九重塔は、それ自体が一つの寺院であり、佛理学を極めた宇宙船でもあった。折しも法勝寺は、39光年の彼方にある持双星にある大佛ご開帳に合わせて宇宙に飛び立つのだ。しかし、一行にはもう一つ重要な任務が課せられていた。その同乗者を巡って、寺の行方にはさまざまな障害が立ちはだかる。

 カトリックの修道士と佛教の宇宙僧という違いがあるが、ある意味よく似た構造を持つ2作品といえる。40数か所にも及ぶ聖書等からの引用を鏤めた前者と、佛教用語をハードSFの疑似科学用語のように鏤めた後者は、どちらも読者をめまいに満ちた迷宮へと導く。ストーリーの組み立てやアイデアの生かし方など、基礎的な部分で危うさが見られないのは、実作を大量に書く講座によって培われた実力だろう。

「ガルシア……」は、冒頭部分からハリイ・ハリスン「異星の十字架」かと思ったのだが、宗教色よりも観念性が際立つ作品である。荒れ果てた砂漠の惑星は、人の思念を反射するソラリスの海でもある。「天駆せよ法勝寺」は必ずしも新味のないストレートなお話に、マジックワード(大半の人にとって意味不明の佛教用語)を塗すと、まるでハードSFのように見えるという錯覚を逆手にとった作品だ。「SF的なるもの」に対する、ある種の批評ともなっている。何れも発想がユニークである。

 ところで、この2作(特に後者)を読んでいるとクリス・ボイス『キャッチ・ワールド』を連想する。一見宗教的なもの、科学的に見えるものが、視点を変えたとたんオカルトめいた禍々しさを曝け出す、そんな迫力を産みだしているからだ。


2018/7/15

倉田タカシ『うなぎばか』(早川書房)

倉田タカシ『うなぎばか』(早川書房)

装幀:早川書房デザイン室 装画:倉田タカシ

 著者倉田タカシの、第2回ハヤカワSFコンテストの最終候補作となった、2015年『母になる、石の礫で』以来の単行本である。季節、時節柄、今しかないという絶妙のタイミング(今夏の土用の丑は7月20日から)で出たもの。先行プロモーションで「うなぎロボ、海底をゆく」はSFマガジン2018年8月号に載ったが、それ以外はすべて書下ろしとなる。

「うなぎばか」:うなぎ屋に先祖代々継がれてきた秘伝のたれを相続した息子と家族を巡る騒動の行方。「うなぎロボ、海をゆく」:うなぎ絶滅後の海洋資源を守るため、うなぎ型監視ロボットは日夜海底で密漁者をさがす。「山うなぎ」:うなぎに匹敵する絶妙の味を有する山うなぎとは何か。企業の開発チームはジャングルの奥地に赴く。「源内にお願い」:うなぎ絶滅の原因はやはり平賀源内ではないか。そう考えた現代人がタイムマシンで訪れた江戸時代でうなぎ広告の中止をお願いするのだが。「神様がくれたうなぎ」:ある日神様が現れ、何か1つお願い事を叶えてやると言う。しかし神様は、なぜか自分の要望を押し付けてくる。

 すべて「うなぎ」ネタの5作を収める。人情ものから海底資源、動物食に対する倫理観、食文化、生物の生存権まで話題はさまざまだ。土用の丑の日にうなぎというキャッチフレーズの平賀源内も当然出てくるが、さすがに倉田タカシは凡百の処理はしない。並行宇宙や人類の文明化との相克まで繰り出し、単純な良し悪しの難しさを明らかにする。

 うなぎは世界的に見ても絶滅危惧種である。レッドリストに載るような生き物を食べるな、という趣旨でボイコットキャンペーンを唱える意見もある。しかしそう簡単な話ではない。うなぎを糧にしてきた、少なからぬ人々の生活権はどうするのか。スーパーの安売りや定食屋は、悪徳商人の金もうけだから止めてしまえと言えるのか(言っている本人は、たいてい損をしない立場だ)。ことが損得に関わると、問題はこじれるのである。本書ではそういう幅広い内容をソフトに指摘している。

 倉田タカシの描く登場人物は、誰もが声高な主張はしない(あまり強い立場にないからだが)。問題があっても強制せずお願いに徹し、どうすれば全員が満足できるのか苦慮する。おそらくうなぎ絶滅問題も、関わった人々は悪人ではない。本書のように、だれもが少しづつ損するか得するように、調整を図らなければ解決しないのだろう。


2018/7/22

ニール・スティーヴンスン『七人のイヴII』(早川書房)

ニール・スティーヴンスン『七人のイヴII』(早川書房)
Seveneves,2015(日暮雅通訳)

