奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』(講談社)
装幀:川名潤、装画:旭ハジメ
群像2014年1月号から15年12月号まで2年間連載された奥泉光の長編小説、総頁数660、1400枚弱の大部になる。2001年に出た『鳥類学者のファンタジア』と共通する設定、登場人物が出てくるが、本書単独で読んでも問題はない。ちなみに『鳥類は…』SFが読みたい!2001年でベスト3位、同誌9年後のゼロ年代ベスト30特集でも29位に入るなど、SFファンに好評だった。
21世紀末、音響設計士兼ジャズ・ピアニストの通称フォギーは、兵器・ロボット産業の大立者から仮想空間に造る墓所の依頼を受ける。大立者は130歳を経て死が近い。仮想大正池や20世紀新宿でフォギーのピアノ演奏を流し、葬儀参列者をもてなしてから死を迎えたいというのだ。それだけではない。エリック・ドルフィーをはじめとするジャズの名演奏家たち、将棋の大山康晴名人や、落語の古今亭志ん生、立川談志までもアンドロイドで再現されているのだ。一体その目的は何なのか。
80年後の世界、過去に未知のコンピュータウィルスによる大感染が起こり、電子社会は壊滅した。ようやく復活した未来でも、ウィルスのメカニズムは解明されていない。社会はシームレスになる一方、感染前を上回るほどのAI化の進展がある。電脳空間への意識の全転送、その意識は意思を持つAIといえるのか、アドリブの必要なジャズ演奏、落語の口演はアンドロイドで可能なのか。
本書で描かれたAIについて、著者はインタビュー記事の中で「SF作家グレッグ・イーガンは、そうした(知能と意識の)問題について、非常に刺激的な作品をいくつも書いています。或る意味で彼がやりつくしているともいえる。ただ、彼の作品は難しすぎるんですね。その意味では、もっと娯楽性を高める――広い意味でですが――形で、書けることはまだまだあると思います」と述べている。本書に登場するAIやアンドロイドには、そういう著者の意図が込められているわけだ。
『鳥類学者…』では第2次大戦下のドイツと現代日本が舞台だった。本書は、21世紀末(2090年代)と仮想空間にある1960年代日本が舞台となる。前作ではオカルト的要素が強かったが、本書には現代SFの要素が溢れている。どちらもジャズ・ピアニスト"フォギー"が主人公だ。ただし、この2人は同一人物のような、そうでないような奇妙な関係にある。
また、この物語は、アンドロイド子猫ドルフィー(表紙に描かれた猫)の一人語りで書かれている。しかし、登場人物の動きは3人称のふつうの文体になっていて、ところどころの段落の終わりに「……です」と、合いの手のように子猫のセリフが挟まっているのが面白い。
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