カバーデザイン:川名潤

 3分冊で出る『七人のイヴ』の第2分冊目。この3分冊はもともと1冊なのだし、完結してから読むという人が結構多いようだ。しかし、何しろ千ページもある巨編なので、8月末に読書時間がまとめて取れる見込みがないのなら、本書まではとりあえず読んでおいて損はない。物語中の時間差は、第1分冊とは2年(登場人物はほぼ共通する)、第3分冊とは5千年にもなるからだ。

 ついに予測された破滅的な災厄〈ハード・レイン〉がはじまる。ばらばらになった月の細片が地球に降り注ぐのだ。地表は瞬く間に高熱の嵐に沈み、人類の生存も絶望的になる。ISSを中心とする〈クラウド・アーク〉は、生き残った人々1500人余りと共に、軌道修正を繰り返しながら流星雨を凌ぐ。だが、落ち着くまで数千年かかる歳月をこのまま乗り切ることはできない。その頃、音信が途絶えていた彗星捕獲グループから、ミッションの成功を伝える知らせが届く

 ISSは地上からその形を見ることができるほど、(宇宙としては)低高度を飛んでいる。そのため、地上に降り注ぐ岩石の影響をもろに被る。彗星には大量の氷があり、もしその一部でも持ってくれば、水素と酸素に分解して燃料にすることができる。安全な高度への移動も可能になる。物語の前半は、エネルギーが主要な問題となるわけだ。後半は一転、権力をともなうパワーゲームが発生する。地上の国家や機関が消滅した後、一丸で立ち向かうべき状況なのに、内部抗争によって限られた資源は浪費される。

 本書の中で、地上で起こる大災厄は(何十億人もの人々が亡くなるのに)最小限しか描写されない。全地球的パニックは、映画でもありふれたテーマなので、著者の興味を引かなかったようだ。その代わり、この第2分冊の後半は、SFの代表的テーマである《世代宇宙船もの》になっている。数百世代に及ぶ生存を前提とした構造物と閉鎖社会を、現代のテクノロジー+2年間の短い時間軸でどこまでリアルに造り上げられるか、という著者なりの挑戦なのだ。

 登場人物はどんどん死んでいく。1500人でも少ないのに、それよりもさらに人口は縮小する。果たしてこれで人類は存続できるのか。最後に、標題「七人のイヴ」の真の意味が明らかにされる。


2018/7/29

小林泰三『パラレルワールド』(角川春樹事務所)

小林泰三『パラレルワールド』(角川春樹事務所)

装画:とろっち 装幀:菊池祐(ライラック)

 プロローグの掌編「お父さんお母さんとヒロ君」は、東日本大震災のチャリティ作品集Kizuna(2011)が初出だった。読んで見ると、3.11当時の雰囲気を感じ取ることもできる。Kizunaは海外で企画されたアンソロジイで、プロからセミプロ、日米英など11か国の作家による作品が75作品も含まれていた(内容は玉石混交、日本作家の作品は英訳版)。そのアイデアをベースにWebランティエ(2017/6-11)に連載、さらに大きく加筆修正したものが本書となる。

 5歳の少年がいる。少年の父親は洪水の被害で死に、母親だけが生き残る。ところがもう一つの世界(パラレルワールド)では、母親が自宅の倒壊で死に父親が生きている。この矛盾する両方が、少年にとっては真実なのだ。やがて、2つの世界で別々に生きる父と母は、少年を通して意思疎通できるようになる。だが、そういう能力を入手したのは少年だけではなかった。一般人に不可能な能力を応用することによって、悪事に手を染める怪人が彼らの前に姿を現す。

 何日にもわたる線状降水帯による大豪雨、同時発生する地震、ダムの決壊、土石流の発生と、昨今の天災をまるで予言するかのような事件が次々と描きだされる(本書は、西日本豪雨被害前に校了済み)。被災地に起こる正常性バイアス(根拠がないのに大丈夫と信じ込む、ある種のパニック心理)、明らかに危険な状態で人(家族)を助けようとする犠牲衝動など、大災害時に起こりがちな人間の非合理的な心理も淡々と暴きだされる。ただし、本書のテーマはそこにはなく、災害を契機に生まれた、2つの別々の世界を同時検知できる特異な人間たちの駆け引きにある。

 第1部は少年と父母との物語である。ところが、第2部では一転して、もう一人の両世界に生きる男が登場する。2つの世界はほとんど同じなのだが、母親と父親の死が異なるなど微小な差異がある。二つの世界にまたがって生きる少年も、全く同じ空間にいるわけではない。やがて時間の流れに違いがあることが分かり、法的に取り締まれない犯罪に手を染める男が出てくるのだ。

 ウェットな人間ドラマを吹き飛ばす、小林泰三らしい奇妙なミステリの世界は、少年と男とが出会って以降に繰り広げられる。犯罪に手を染める男にとって、少年や両世界に住む片親を陥れるのはお手のもの。少年は如何にして男を出し抜けるのか、論理的な虚々実々が読みどころだろう。